04 「失われた夢と奪われた夢と。」

ジャレードに遺灰を持ち帰り、フィルの葬儀が執り行われた後、アイラは二人で暮らした部屋に一人残された。二人の思い出がいっぱいに詰まった部屋にぽつんといると、耐えがたい寂しさに襲われる。もうこれからはずっと一人なのだ。


「何が『永遠の愛』よ!さっさと自分だけ一人でどっかに行っちゃったくせに!」

アイラはベッドで仰向けになる。彼女の手にはフィルが遺したネックレスがあった。そのペンダント・ヘッドはダイヤモンドのように輝く白い石だった。


「スノー・クリスタル⋯⋯。」

彼は永遠に若いままでいられる薬、と聞いていた。

彼女は石を外して咥えてみる。想像していた無味無臭か金属ぽい味がするかと思いきやそれは甘さがあった。思わず舐め回してしまう。なんの味に近いのか考えていたら思わず飲み込んでしまったのだ。いけない、と思ってももう手遅れである。


 それから夢を見るようになる。雪と氷に閉ざされた世界。吹雪の中で佇む長い黒髪の女。

「私を求めなさい。あなたに永遠をあげる。」

その足元に横たわるのはフィルの姿だ。


「彼を生き返らせてくれますか?」

「あなたがそれを願うなら。」


そして、アイラは「魔人ユキオンナ」になった。そのスノー・クリスタルは「魔結晶」だったのだ。


彼女の魔力で街には雪が降り続け、町は雪に閉ざされた。そして姑獲鳥と呼ばれる鳥の形をした魔獣が数多く集まって来た。寒冷地を好むこの不気味な鳥はユキオンナの眷属だったのだ。


 当初は大量の「水資源」の登場に喜びにわいた砂漠の町だったが徐々に変化していった。

領主のファン・デル・ワース子爵は水資源を利用した製造業で商売するようになり、町は豊かになっていく。しかし、代償も求められた。生贄である。ユキオンナは自分が指名した若い男を十年に一度差し出すように求めて来たのだ。無論、「捕って食う」わけではなく、彼女の情人として過ごすのだ。


逆らう者は容赦なく姑獲鳥に襲われるか、ユキオンナに凍死させられるため、誰も異を唱えられない。領主もこれを黙認していた。ユキオンナの「御利益」は金のなる木だったからだ。それはもう50年近く続いている。


「お前は何者だ?」

姑獲鳥が舜に尋ねた。魔人の代弁者メッセンジャーなのか、それとも眷属を介して魔人が語っているのだろうか。

「やばい、どうやらやつに見つかった。ベル、戻ってこい。」


「俺はディーン・サザーランド、『カインの末裔』だ。」

舜の言い種に姑獲鳥は呆れた、という口調で言った。

「旅芸人風情が何ようだ?懲りぬやつらめ。幾度失敗しても何も学ばぬとはな。」


「あなたにとらわれている青年、エドガー・ホワイトを返してほしい。」

「わらわはこの町の神だ。わらわの意志がこの町のルールである。わらわに異存あるものは遠慮なくここを立ち去れ。わらわを野をさまよう低能な魔獣と同じように考えるな。人間よ。」

カレンも懇願する。

「お兄ちゃんを、エドを返してください。あなたのふらせる雪がこの町を潤していることは知っています。でも、私のお兄ちゃんはひとりしかいないんです。お兄ちゃんは俳優になるという夢があるんです。お兄ちゃんから時間と夢を奪うのはやめてください。あなただって事故で恋人を失ったんでしょ?大事な人を失う気持ちをなんでわかってくれないんですか?」


姑獲鳥は問いに答えることなく飛び去った。


一方、エドガーは深い眠りについていた。

まさか自分が「生贄」に選ばれるとは露にも思ってもいなかったのだ。ただ、この街で生まれた以上、拒否権はなかった。もちろん反感はあったし何度も逃げ出そうと試みた。その度に捕まり、家族に危害を及ぼすと脅されれば諦めざるを得なかったのだ。


彼は役者を目指していた。乞胸と呼ばれる旅役者ではなく、天空宮殿で貴族を相手に演じる俳優を目指していたのだ。演劇学校のオーディションに合格し、これからと言う時に「生贄」に指名されてしまったのだ。おそらく十年の歳月はここで過ごさねばならない。

 その歳月は彼の夢を終わらせるには十分すぎるものであった。


もちろん、助けも来た。おそらく妹が手配してくれたのだろう。二度ほど魔獣狩りの「カインの末裔」が彼が囚われたユキオンナの屋敷内に侵入して来たのだ。しかし、2回とも失敗に終わってしまったのだ。その度にエドガーは妹の命乞いをした。しかし、今一度自分の奪還を企てればその時は容赦なくカレンの命を絶つ、と宣告されたのだ。


そして、姑獲鳥を通して久方ぶりに妹のカレンを見たのだ。おそらく、彼女とともにいたのが魔獣狩りだろう。

「そなたの妹御も懲りぬ御仁じゃのう。妾もそれほど寛大でい続けるのが飽きてきた頃じゃ。そろそろ妹御の肝を食わせてくりゃれ。」

エドガーは再び妹の命乞いをする。その条件は魔獣狩りである舜を殺すことであった。逡巡するエドガーにユキオンナは畳み掛ける。

「何を言うか?先回の刺客を殺したのはそちではないか?」


 そう、エドガーが自分の意志で彼らを殺したのだ。それは妹の命を守るためだった。


 宿にしているホテルで舜とサラはカレンと別れたがすぐにカレンが駆け込んできた。彼女は足にけがをおっていた。

「姑獲鳥に襲われたの。」

舜は部屋でカレンの手当をする。カレンはおびえ切っていた。

「どうしよう。怖くて帰れない。お願いディーン、私の家に泊まって欲しいの。兄さんの部屋もあるし。泊まれるところは用意するから。」

結局、二人は彼女の家に転がりこむことになった。


 とりあえずは彼女の傷がいえるまでは彼女の介助をすることになった。彼女は朝から晩まで領主が経営する工場で働いていた。朝も彼女を送り届け、仕事が終われば舜がバイクで迎えにくる。二人の関係はすぐに工員たちの間でうわさになった。

 お兄さんにかこつけて男を引き釣りこんだらしい。そんな陰口をたたかれるようになる。カレンは一向に気にならなかった。エドガーが「生贄」になった時、領主から見舞金が出されたのだ。これは、領主とユキオンナとの契約であったが、家族を慰めるとは別の目的があった。それは「金銭」を渡すことによって周囲の人から妬みや憎しみを家族に集めるためであった。カレンはその金を自分のためには手をつけず、エドガーを取り返すための資金に充てていたのだ。

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