02 「星辰正き位置にある時……」

「どうやら揃っているようだね。お待たせてしてすまない。」

そこにひとりの長身の男が部屋に入ってくる。すると一気にラウンジの空気が引き締まった。迎えたスタッフたちの緊張感が高まっているのだ。


その男は褐色の肌に色鮮やかな「ネメス」と呼ばれる青と金色のストライプが入った古代エジプト調の頭巾をかぶっていて、濃紺のスーツを身に纏っていた。どうにもこうにも違和感がある服装だが、本人の持つ威厳がその感想を打ち消すには充分であった。


「ようこそ、『バッテンの旦那』。」

ジャックが慇懃に一礼してみせる。スタッフがざわめく。それほどのVIPなのだ。イーサンがジャックをたしなめる。

「よせジャック、失礼だぞ。大変失礼しました『マウントバッテン』卿。こいつ、みんながあまりにも旦那に遠慮するもんだから、面白がって無礼を働くんです。根はいい奴なんですが、露悪趣味がありまして。」


 男の名はマイケル・マウントバッテン。フェニキア商人を名乗っている。フェニキアとは銀河を旅して商いをして回っている通商国家であり、彼はいわゆる「異星人」にあたるのだ。無論、彼には肩書き以上の権力がある。それは彼が扱う商品にあった。


 マウントバッテンはジャックの揶揄からかいを気にする様子もなく、ひとりがけのソファーにこしかける。

「構わないよイーサン。ジャックに悪意がないことはわかっている。私と君達はそれほど短い付き合いというわけでもないからね。」

この一言でまた張り詰めた空気が溶ける。

「ねーえ。最近は商売の方はどうなの?マイク。」

マルゴーがボーイからカクテルのグラスをトレーごと受け取るとマウントバッテンの傍にかがみ、グラスを差し出した。


「ありがとう、マルゴー。きみはよく気がつく女性だね。おかげさまで私の事業はとても順調にいっているよ。」

このマウントバッテンの扱う主な商品は「智慧の実」と「生命の実」と呼ばれる「魔結晶」に良く似たクリスタルである。「智慧の実」を人造人間ホムンクルスや魔獣に与えると、特殊な能力を発揮するようになるり、与えた者に忠実にならせるのだ。そして、「生命の実」を与えられた人間は50歳ほど若返るのである。


 それを見た貴族たちは先を争って彼と取り引きするようになった。また、彼は特殊な「智慧の実」を使ってミュータントとよばれる特殊な人造人間を作り出すことができ、その工場をこの惑星に持っていた。その中でも特に優秀な個体を集めたのが、このエクセレント4なのだ。


 貴族階級の財源は、奴隷労働者の安価な労働力によるものだけでなく、長年培ってきた人工胎による人造人間を生み出し、それを奴隷や兵士として銀河系中に売りさばくところにあった。銀河系で地球人種テラノイドと呼ばれる「人間」は、決して劣った種族というわけでもない。しかしこうして「同胞」を売りさばくのは銀河系宇宙でも惑星スフィアだけである。もっとも、それだけの需要も銀河系では存在する。


 しかし、このマウントバッテンの登場によりさらに付加価値の高い商品が生産できるようになったのである。「科学者」階級でもある貴族がとびつかないわけがなかった。彼がこの惑星と取引を始めてすでに30年近くになる。ますますこの「人身売買」産業は隆盛を極めてきたのである。


 マウントバッテンは脚を組みなおし膝の上で手を組む。

「単刀直入に言おう。ついに私の悲願が達成される日が、近づいてきたのだよ。」


「父つぁん、それぜんぜん『単刀直入』じゃないよ。」

ジャックが軽口をたたく。イーサンが再び彼をたしなめる。マウントバッテンは気にすることなく話を続ける。


「すまない。私としたことがつい感傷にふけってしまったよ。『星辰正しき位置にあるとき、クトルゥフはその深き眠りから覚めたり』という予言が成就するのだよ、間もなくね。」


「それって、なにか天体の配列が関係あるの?」

マルゴーの問いにマウントバッテンは得意げに自説を披露する。

「そうじゃない。実は、星の配列はどうでもいいんだ。問題はだれがそれを『正しい』と判断するか、ということなのさ。それはこの惑星に住む人間にとっての話だ。だって、ほかの惑星の人間からみたら、天体の位置する角度なんて違って当然だろう?ようはかの邪神クトルゥフの復活に必要な霊的なエネルギー源となるだけの人口が揃った、ということなのだよ。」


マルゴーが美しい眉を寄せる。

「つまりこの惑星は滅ぶ、ということ?」

「まあ、災厄がこの天空の宮殿まで届くことはないよ。だからここに住む皆さんは大丈夫だ。もちろん、君たちも含めてね。」


イーサンは興味がなさそうに天井をあおぐ。ジャックが尋ねた。

「なあ父つぁん、そんなもの復活させてどうしたいんだよ?」


「聞きたいかね。ただスケールが大きすぎて馬鹿馬鹿しい話にしか聞こえないよ。私の主人、アザトースのいましめを解くためさ。」

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