06 「死のブービートラップ」

舜は暗闇の中からこちらを囲む目に言い放つ。

「何かようか?俺は急いでいるところだ。下手にオマエらを轢いて『謝罪と賠償を要求するニダ』なんてからまれ続けるのはごめんだね。要件があるなら手短に頼む。」


しかし、その暗闇に光る無数の目はジリジリと包囲を狭めてくる。息を吐くハアハアという音とその鼻を衝く臭いがきわめて不快だ。舜は背中からサラを下ろしてバイクのシートに座らせた。群れの中から一体の個体が前に出た。


「おまえは⋯⋯誰だ?」

 屍食鬼グールだ。 その皮膚はゴムのようにてらてらと光を反射している。二本足で立っているが前かがみで、まるで醜い犬の着ぐるみをきたカンガルーにもみえる。足はひづめ状に割れており、手には鋭い鉤爪がついている。その顔はやはり犬に似ているだろう。手に鉈のような武器を持った個体も多い。


「俺はディーン・サザーランド 、『カインの末裔』だ。お前らこそ俺に何のようだ。」

食屍鬼グールは笑うように言った。

「俺たちの赤ん坊⋯⋯を⋯⋯置いて⋯⋯いけ。それと、お前の荷物の二人の女⋯⋯も置いていけ。」

舜はせせら笑う。

「俺の用件は一つだけだ。ここを黙って通せ。そうしたらお前らの命ばかりは見逃してやってもいい。」


食屍鬼グールたちも笑った。

「なら、お前は死んで我らが糧食かてとなるがいい。」

舜は呆れたようにいう。

「ちょっと待て。どうもこの取り引き俺が損ばかりなんだけどな。それに俺の体脂肪率は一桁だ。ラーメンのスープの出汁にもなりゃしねえよ。」

「でも犬っぽい連中だからおしゃぶり用の骨が欲しいんじゃないの?」

ベルが声を出して食屍鬼グールたちを煽った。


「じゃあお互い力づく、ってことで良さそうだな。」

舜が背中の魔剣ガラティーンを抜いた。


「待ってください。赤ちゃんは差し上げます。それでお引き取り願いできませんか?」

突然、サイドカーの天蓋シェードが開き、赤子を抱いたサリマが姿を表す。舜は舌打ちを堪えきれなかった。

「サリマさん。それは奥の手だ。最初からそれをやっちまったら、あいつらは最初の一歩を譲ったら間違いなく遠慮なく5、6歩踏み込んでくるんだけど。⋯⋯仕方ない。ベル、サラと援護を頼む⋯⋯いや、ここは俺が援護に回る。」

「りょーかい。」


「サリマさん、ごめんね。」

舜がサリマのおでこを指で押すと、サリマはよろけて尻餅をつく。その瞬間にサリマの緩んだ腕から赤ん坊を抜き取ると、サイドカーの天蓋シェードを足で閉め、サリマを保護する。そしてそのまま赤ん坊を上へ放り投げた。


同時にベルが憑依したサラが飛び上がった。赤ん坊は地面に落ちる前に食屍鬼グールが受け止めた。

「ナイスキャッチ。」

「貴様⋯⋯危ない⋯⋯じゃないか。」

食屍鬼グールの抗議に舜はフンと鼻で笑った。

「良く言うわ。その割に俺たちは殺して食うのだろう?」

ひらりと舜の肩にサラが降り立つ。やがて月が谷間の上空にさしかかり、そこを明るく照らし始めた。


「⋯⋯『たち』じゃない。⋯⋯食うのはお前⋯⋯だけ。」

食屍鬼グールが魔獣のくせに軽口を叩く。舜はかすかな笑みを浮かべた。そうかあとの二人は「繁殖用」というわけか。……胸糞悪い。

「行くぞ、ベル。」

 重力制御ブーツで、重力の枷をかなぐり捨てたかのように舜がサラと共に宙を舞う。それは変幻自在に地面から彼らの頭上へ、彼らの周りを飛び回る。

「小僧⋯⋯飛び回っているだけでは倒せんぞ⋯⋯。バカか?」

捕まえられない悔し紛れなのか食屍鬼グールたちが口々に罵る。


「さあ、それはどうかな?小汚い犬コロども。かかってこいよ。」

月明かりに照らされた谷間で、食屍鬼グールたちにぐるりと囲まれた状況で手招きして挑発する。

「小僧め。」

激昂した食屍鬼グールたちが突進を始めたその時。

「あ⋯⋯ぶ⋯⋯にゃ⋯⋯。」

訳の分からぬ言葉を口走りながら、その身体がバラバラに刻まれた。そこかしこに緑色の体液が噴き出す。舜は足元に転がってきた頭部を蹴り返した。


「あら、魔糸ワイアーで罠を張ったから危ないかも、って言わなかったっけ? テヘペロ。さて、鼻は利いても目はそれほどでもないおバカさんに、この罠見抜けるかしらね。」

ベルが舌を出す。サラの顔でやられると超絶に可愛い。

「大丈夫さ。こいつらが流した血と体液をたっぷりとしみこませれば場所くらいは分かるだろうよ。それまでどんだけ死ぬかはどうでもいい話だがな。」

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