02 「依頼人、カレン・ホワイト」
この町は貴族ファン・デル・ワース子爵によって治められている。無論、子爵自身は天空宮殿にいるため、執事のレーナルト氏が統治を代行していた。
この惑星には「地球教」という宗教が存在する。道徳律をキリスト教や仏教などから拝借しているのだ。宇宙は数多の並行宇宙によって構成されており、その宇宙ごとに造物主がいる。それらの造物主が好き放題に宇宙を支配しているため、弱い生物である人間は不幸になる。
その並行宇宙に造物主を配した「Grand Organizer of Divinities」、つまり「全ての神性の組織者」がおり、それを頭文字で表すと「GOD」すなわち「神」になるのである。
その神が「心美しき者」を死後に自ら造った「並行宇宙の中心地」である「天国」に連れて行ってくれるのである。そこが「地球」だというのだ。
もちろん、国王は信教の自由を認めている。ただ、この世界を治める貴族によってまちまちなのである。
多くの場合、「科学者」である貴族は宗教には大抵無頓着であり無関心である。その心の隙間に割って入って来たのが他ならぬ魔神たちなのだ。彼らは「神」として「ご利益」を与える代わりに見返りを要求するのだ。それは大抵「生贄」、つまり生きた人間である。地上を支配する貴族たちにとって臣民たちをかすめとる「神」は敵であった。一方、「魔神」を取り込んで支配を強化する貴族たちもいた。
クトゥルフのように人間社会と接点がない魔神たちは「夢引き」を用いて人間をおびき寄せようとするし、貴族と関係を結んだ魔神は「土民」を生贄としてあてがわれることが多いのだ。その場合、魔神の方からリクエストがあることも多く、貴族の子弟を生贄として指名して来た場合、貴族が魔神の排除を求めてシンジケートに依頼することもあるのだ。
「サラ、
「しゅん↑」
サイドカーを切り離して街角へ出ると子供達が雪遊びをしていた。大人たちにとっては悩みのタネの雪でも子供たちにとっては遊びのネタである。サラはサイドカーから身をのりだすようにその様子を眺めている。
「混ざってみたい?」
サラは首を振る。遠慮してるな、そう見た舜はサイドカーを停め、サラを下ろすと、その手を引いて一緒に子どもたちの輪に入っていった。
雪ダルマ作りから雪合戦までサラや子どもたちとフルコースで昼まで遊ぶと身体の中は熱くなったが表面はすっかり冷え切ってしまっていた。サラも唇が真っ白になっている。
「ううううううう寒い。サラ、ホテルに戻ってお風呂にしよう。」
雪のおかげで水が十分にあるため、この町のホテルのお風呂料金は格安だったのだ。
「ああ、こんなにぜいたくにお湯をはれるなんて、まるで王様にでもなった気分だね。」
「しゅん↑」
ゆっくりお湯に浸かった二人が風呂から上がると、ちょうどホテルのフロントから電話がかかってきた。来客だという。二人がホテルのロビーに来るとそこには若い女性が待っていた。
カレン・ホワイト、と名乗った女性は栗毛の長い髪を束ねた綺麗な女性であった。キャラメル色のロングコートを腕にかけ、真っ白なタートルネックのセーターが印象的であった。
「兄を魔人の監禁から助けて欲しいんです。そして、この街から兄を逃がすのを手伝って欲しいんです。」
「『ダイラス・リーン』から派遣されたディーン・サザーランド です。事情を伺ってもよろしいですか?」
カレンの兄であるエドガーが「生贄」として指名され、魔人「ユキオンナ」に捕らえられているのだという。
「ユキオンナ、ですか。なるほど、この謎の降雪現象の原因は魔人でしたか。」
「そうなんです。実はこの雪はこの街を中心に周囲30キロメートル限定のものなのですよ。」
「なぜ領主ファン・デル・ワース子爵は放置されているのですか?」
「水ですよ。雪による水資源の確保。それでご領主の事業が潤っているんです。このご利益がある限り、領主様は動かないとおもいます。」
なるほど。領主自身は天空宮殿に住んでいるわけで、この不便さを味わうわけではない。カレンは報酬について切り出す。
「依頼料の方ですが、私、お金があまり無いんです。前金はお支払いしますが、後の報酬は『魔結晶はお譲りします』、でお願いします。」
それもそれで仕方がないのだ。土民に高額な実費や依頼料が払えるわけがない。それで、魔人を倒した時に得られる魔結晶を譲り受けるのだ。得られた魔結晶はシンジケートが高値で引き取ってくれるため、それだけで十分元が取れるのだ。魔獣でも高位の魔人ならその価格は桁違いに上がる。
「そして、私も全面的に協力します。」
舜は彼女の兄エドガーについて尋ねた。彼は長身でハンサムな好青年で天空宮殿で俳優を目指していたのだという。なんとしてもその夢を叶えてあげたい、というのだ。写真を見せてもらう。金髪碧眼の美青年だ。どちらかというと「西部劇」や「ラブロマンス」に出る本格派の二枚目タイプだ。
カレンはあたりを見回す。
「そういえば、ディーンさんはお一人で仕事をされるのですか?」
「ええ。」
「実は、私がシンジケートにお願いした『カインの末裔』の方は今回で3組目なんです。これまで2回とも失敗して、ハンターの方も何人か犠牲なってしまっているんです。だから今回は『腕が確かな方』という条件を出したんですけど。」
舜は足を組み直す。
「頼りなさそうに見えますか?」
「そんなことありません。でも、あなたはお子さんもまだ小さいようですし。それに⋯⋯。」
「それに?」
「先程あなたが子どもたちと楽しそうに街角で遊ぶのを拝見してました。きっと『良い方』なんだな、って思ったんです。その、⋯⋯早死にしてしまうには。」
さすがに舜は苦笑いを浮かべた。
「確かに、それは困りますね。」
サラは午前中の雪遊びですっかり疲れたのか、舜の膝を枕にすっかり眠りこんでいた。
「舜、ユキオンナに該当するデータがどこにも 無いの。」
そこでベルが口を挟む。
「そんなわけあるの?」
舜が素っ頓狂な声をあげたのでカレンは驚いた顔をした。ベルが姿を現わす。
「奥様ですか?」
「いえ、彼女には実体がありません。どうぞ触って見てください。」
カレンがベルの腕に触れようと手を出したがそれは空を切った。
「彼女はベルゼバブ。『有人格アプリ』です。」
有人格アプリとは「生体型コンピュータ」つまり脳のように有機質で作られたコンピュータを司る「オペレーションシステム」である。人間並みに高度に発達した人工知能(AI)だと思ってくれればよい。
銀河系では、すでにこの形態のアプリに人権が認められており一個の人間(人格)として扱われているのだ。ただ、ベルが棲みつく「生体型コンピュータ」は舜の「大脳皮質」なのである。これがベルが舜の「相棒」である理由であった。
「すごいですね。私は初めてお会いしました。私はカレン・ホワイトです。カレンとよんでくださいね。」
「こちらこそよろしくお願いします。私のことはベルとお呼びください。」
「じゃあ、俺もディーンで。」
ベルのおかげでカレンとも打ち解けることができたようだ。
ユキオンナの住む家は街外れの大きな洋館である。ほとんど使われたことがないファン・デル・ワース子爵の別邸に「勝手に」住み着いているのだ。周りに巡らされた高い塀の上には大きな黒い鳥が集まりギャアギャアという不快な鳴き声を立てながらこちらの様子を見ている。周囲には人影はない。
「本当に『勝手に』住み着いているのかな?」
舜のぼやきにベルが答えた。
「子爵が提供しているんじゃないの?」
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