04 「母の面影」

その晩、舜はサリマを乗せて出発する。サイドカーにサリマを乗せ、サラを背負っての道行きである。砂漠を行く旅のため、再び昼夜が逆転するのだ。


往路は順調そのもので、翌朝、陽がそれほど上がらないうちに目的地であるその村についた。葬儀は寺院でその日の日中のうちに執り行なわれるため、その間にサリマの実家で仮眠を取らせてもらい、帰路に備えることにした。


家には死んだ兄嫁が産んだという赤ん坊が残され、近所の老婆が面倒を見ていた。赤ん坊だから泣くのは仕方がないことだが、舜は度々眠りを妨げられることになる。

(そう言えば、サラも赤ん坊の時、夜泣きされて困ったっけな⋯⋯)

赤ん坊の声にも負けず眠っているサラを見て、再び舜は目を閉じる。「夢引き」の影響なのか、最近とみに昔の夢をよく見るのだ。


たった数年前の話だがずいぶんと遠く感じる。

「あ、あれはオムツだな。」

サラの泣き声を聞いて舜はベビーベッドに駆けつける。それは今からまだ6年前、舜が「ディーン」とだけ呼ばれていた頃の話だ。


ディーンの養父テラのとその妻ユリアは幼馴染同士であった。しかしユリアは生まれつき身体が弱く、とても子どもは望めない身体だった。それで彼女のはらに赤ちゃんが授かったと分かった時、周囲は喜びよりも戸惑いの方が上回り、ユリアに子どもを諦めるよう勧めた。しかし彼女は、産むという決意を頑なに翻さなかったのである。


それで皆、母体と胎児の無事を祈ることしかできなかった。 そして、皆の祈りが通じたのか母娘ともども無事に出産が終わり、サザーランド の家は安堵と歓喜に満たされた。娘の名前は、サラと名付けられた。それはユリアの祖母の名である。彼女の実家は女系家族の家柄なのだ。


ところが、幸せはそれほど長くは続かなかった。


 産後、ユリアの体力はますます弱くなり、起き上がることさえ困難になっていた。家事は女性スタッフに、サラの世話は主にディーンに託されていたのだ。そんな折にテラのキャラバン「約束の地プロミスト・ランド」を魔獣の群れが襲ったのである。テラはその時、一党を率いて魔獣狩りに出かけ、留守にしていた。


 その時宿営キャンプに残っていたのは女子供たちばかりだったのである。


「ユリア、行ってくる。無理に動こうとするな。ディーン、母さんとサラを頼む。」

「あなたも無理しないでね。」

そう言い残して家をあとにした。それがテラが妻ユリアと交わした最後の言葉だった。


彼が魔獣討伐を終えて意気揚々と家に引き上げてくるとキャラバンは騒然としている。

お頭エイブ、大変です。キャラバンが魔獣に襲われました!」

慌てて家に戻ってきたテラを無慈悲な現実が出迎えた。


「ユリア!サラ!ディーン!」

ところどころに血の跡があり、家の中は滅茶苦茶に荒らされていた。頭の中が真っ白になりそうな気持ちを抑え、捜し続けた。


するとゴトゴトと物音がする。その音の方に向かうと、機材用のトランクが転がっており、中になにかがいるようだ。もしや、と思ってテラがそれを開けると中にはディーンとサラが入れられていた。


二人はテラの生命維持バイタルスーツの中に一緒に入っており、どうやらユリアが二人をそれを着せ、生命維持モードにした上、トランクに入れたようだった。


「ディーン、サラ、無事で良かった。」

テラは二人を抱きしめた。

「ディーン、ユリアはどうしたかわかるか?」

ディーン(舜)は首を横に振った。大きな物音がして、皆が魔獣だ、と騒ぎ立てたところでユリアにサラを抱いたまま生命維持バイタルスーツを着るよう急かされ、そのままトランクに詰めらたのだ。そしてテラが帰って来るまで決して物音を立てないよう言われる。

「お兄ちゃん、サラを守って。」

そう頼まれ、そのままトランクの蓋は閉じられ、ロックがかけられたのだ。その後は大きな物音や足音、魔獣の咆哮する声や悲鳴が入り乱れ、恐怖で身がすくんだディーンは何も出来なかったのだ。

「ごめんなさい。僕……母さんを守れなかった。」

父との約束を果たせなかったディーンは泣き続け、サラもディーンの様子に反応して泣きじゃくった。


テラはもう一度二人を抱きしめ、舜の頭を胸に抱いた。

「いや、そんなことはない。お前はサラを守れ、という母さんの命令を守ってくれたじゃないか。母さんに代わっていうよ、ディーン、良くやった。お前は立派だ。それで、何か話し声は聞こえなかったのか?」


ディーンは首を横に振った。赤ん坊の声が漏れないようにトランク入れたのだから、会話程度の声では聞こえないだろう。

ユリアの姿はどこにもなかった。 傷を負わされたにしては血の量が少ない。一口に丸呑みにされたか、誘拐されたかどちらかだろう。女性とはいえ、大の大人一人を飲み込めるような強力な魔獣が出没している情報はない。つまり、ユリアは今もどこかで生きているに違いない。絶対に彼女を取り返す。そう、テラは誓ったのだ。

「おそらく、ユリアの『素性』を知っている連中の仕業に違いない、そうであれば手荒な真似もしないはずだ。」


母か⋯⋯。サラは母ユリアの面影を写真でしか知らない。正確には知らなかった。そう、あの日までは。本当は知らない方が良かったのかもしれない。


遠くから断続的に赤子の泣き声が聞こえてくる。

舜は目を開けた。

「夢か。」

汗をかいていたが湿度が低いため汗ばむことはない。


「その子は?」

結局それ以上寝付けなかった舜は、子守をする老婆に尋ねた。老婆は乾燥地域特有の地方の老人の顔に刻まれた深い皺が際立つ顔をさらに歪めた。

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