03 「兄妹稼業」

「それは助かります。」

舜は明日の仕込み前に、依頼主を紹介してもらえる、ということで屋台を後にした。

魔獣を狩る者たちがなぜ「カインの末裔」と呼ばれているか、さらに説明しよう。


惑星スフィアは地球から35光年離れた恒星アポロン系に属する惑星である。「月」と呼ばれているのは連星ガイアでやはり有人の惑星である。人類はそこに数百年前に移民船でたどり着いたのである。積載量ペイロードの関係で移民船には一隻あたり20人ほどの乗組員クルー技術者スタッフだけで、その他の人間は凍結受精卵の形で運び込まれ、人工胎によって生み出されることになっていた。


しかし、彼らは職務に忠実ではなかった。自分たちの家族と人工胎で生まれた人間の間に差別を設けたのである。彼らは魔獣が跋扈する地上に降りることを拒み、移民船を改築した軌道エレベータの上の宇宙港を増設し、そこを宮殿としてしまったのだ。

彼らは「高みに住まう者ハイランダー」を名乗り貴族階級を形成する。人工胎で生まれた者たちを地上に放逐し、労働に従事させ、その生み出した果実を搾取して贅沢三昧をしているのである。その奴隷たちは土民アム・ハーアレツと呼ばれていた。


彼らは13基の軌道エレベータ、そしてその上に築かれた宮殿をネットワークして「EDEN」と名乗っていたのである。

彼らは搾取するだけでなく、地上で優秀な働きをした奴隷たちを上へ迎えあげることで労働 意欲を増すように仕向け、また、地上でも中間支配階級を作って支配を任せているのだ。


それを嫌って逃亡した人々がいたのだ。「カインの末裔」と呼ばれる者たちである。


聖書の記述によれば、カインとは最初の人間アダムとイヴの息子である。彼は弟を殺して「逃亡者」もしくは「追放者」となる。

その末裔に遊牧民の始祖ヤバル、楽器職人の始祖ユバル、そして鍛冶職人の始祖トバル・カインがいた。つまり社会の営みや生業を作り出したのはほかならぬ逃亡者の末裔(子孫)だったというのだ。


魔獣ハンターは魔獣の骨や牙を使って武器を作り、皮を使って服をつくる。そして遊牧民のように移動キャラバン生活を送る。中には歌や踊りに長じた乞胸ごうむねと呼ばれる旅芸人たちもいた。魔獣との戦いは厳しいものであったし、意気消沈した民衆の心を鼓舞するには歌や踊りに勝るものはなかった。


そして、いつしか彼らは土民アムハーレツと蔑まれた地上の民の間で英雄視されるようになる。

しかし、高みに住まう人々ハイランダーは彼らが英雄視されるのを嫌い、侮蔑の意味を込めて「カインの末裔」と呼んだのだ。


だが彼らは面白がって、そう呼ばれることを恥ずかしがるどころか自ら名乗るようになったのである。



翌日、その屋台で待ち合わせ時刻にやってきた女性はサリマと名乗った。20代後半と自称していたが、舜にはもっと年上であるように感じられた。職業は「娼婦」だという。ちなみにこの世界では売春は合法である。


「あら、思っていたよりも随分とお若い方なのね。」

サリマは舜の見た目に不満と不安を感じたようだった。ただ、そればかりは仕方がない。

「ええ、よく言われます。ただこれでも『娘』と二人で砂漠を旅しているんですよ。それがどういうことかはお分かりですよね。」

そう、禍々しい魔獣が棲息する砂漠を渡るにはキャラバンに護衛を依頼する他はないのだ。そこを「単独」で旅をしているのは確かな腕がある証でもある。

そして、依頼者の前では舜はサラを「娘」と呼ぶ。実際には妹なのだが、その方が自分が年齢よりも上に見られるからだ。


依頼の内容は「護衛」であった。都市から半日の距離がある集落まで彼女を砂漠を通って送り届け、そしてまたこの都市まで連れかえって欲しいという物である。実家に嫁いできた兄嫁が亡くなり、その葬儀に参列するためという理由だ。

(とりたてて難しい依頼ミッションでもないようですね。)

ベルも反対しなかったため、交渉はすぐに成立した。


それは3日後の約束であったため、それまでの2日間、舜は主に依頼を受けた電気器具の修理などをして過ごした。そして夕食は「オアシス亭」の屋台でラーメンをとることにしていた。

「あんたらもよく飽きないね。」

店主は笑った。

「まあ、ここを出たらしばらくは有り付けないでしょうからね。」

サラがふうふうと息を吹きかけてから麺をすする。額に浮かんだ汗を舜がハンカチで拭った。

「美味しい?」

舜の問いかけにサラは満面の笑みで手を挙げた。

「しかし、あんたたち、きれいな顔立ちをしているね。どうせ同じ旅で回るなら、乞胸(旅芸人)の方が収入みいりはいいんじゃないのかい?」


「ありがとうございます。ただ、僕たちにも退っ引きならない事情ってやつがありまして。」

確かに、二人はの顔立ちを褒められることは多い。道行く人も、とりわけサラとすれ違うと思わず振り返ってしまうほどの超絶美幼女なのだ。


乞胸ごうむねになるつもりはありません。だって、私の胸はすでに超豊かですので。」

ベルが胸を張った。確かに大きく形が良い胸だ。きっと素晴らしい触り心地に違いない。ただし、実体があればだが。もちろん、店主に彼女の姿も見えないし声も聞こえないのだ。

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