02 「ラーメン屋『オアシス亭』」

「ねえ、ここにはいつまでいられるの?」

サラも柔らかい寝床がいちばんすきなのだ。

「そうだな。少し仕事をして路銀を稼ぎたいかな。それに、ヤツの情報も集めないといけないし。しばらくはこの街にいようか?」

「やった!。」

サラも喜ぶ。天井がある場所で眠ることができる。これは本来なら感謝しなければならないことなのだ。

しばらくたわいのない会話を続けていると、サラの姿が消えていた。

「あいつ、目が覚めたログアウトしたのか。」


目を冷ますと、サラはもう出かけられる格好になっていた。砂漠ではないので生命維持スーツではなく普通の格好だ。おそらくベルに着替えを手伝わせたのだろう。

「しゅん↓」

どうやらお腹が減っているらしい。つられて舜の腹の虫もなった。

「よし、屋台で何か食べようか?」

「しゅん↑」

でも残念。サラの背中のボタンが掛け違っていた。それを直すと二人は手をつないでホテルの玄関へと出る。


もう、街はすでに夕方近くになっていた。

「それじゃ、営業も兼ねて街へと繰り出しますか。」

舜がバイクのサイドカーに触れるとそれは切り離される。サイドカーの後部からハンドルを引っ張りあげる。サイドカーの後部には踏み台ステップがついていて、立ち乗りできるようになっていた。


 サラが定位置に乗り、舜が後ろに立つとゆっくりとサイドカーは滑り出すように前進を始めた。読者諸兄諸姉にわかりやすく例えれば、セグウ●イのように見えるだろう。サイドカーの横には広告文が浮かび上がる。

「魔獣でお困りの方、機械でお困りの方、ご相談ください。」

これが、「カインの末裔」としての舜の生業なのである。


街のあちこちにらに張り紙が貼ってある。「尋ね人」だ。「シュンスケ=ガウェイン・タカライ」の名と特徴である両肩に五芒星の刺青あり、というものである。

もう、ここまで回って来ているのか。


二人を見かけるとホテルの前で声をかけてきた子どもが寄ってきた。

「お兄ちゃん、食事メシ?いい店を知っているから案内するよ」

「本当か?『安くて』『美味い』店だろうな?」

子供は胸を張る。

「もちろん!」

子供はそういうとサイドカーの座席に足をかけ、後ろ手にハンドルを持つ。器用な乗り方である。

「しゅん←。」

サラが嫌がる。

「その角を右に曲がったらすぐだよ。」

「しゅん←。」

分かったからすぐにでも降りてくれ。サラの顔にそう書いてあったが、当然、その少年に空気も顔も読める術はない。サイドカーは屋台のそばで停車する。

「母ちゃん、お客さん連れてきたよ!」

なるほど、ホテルの前でたむろしていたわけがわかり、舜は苦笑した。母親の経営する屋台の客引きを兼ねていたのだ。舜がサラをサイドカーから抱っこしておろす。


その屋台はまだディナータイム前でもあったようでまだお客はいないようだった。


「RAMEN」

暖簾には一文字づつそう描いてある。

「こんばんは。こんなところでラーメン屋なんて珍しいね。」

舜が育ったキャラバンの本拠地である都市ウインダムでは珍しくはないが、こんなところで「郷土料理」に逢えるとは。メニューを見て手頃なものを頼むことにした。ちなみにサラのは「チャーシュー抜き」である。毎日のように血沸き肉踊る光景を目にしていれば無理もないことであった。


ウインダムは「エデンの東」とも呼ばれている。もとは聖書物語の一節で、弟を殺した咎人カインが逃げ出した地方をさす。実のところウインダムは王都であり、国王アーサーの住まう城もある。ただアーサーは人間ではない。地球からの移民船のコンピュータを統合し、この惑星をテラフォーミングした超巨大生体型コンピュータである。それは「聖杯」と呼ばれる生産システムをつかさどっていて、インフラ整備に必要な資材や、その財源となる「重力制御用バイタルチップ」を生産して銀河中に売っている。ただ、人間ではないため、管理を委託されている貴族階級にいいように吸い取られているのが現実なのだ。


 貴族階級は人々の賃金を抑えに抑えている。別に消費が低迷する心配は無い。庶民の分も貴族たちがまとめて散財してくれているのだ。搾取されていた人々の一部は王の直接の支配下にあるウインダムへ逃亡し、そこで技術を学んで「カインの末裔」として世界を回っているのである。それで貴族階級はウインダムを「エデンの東(逃亡の地)」とよんで蔑んでいるのでおある。


屋台の柱にも舜に関する貼り紙があった。

「お尋ねものですか?」

「ああこれね。なんでも奥地の大真祖様に傷をつけたみたいだよ。魔人たちが必死になって探してるみたい。考えたらすごいよね。魔人の中でも吸血鬼は強いんだろ?そんなん相手に人間が戦えるものかねえ。」

文字通り魔人や魔獣に食い物にされている庶民にとってこの「お尋ね者」の存在は半信半疑らしい。


「はい、おまちどうさん。お嬢ちゃん、熱いから気をつけておあがりよ。」

「いただきます。」

サラも両手を合わせていただきます、のポーズをする。サラはふうふうと息をかけながら食べる。箸の使い方はまだあまりうまくない。握り箸になっている。何度か教えているのだが。とはいえ外食の時は人前で叱ったり注意しないのが舜の流儀である。


「んー。」

「ごめんね。生めんじゃないのよ。」

ただ残念ながら麺はインスタントであった。しかし、スープはなかなか複雑な味わいで砂漠の土地ながらの濃い味付けに負けない旨味を出していた。

「この出汁⋯⋯、なんだろう?」

サイドメニューでチキンを頼んだので「鶏ガラ」は確実だが他は分からない。

「お客さん、知らない方が幸せなんてことは多いのよ。⋯⋯人生と一緒。」

店主おかみの言葉に、舜は分析するのをやめた。家畜を飼うにも魔獣がいるこの世界では出荷するまで肥育するころには大方食い荒らされてしまう。つまり、この出汁は狩られた魔獣から取られた可能性が高いのだ。

店主おかみ さんは舜とサラの食いっぷりを手に腰を当てながら見ていたが、二人が食べ終わった頃合いを見計らって言った。


「お兄さん、『カインの末裔』なんでしょ?よかったら、仕事を紹介してあげようか?」

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