08 「旧神のしるし」

街に着く頃にはすでに陽が昇っていた。サリマの表情は険しいままである。

「サリマさん。わかっているとは思いますが、これは契約違反です。魔獣の子の運搬は……。」

舜は抗議する。結果が無事に終わったからいいものの、これは命に関わるため、契約違反にはそれなりのペナルティがあるのだ。しかし、サリマはさほど悪いとも思っていないようだ。


「そうね。でも、これ以上のお金の持ち合わせはないわ。だから『現物』で勘弁してもらえないかしら。あなたのホテルはどこ?」

 3人は舜のホテルに戻るとシャワー料金を払い、シャワーを浴びる。自分たちは気づかなかったがかなりの獣臭がしていたのだろう。舜とサラがシャワーを浴び、ついでサリマがシャワーをあびる。サリマはシェードの中にいたのだから、臭いは関係ないだろう。そうぼんやり考えていると、サラはすっかり眠り込んでしまう。サラも屍食鬼グールとの戦闘ですっかり消耗していたのだろう。興奮状態がシャワーでリセットされ、疲労が一気に押し寄せたのだ。


 シャワーから出たサリマはバスタオル一枚を体に巻いただけであった。彼女は舜に近づくとキスをする。

「ねえ、むらむらしているでしょう?人間は命の危機にさらされると本能が子孫を残すように身体に命じるそうよ。」


 口を離すとサリマがバスタオルをとった。あらわになった彼女の身体は砂漠で着られているゆったりとした服の上からは想像もつかないほど引き締まり、熟れていた。

「『現物』って……。」

「そうよ、わたし娼婦プロだって言ったわよね。」

舜はサリマの妖艶な瞳に吸い込まれそうになる。思わずサラを確認するとすやすやと寝息をたてていた。


その仕草に父性を感じたのだろうか。

「あなた、パパなんだから、童貞ってことはないわよね。」

サリマの「煽り」が舜の最後の逡巡の鎖を断ち切った。


行為は極めて情熱的であった。まだ身体にうずく攻撃本能をすべて性の本能に変換し、二人は求め合った。

「『割り箸効果』……じゃなくて『吊り橋効果』ってやつかも。」


仮眠をとって気づいたころには、昼少し前だった時間がとうに夕闇時になっていたのだ。


サリマは舜の腕枕でささやく。

「ありがとう、ディーン。おかげで赤ちゃんを殺さずに済んだわ。」

サリマは舜の胸に耳をあてる。まるで舜が人間かどうか確かめているかのようであった。


「あなたも本当は最初からヤツらに赤ん坊を返すつもりだったのでしょ?」

サリマはやっと少しだけ笑みを浮かべる。

「さあ。肯定したら、私が罪に問われるわ。それよりも、ずいぶんとお強いのね。驚いたわ。あなた、もしかしてあの『エクセレント4』と何か関係があるのかしら?」


「エクセレント4?」

舜は初めて聞いた言葉を聞き返す。

「知らないの? エデン最強の魔獣狩りのチームよ。魔人を倒してよくニュースにも出ているのだけど、見たことない?」

 舜はテレビのニュースは見ない。テレビなどのマスコミは貴族の地上統治機関『エデン』によって統制されているため、もはや正確な情報源とは言えないのだ。そのエデンの最強の魔獣狩りのチームであればさぞかしきらびやかに描かれていることだろう。

土民アムハーアレツの心がカインの末裔に向きすぎないように貴族たちも力を入れ出したのだろうか。いずれにせよ地上や人間を支配するに関しては魔人と貴族は利害が対立することが多いのだ。


 貴族たちの使う兵士は「ホムンクルス」と言われる人工胎で生産された遺伝子操作された人間である。彼らはこれを惑星外に売って外貨を得ている。また、彼らを兵士とした軍隊を持っており、それを駆使して土民を抑え、魔獣たちと勢力争いをしているのだ。


そのホムンクルスの中でも能力が高いものがいるという。「ミュータント」と呼ばれる人造人間である。彼らには魔獣の遺伝子が組みこまれている、と言われているのだ。サリマは舜の肩の「旧神の印エルダーサイン」をなでる。

「この『刺青』があったから、そう思ったの。」

「ああ。これは『刺青』じゃなくて『痣』なんですよ。」

実際にそうなのだ。「旧神の印エルダーサイン」とよばれるこの刻印は魔人の封印のために「神」からの力を借りるための媒介なのだ。よって、刺青のように外部から刻まれたものではない。「聖痕スティグマ」とでも言うべきか。しかし、自分が「お尋ね者」であることにやはり気づかれていたか。舜は心の中で舌打ちをする。


「あなたまだ旅の途中なんでしょ?道中気をつけてね。」

舜はサリマが去り際に見せた魔獣を見るのと同じような嫌悪の視線を痛く感じた。でも、仕方がない。それを選んだのは舜自身なのだから。


ホテルでもう一度シャワーを浴びて今度は性臭を落とす。やがてサラが目を覚ます。二人はアヴェンジャーから再びサイドカーを切り離すと街へ出る。

「サラ、ごめん。この街は今日で最後だ。」

サラは舜の顔を見上げた。子どもながら、サラもそんな予感はしていた。舜の顔は考えごとをしている時のものである。時折彼は、怒りとも憎しみとも嫌悪ともつかない複雑な表情をうかべることがあり、サラはそんな顔をしている時の舜をそっとしておくのだ。


おそらくサリマは舜のことを通報するだろう。この大陸を事実上支配する「地の一族」の魔獣に襲われでもしたらこの町も無事では済まないだろう。そう考えた舜はこれ以上この町に留まるのは得策ではない、と判断したのだ。


「もう少し、この町にいたかったけどなあ。」

舜はそう言いながら寂しそうな顔をするサラの頭をなでた。まだ幼いくせにわがままを言いたいのをじっと我慢しているのが伝わってくる。

「よし、お金も入ったことだし、なんか美味いもん食って、夜まで一眠りしたら出発すっか?」

「しゅん→」

「何食う?」

サラは「オアシス亭」の屋台の方向を指差す。

「しゅん→」

「ラーメンか⋯⋯。俺はそろそろ別なのがいいなあ。うーん。でも食い納めだし、そこにするか。」

「しゅん↑」


「いらっしゃい。おや、仕事が済んだんだね?」

明るい店主の声。その声に舜はなんだか救われた気がした。

「ああ。やっぱりこの屋台が一番落ち着くわ。サラ、煮卵つけるか?」

「しゅん↑」


しばらくしてラーメンが出される。サラはチャーシューを指差す。舜は自分のどんぶりにそれをのせ、代わりに自分の分の煮卵とヤングコーンをサラのどんぶりにのせる。


「さあ、次はどんな町が、どんな魔人が待ち受けているのやら。」


二人の旅路はまだまだ続く。そう、親の仇を討つまでは。

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