第1章:「屍食鬼 【グール】」

01 「邪神の夢引き」

砂漠の真ん中に、突如大きな建物群が現れる。それは朝日を浴びるとキラキラと反射した。オアシスの街「クドス」である。太陽が背中を追いかけるたびに砂漠の気温は急上昇していく。都市の入口に着く頃にはかなり強い陽射しになっていた。


「やっとついたか。」

 舜がサラの様子を確認するとまだ眠っている様である。背中に密着した彼女の胸がゆったりと呼吸を繰り返している感触が伝わる。都市の入口には「入境審査イミグレーション ゲート」があり、身体に埋め込まれたICチップによって簡単に入境できるのである。街は魔獣対策の柵で完全に囲われているのだ。


「まずは宿を探すか⋯⋯。」

それほど金銭的な余裕はないので安宿を探すべく繁華街の反対側へとバイクを進めた。

「舜、あんまり細い路地とかの宿はダメよ。安ければいいってもんじゃないんだから。」

「ああ。」

ベルの忠告に生返事を返しながら進んでいくと、手頃なホテルが目につき、バイクを乗り付ける。


「あ、お客さんだ。」

 7、8歳くらいの男の子がバイクに気づくと駆け寄ってきた。おそらく経営者の子供なのだろう。それほど立派な作りのホテルではないが、よく清掃されていて、入口付近にゴミなどは落ちていない。そういうホテルが一番リスクが高くない。柵の外で危険なのは魔獣だが、柵の中で最も危険なのは人間なのである。

「でも、それ、親父さんの受け売りでしょ?」

ベルが茶々を入れた。


「サラ、着いたよ。」

サラが目をさます。生命維持バイタル スーツは身体が発した汗や排泄物から水分を回収するので意外と快適なのである。サラはヘルメットの窮屈さから解放された心地良さから二度寝の体勢に入る。舜はサラを揺すった。

「サラ、起きて。奮発してシャワーも予約しちゃうぞ。」

「シャワー」のくだりでサラの目がパチリと開いた。ここら辺はもう女の子なのだ。

「しゅん→?」

サラの瞳が期待に輝く。

「つかるほどはないけどね。でもシャンプーはできるぞ。」

「しゅん↑」

サラが嬉しそうに舜の首にかじりついた。水が貴重なオアシスでは大抵、シャワーは宿泊料金とは別払いなのである。


部屋にチェックインすると、早速シャワーを使う。もちろん、節約のため二人いっぺんに入る。まだ、サラが髪を上手に洗えないこともあるが。ガラス質の砂で肌を傷つけないよう慎重に舜はサラの体を洗う。


「ああ、さっぱりしたあ。ほら、サラ、バンザイして。」

バスタオルで体をふかれるのがもどかしいのか、サラはすぐに部屋を走り回る。

「サラ、ちゃんと髪はかわかさないと変な髪形になるぞ。魔人ヘビオンナだぞ。」

やっとつかまえて服を着させる。移動中はじっとしていなければならないので、バイクから降りた時の反動が大きい。

「⋯⋯こら、サラ。ちゃんとお着替えして!これから俺は一眠りするから、その間はベルの言うことをちゃんと聞くように。」

 「しゅん→」

サラは右手をあげて了解の意を示す。


「やばい。目が回ってきた。」

舜はズボンのポケットに入っていた干した棗椰子の実デーツを食べるとベッドに入り、眠りにつく。するととすぐに眠りについた。最初はホテルの部屋にはしゃいでいたサラも舜のベッドに潜り込むと背中あわせに眠りについた。


「我が名はクトゥルフ……。われに仕えよ。」

 夢の中で異形の魔神がささやきかける。巨大なタコのような頭にたくさんの触手を生やしている。巨大な鉤爪、そして水かきのある手足、ぬらぬらした鱗かゴム状の瘤に覆われた数百メートルもある山のように大きな身体、背にはドラゴンのような蝙蝠にも似た細い翼を持った姿である。人の神経を逆撫でするオーボエのようなぐぐもった声を発する。


これは「夢ひき」と呼ばれる現象で、魔神が崇拝者を獲得するためのテレパシーが夢の形で現れるのである。最近ではこの夢をみる人の数も頻度も大幅に増えていて巷間のうわさになっているのだ。

「この魔神が復活すると人類が滅びる」というのだ。


きわめて「はた迷惑」な現象である。どのチャンネルをまわしてもテレビショッピングの番組しかやっていないテレビのようなものである。しかし、舜にとっては思わぬ副産物があった。


「ねえねえ舜。お話しようよ!」

サラが話し掛ける。

「サラ、俺は一眠りする、って言ったよね?」

舜が答えながらも自分が矛盾していることに気がついた。

「そうか、サラ、お前、また寝たんだ? 」

そう、ここは夢の中なのである。サラは口がきけない。それは、とある衝撃的な場面に直面したからだ。そのショックから、サラは脳裏に浮かぶ言葉と、それを言葉として発する術が結びつかなくなってしまったのだ。


しかし、この「夢ひき」の媒介によって、舜とサラが同時に眠っている時だけ、「夢の中」で会話ができるのである。無論、音声ではなく「ニュアンス」が直接的に脳に入ってくるのだ。

「ねえ、ここにはいつまでいられるの?」

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