第3章:「氷雪の魔女 【ユキオンナ】」
01 「砂漠の雪」
クドスを離れた舜とサラはバイク「アヴェンジャー」で砂漠を進んで行く。
砂漠にしては珍しく曇り空が広がっていく。舜はヘルメットに何か白い粒が当たった気がした。
「……雪?まさかね。」
乾燥地帯である砂漠に雪など降るはずもない。気のせいで何か羽虫でも当たったのだろう、そう思っていた。
「舜、おかしいわ。気温がどんどん下がっている。」
ベルが注意を促す。
しかし、それはまさに雪であった。降雪量は徐々に増えてゆき、やがて砂漠は真っ白に染め上げられていく。
「しゅん→?」
サラが声をあげた。バイクを止めてヘルメットを脱ぐ。雲で月明かりは遮られているが、雪明りで周りはほのかに明るくなっている。サイドカーのシェードをあげるとサラは手のひらに降る雪の感触を確かめる。
「しゅん↑」
「サラ、これが雪だよ。」
舜はバイクを降りるとサラを抱き上げて雪の上に下ろした。サラは雪に足を取られ顔から雪にダイブする。
「しゅん↓」
一瞬泣きそうになったが、痛くないことに気づく。そう、痛いのではなく「冷たい」ということに。
サラは不思議そうに雪に触れると、その冷たさに驚いて大はしゃぎしている。
「しゅん↑」
「そうか、『この』雪はきれいか。」
舜はシートに座ってはしゃぐサラを眺めながら養父であったテラのことを思い出していた。
それは2年ほど前のことであった。
「舜、ユリアの居場所が分かった。」
そう告げたテラの顔には並々ならぬ決意が漲っていた。ほかのキャラバンからユリアに似た女性を見た、という報告を度々受け、それがこの大陸の魔獣を統べる「地の一族」の長、「吸血鬼族」の族長である魔人「チャウグナー=フォウン」であることを突き止めたのだ。
高位の魔獣は巨大で不定形なものが多いが、それゆえ彼らは「人間」の形を取ることができるのだ。それらを「魔人」と呼ぶ。その中でも飛び抜けて強力なものは「魔神」と呼ばれることさえある。そして、チャウグナー=フォウンは間違いなく「魔神」の域に達していた。
「無理だよ。チャウグナー=フォウンなんて大物中の大物じゃないか。近づくことさえできないんじゃないの?」
舜は甚だ疑問であった。下位の魔獣でさえ、狩るためには集団でかかる必要がある。それよりもさらに強力で、しかも「魔人」の中でも力が強い「魔神」を相手にできるものだろうか。
「そりゃちゃんとした武器は借りるさ。」
テラは王都ウインダムの本拠地に戻るとシンジケートを訪れる。それが『ダイラス=リーン』であった。
「本気ですか?いや、正気ですか、テラ。あの大真祖チャウグナー=フォウンに挑むなど。
シンジケートの「元締め」であるナイジェル・ジェノスタインは穏やかに言った。
「ナイジェル。君の言いたいことはもっともだ。でもな、ユリアは俺の人生でいちばん大切な⋯⋯、いや、俺の人生そのものなんだ。これだけは誰にも譲れない。たとえそれが『魔神』であったとしてもだ。ハイそうですか、と引き下がるわけにはいかないんだよ。」
テラの意志は固かった。
「あなたとの付き合いは長い。あなたの『
ナイジェルの不承不承を絵にしたような表情にテラは言った。
「それは勝利の条件次第だろう?なにもやつを『倒す』とは言っていない。それほど俺は自惚れちゃいないさ。ユリアを奪還する。いや、ヤツから『盗み返す』でも良いんだ。」
「なるほど。しかし、かの魔神はなぜあなたの奥様を?」
「ユリアの身体だ。いや、
「なるほど。」
「そして頼みがある、ナイジェル。もし、俺に何かあったら、
⋯⋯おい、ディーン。」
「しゅん→」
サラが舜を揺り動かす。少しうとうとしていたのだろうか。サラの手には小さな雪ダルマがあった。雪でできた団子が3つ重なっている。
「かわいい『雪ダルマ』だねえ。」
サラは頭をふるふると振る。
「それ、あんたとサラと私だそうよ。」
ベルがサラの意図を代弁した。
「そうか。ありがとう、サラ。よく出来ているよ。」
サラがバイクのサイドカーのシェードにそれをのせる。舜はサラを抱きしめる。そして頭を撫でた。銀色の髪にうっすらと積もったパウダースノーを払い落とす。
「しゅん↑」
「じゃあ、行こうか。」
雪は進めば進むほど深くなる。重力浮上式であるため、どれだけ積もってもバイクの進行に問題はない。やがて、目的地であるジャレードという街に辿りつく頃には、もはや雪で「閉ざされた」とでも言うべき状況であった。
「静かな町ね。」
朝になり雪が小康状態になる。ベルが町を見回しながら言う。
「雪は音を吸うからね。」
ここに来たのにはわけがあった。舜の所属するシンジケート「ダイラス=リーン」からこのジャレードに来るように要請されたのだ。そこで依頼者と接触するのだ。
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