05 「通りゃんせ」

老婆は耳にさわるしわ枯れ声ででぼそぼそという。

「この子の亡くなった母は不憫な子でねえ。子供の頃からあんなに苦労して、やっと幸せな結婚ができたんじゃよ。そしたら、クドスから帰る途中に魔獣の群れに襲われてしまってな。こともあろうに魔獣の子を孕まされてしまったんじゃ。それであの子は精神を病んでしまってな。とうとう自ら命を絶ってしもうたんじゃ。」


胸糞悪い話だ。魔獣の中には人間や他の動物と交雑することを好む輩もいる。なぜなら、自分で子育てをする必要がないからだ。赤ん坊の顔を見ると普通の人間の赤子の顔にも見える。しかし、魔獣の血は年齢を重ねる頃に強く出るようになっていて、成人を迎える頃には完全に魔獣となっているだろう。ふつうの赤ん坊と違うのは目が人間としては不自然に大きいのと、耳の先が尖っているところだ。


食屍鬼グールの子か⋯⋯。」

食屍鬼グールとは、人間の墓を暴き、死体を好んで食う魔獣だ。そのほかには人や動物の排泄物なども好んで食べる。『ゾンビ』とは違う。別個の種族なのだ。人間に対して敵愾心を持たない種族ではあるが、その性質上、人からは忌み嫌われている。


やがて、葬儀が終わり、今度はサリマを街まで送り届けることになる。しかし、サリマの胸に先ほどの赤ん坊が抱かれていたのだ。

「サリマさん、まさかとは思いますが、その子を連れて町に帰るつもりではないでしょうね?」

いやな予感に思わず舜は尋ねる。


「ええ、この子を寺院に『奉納』して欲しい、そう兄から頼まれたのです。」

舜はサリマの答えにため息をついた。奉納とは、寺院の僧職の手によって赤ん坊を殺すという意味なのだ。魔獣を減らすという「神の御意思おぼしめし」に沿うためである。

それは契約外だろう、そう言いたかったが、意外にもベルは否定的ではなかった。

「この赤ん坊に罪はないけれど、奥さんを強姦されて、しかも子供まで孕ませられて⋯⋯。しかも亡くなったんでしょう?旦那さんとて人間よ。しかも育っても魔獣にしかならない。こんな子供と一緒にはいられなくても仕方ないわ。」

 無論、それは理解できる。しかし、舜の心配はそこではない。


「でもサリマさん。この子を砂漠に連れ出した時点で食屍鬼グールたちが襲ってくる可能性⋯⋯、いや確実に襲って来るはずです。その時には子供をやつらに引き渡しますか?」

 つまり、この仕事は「行きは良い良い、帰りは怖い」という代物だったのだ。サリマはその問いに黙って頷いた。


帰りはまだ陽があったが、夕刻であったため、迷わず出発した。食屍鬼グールに襲われる可能性が高いので、サイドカーは天蓋シェードを閉めることにしたのだ。やがて、夜のとばりが降り、アヴェンジャーが岩場の多い地点にさしかかると、多くの魔獣の気配と光る目が現れ始める。それは疾駆するアヴェンジャ-と付かず離れず、併走するようにひたひたと走る。その足音が徐々に増えていく。基本、重力制御式バイクは無音のため安全のための電子音がつけられている。そのため、なおのこと響く。


彼らの吐く息使いも聞こえくる。獣の嫌な臭いが漂ってくる。その荒々しい息遣いは、猟犬が獲物を追い込む時のものに似ていた。


食屍鬼グールの群れだ。


「とんでもない『団体さん』だな?俺は食いもんじゃねえぞ。なにせ、まだ生きてるいるんだからな。」

ぼやく舜にベルは言った。

「ねえ、知ってる。人間は殺せば『屍』になるのよ。牛や豚を〆れば『肉』になるのと一緒ね。」

さすがの舜も鼻白む。

「今、そのせりふ必要?」


そして、岩場の影に差し掛かった頃、完全に光る目に囲まれてしまった。舜はバイクを停めた。サイドカーのシェードの中から赤子の泣き声がもれる。

「さて、どうしたものかな。」

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