07 「危険な人形遊び」

舜はほほについた返り血をペロリと舐めた。

「やっぱ不味いわ。」


月明かりを微かに反射した魔糸がキラリと光った。ピンと張ればかなり危険なシロモノである。食屍鬼グールたちは手に鉈のような刃物を持つとそれを断ち切ろうとする。しかし、今度はその糸が急に緩められる。彼らは勢いあまって倒れこみ、なんとかつんのめった体勢で踏みとどまった。しかし、今度はその体勢のまま動けない。


「糸が⋯⋯からま⋯⋯たし⋯⋯けち⋯⋯くり。」

助けを呼ぶ同胞を救うべく仲間の食屍鬼グールが近づくとその鉈を握る手が一閃して仲間の首を刎ねた。

サラ(ベル)が手を交差すると微笑む。その指の間から魔糸ワイヤーが四方八方へとのびている。

「お人形さん遊び⋯⋯しましょ。」

サラの目じりが下がり口角があがる。月明りで照らされるとゾッとするほど可愛い微笑だ。


 敢えてブービートラップを張り、それを排除させるべく刃物を出させたところを捉えて傀儡にしてしまったのである。後はベルが操る食屍鬼グール同士の凄惨な殺し合いであった。それも一撃で切り落とさず、何度も刃を体に腕に打ち付ける。切り裂いた傷に指を突っ込み、さらに鋭いつめで傷口をえぐる。グールといえど痛覚は存在する。


 舜は激痛にのたうち回るグールたちの腹部に重力加速をつけた蹴りを食らわせさらに彼らの内臓を損傷させる。あるいは頭蓋骨ごと踏みつぶし、その脳漿をまきちらす。


「ひ⋯⋯卑怯な!それでも⋯⋯人間か?」

食屍鬼グールたちの叫びに舜が答えた。


「笑止千万。我ら兄妹、 『冥府魔道』に身を堕とせし者⋯⋯もはや人間ひとにあらず!」


 舜は上着を脱いだ。

両肩に刺青のような文様が刻まれている。歪んだ形の一筆で描いたような五芒星。そして真ん中に目のようなマークがある。左肩と右肩の違いはその「目」で、その瞳にあたる部分が、一方は「炎」、もう一方は「しずく」のような文様になっていた。


「あの印⋯⋯。」

シェード越しに見ていたサリマがつぶやく。そうだ。魔獣「地の一族」を統べる吸血鬼属が血眼になって探し回っている魔獣狩りの男の特徴ではなかったか。


「お前⋯⋯。その肩⋯⋯しるし⋯⋯お尋ね者。」

食屍鬼グールも気づいたようだ。

「そうだ。俺の真の名は『宝井舜介=ガウェイン』。この二つのしるしは蕃神ノーデンスと焔神クトゥグアの代行者、つまり封印者の証だ。そして、お前らにそれを見せた意味がわかるか?もうお前たちを生きたまま巣穴には帰さないということだ。戦いは終わった。ここからは『狩り』の時間だ。」


「ベル、セラエノ断章フラグメンツ。」

「OK。最適化オプティマイズ。」


 舜の持つガラティーンが蛇のような形に変わる。そして、舜の左腕も3本の爪が生えた奇怪な毛むくじゃらの腕に変わった。

「ガグの腕⋯⋯。」

グールたちが恐怖のあまり泣きそうな声を上げる。彼らの天敵である魔獣ガグの腕である。


「貴様⋯⋯。ただの人間⋯⋯ちがう。」

「まあね。だから先に言ったじゃないか。『冥府魔道』に身を堕とした、とな。」

蛇の頭のようになった剣は次次と食屍鬼グールたちの背中に突き刺さる。まだ残っていたものたちも次々と倒れ始めた。


鉈で襲いかかるものには巨大化した腕から繰り出される爪が深々と腹部を抉る。腸を引きずり出して手繰り寄せ、それをロープのように振り回してその体を岩肌に叩きつける。その腕の膂力はすさまじく彼らの頭部をまるで生卵のようににぎりつぶす。


砂地は飛び散るおびただしい彼らの血と体液と漏れ出た内容物でぬかるんでいた。時間も経たぬうちに砂漠の谷間は食屍鬼グールたちの死体や動けなくなったものたちと異臭で満たされていた。


舜はまだ生きている食屍鬼グールに近づく。

「どうだ、取引をしてやる。お前ら『地の一族』の係累、大真祖チャウグナー=フォウンの住処、『ンガイの森』の入り口を教えてもらおうか?教えてくれたらここで手打ちにしてやる。」


食屍鬼グールたちは逃げようともがく。しかし、その身体はピクリとも動かない。舜はその頭を思い切りけりあげた。

「諦めろ。脊髄をやった。もう首から下は動かん、⋯⋯この先一生涯な。」

しかし、それでも食屍鬼グールたちは口を割ろうとはしなかった。それほど恐ろしいのだろう。「大真祖チャウグナー・フォウン」。舜の、そしてサラの父と母の仇の名前である。


「あらあら、きっと秘密を漏らしたら一族ごとアボーンな感じなんでしょ?時間も無いし、諦めましょう。」

「そうだな。」

ベルの言葉に舜は立ち上がった。

「貴様⋯⋯覚えておけ、お頭はお前を絶対に許さない。⋯⋯。」


立ち去ろうとする舜に食屍鬼グールたちが呪詛の声を上げる。

「そうだな。俺もやつを許してやるつもりは毛頭無いさ。おっと忘れていたよ。掃除屋さんを呼んでおいたから、後はごゆっくり。」


 あの赤ん坊は無事な食屍グール鬼の仲間がすでに連れ去って行った後のようで、すでにその姿も、泣く声もなかった。自分たちで育てるのか、あるいは人里に捨てて再び人間に育てさせようとするのか、その行く末はわからない。人間性を失うその日まで、人間としての命を全うしてくれたら、そう願っていた。


 再び舜のバイク「アヴェンジャー」は街を目指して走り出した。

ゴゴゴゴ⋯⋯という地響きが近づいてくる。全く身動きが取れない食屍鬼グールたちが音の源を不安そうに見つめると砂漠が砂飛沫を上げる。そこには砂の住人サンド・ドゥエラーが禍々しい口を大きく開けていた。


「これ⋯⋯が⋯⋯そう⋯⋯じ⋯⋯やさん。」

食屍鬼グールたちは次次と飲み込まれていった。


「あら、いつの間に砂の住人サンド・ドゥエラー召喚よべるようになったの?」

ベルが驚いたように尋ねる。

「ああ。この前ヤツのDNAをサンプリングしたからな。あとは使いようがないな。俺の身体では。」

舜の能力は摂取したDNAを解読すると、その能力を自分のものにすることができるのだ。

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