03 「魔人ユキオンナの誕生」
「あれが「
「ベル、屋敷の中を調べてこれそうか?」
「やってみます。」
ベルが屋敷の中に入ると極めて温度が低い。普通の人間なら一晩で凍死できる寒さだ。寒さによる「結界」とでも言えるだろう。
ベルは奥へと進んでゆき、主寝室に侵入する。そこには一組の男女が横たわっていた。睡眠というよりは「昏睡」ともいうべき深い眠りである。いや、「
「そこに誰かいるの?」
ベルは目の前の女の中に逃げ込んだ。
そして、ベルはその女の記憶を垣間見た。
その女はかつては普通の人間だったのだ。アイラ・グラッドストン、それがかつて普通の人間だった頃の彼女の名だ。
「アイラ!」
エドガーが笑顔で寄ってくる。
「フィル!」
二人は抱擁を交わした。エドガーに似ているがエドガーではない。フィルと呼ばれた男はがっしりとした筋肉質の身体である。何かスポーツでもしているのだろうか?部屋を見回すと彼の仕事なのか、山での写真が多い。
「登山家?」
「美しい僕のアイラ。僕たちの美しさを永遠にする薬があるんだ。ご覧。それは宇宙から来た宝石、スノークリスタルと言われている。それはイイーキルスという山にあるんだ。それを僕は手に入れる。そうしたら、僕たち結婚しよう。僕たちの愛は文字通り永遠になるんだ。」
アイラは必死に反対する。イイーキルスは魔の山とも言われた難しい山だ。フィルは資源採掘会社の現地調査員をしており、この難しいプロジェクトチームのメンバーに立候補したのだ。
「そんな危険を冒す必要なんてどこにもないわ。私はあなたさえいてくれさえすれば、それで十分なの。」
しかし、フィルは自分の技倆に絶対の自信とプライドがあった。
「楽しみにしていて。愛しているよアイラ。いつまでも、ずっと。」
そう笑顔で家を出た。
アイラはフィルの帰りを待ち続けた。しかし、帰る予定の日を過ぎても彼は帰って来ない。彼女は嫌な予感がして彼の所属する研究所へ問い合わせる。するとフィルが行方不明になったことを告げられる。フィルは氷壁から滑落してしまったのだという。ドローンを使った捜索でも彼を発見することができなかった。生きているはずはないが、彼の遺体を確認できないのだという。
アイラはすぐに現地へ飛んだ。難しい山だがそれでもいちばん攻略しやすい夏の時期を選んだのだ。それなのに、突然猛吹雪が生じてあっという間に積雪したのだ。それは危険を意味する。つまり、いつでも雪崩が生じてもおかしくないということなのだ。
そして、慌てて下山を決めた調査隊を雪崩が襲う。そして、フィルが雪崩に巻き込まれてしまったのだ。
「お願いフィル、返事をして。お願い。魂だけでも私と一緒にジャレードに帰りましょう。」
アイラはそびえ立つ万年雪の峰に向かって祈った。
その晩、捜索隊のキャンプが何者かに襲撃される。隊員の一人が氷漬けにされてしまったのだ。アイラは不謹慎だと思いながらもその遺体が綺麗だと思ってしまう。
隊長の決断は迅速かつ的確だった。
「どうも魔獣が出たらしい。全員武器を常時携帯。単独行動を禁止する。ミス・グラッドストン。申し訳ないが捜索は一旦中止します。明日、夜明けとともに下山します。」
翌朝、下山を始めた捜索隊を魔獣が待ち受けていた。それは変わり果てた姿のフィルであった。その装備は壊れ、衣服は破れ、顔や手は青黒く腫れ上がっていたが、間違いなくフィルであった。
「フィル!」
アイラは駆け寄ろうとしたが他の隊員に止められる。
「フィルがあんなに酷い怪我をして⋯⋯。手当が!フィル!」
「お嬢さん、残念ながらあれはもうフィルじゃない。フィルの身体を魔獣が操っているんです。昨日フレッドを
「フィル!あれはフィルです。私はここよ!」
アイラの声に反応したのか「フィル」は両手を広げる。それはフィルがアイラによく見せた仕草だ。今はただただ懐かしく思える。
「フィル!」
アイラは彼が帰って来てくれた、そう思えた。しかし、彼女の耳をつんざくような轟音が響く。「フィル」に向けて銃弾が発射されたのだ。その身体から真っ黒な血が流れ落ちる。そう、心臓が動いていないので「噴き出す」事はないのだ。
「フィルーー!」
アイラは絶叫する。愛する者の姿が変わり果てていく絶望感。この手の届くところまで来て。アイラは自分を羽交い締めする腕を外そうと必死にもがく。フィルを、愛する人を助けなければ。味方は私しかいないのに。
「フィル」は地面に昏倒する。そしてアイラもそのまま気を失ってしまった。
気がつくとすでに日が暮れかかっており、櫓に組まれた薪で火が燃されていた。
パチパチと激しい音を立て、異臭が立ち込める。フィルの
テントを出ると隊長が彼女の体調について尋ねる。それから
「申し訳ないがこれは決まりなんです。魔獣は人間を喰らうために自分が殺した遺体に取り付くことがあるんです。その場合はこうして焼却処分にすることが法律で定められているんです。
フィルは本当にいいやつでした。あいつが真っ先に雪崩の兆候に気付いてくれたんです。あいつがいなければ、ここにいたやつは誰も生きてはいなかったでしょう。」
それから、彼はネックレスをアイラに渡した。
「彼の遺品です。きっとあなたに渡す予定だったのでしょう。帰ったら正式にプロポーズするんだ、あの晩、彼は嬉しそうにそう言っていたんですよ。」
アイラは泣き崩れた。
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