03 「ディストピア」

「ありがとう、ベル。お陰で助かった。」

「まあ、これくらいならお安い御用よ。⋯⋯ところでサラは大丈夫?」

ベルと呼ばれた少女はおよそ18歳くらいであろう。170cmほどの長身で、タートルネックのサマーセーターにスプリングコートという砂漠には似つかわしくない出で立ちである。しかも、彼女の姿は「透けて」見えるだろう。彼女には「実体」が無いのだ。彼女の名は「ベルゼバブ」。愛称は略してベル。彼女こそ舜の相棒であり大宇宙の叡智の結晶「セラエノ図書館」の司書である。


「ああ、無事だよ。ただ、だいぶ埃をかぶったからなあ。『サラ』のご機嫌が悪くなりそうで嫌だよ。」

舜は自分の腕の中で幼女の顔についた埃を払った。長い睫毛がびっしりと生え揃った瞼が開く。

「しゅーーーん←」

その声には不快感が滲み出ていた。彼女は舜の義妹であるサラ・サザーランド。くどいようだが銀髪の美幼女である。彼女は自ら埃を払い落とすかのように首をふる。その毛先がまるで抗議するように舜の顔に当たった。舜はなだめるようにもういちどサラの髪をなでる。


「ごめんね、サラ。ばっちくなったね。でも、オアシスに着くまではお風呂はお預け、我慢してくれるかな?」

サラは口を尖らせいやいやをするように首を振る。

「しゅん↓」

「そこまではシャワーも無いけど我慢できる?」

「しゅん↓」


「舜。夜明けまで飛ばせばなんとか次のオアシスまで着くんじゃないの?」

ベルが提案する。

「そうすっか。俺も腹減ったわ。」

バイクに戻ると僅かながら地平線に光が見え始める。生命維持バイタルスーツを着ているとはいえ、砂漠の旅は夜でないと暑過ぎて危険なのだ。

「しゅん→」

サラはサイドカーではなく舜にオンブをねだる。

「しょうがねえな。魔獣退治のご褒美だかんね。」

「しゅん↑」


 彼女は舜の名前しか呼べない。というのも彼女は1年ほど前にショッキングな光景を目の当たりにしてしまい、その時から頭に浮かんだ言葉を口にできなくなってしまったのだ。そのため、舜は彼女の声のニュアンスで彼女の意図をくみ取らねばならないのだ。


 サラは舜の首に背中からかじりつく。舜はサイドカーから取り出した子ども用のヘルメットを彼女にもかぶせる。


二人はアヴェンジャーに乗ると紫いろに染まり始めた星空の下、再び走りはじめた。



人類が地球から35光年離れた恒星アポロンの二連惑星、スフィアとガイアに入植してから数世紀が経過していた。惑星スフィアには魔獣とよばれる知能の高い獰猛な生物と、さらに魔神、もしくは魔人とよばれるさらに強力な生物が存在したのだ。


 そのため、地上の開発は遅々として進まなかった。地球からここまで移民船を運行した科学者たちとその子孫は衛星軌道上に展開した宇宙基地から地上に降りようとせず、基地は増設に増設を重ねて巨大なスペースコロニーと化していた。移民船のペイロードの関係で人類の大半は凍結受精卵の形で惑星まで持ち込まれ人工胎を用いて生み出されていた。


 科学者たちは生み出された人間を労働力として地表におくり働かせた。そうして生産された資源を収奪して科学者階級はそのまま「貴族階級」となって彼らを搾取しはじめた。やがて人口が増えると搾取に耐えかねて、都市から逃げ出すものたちが増える。


彼らはキャラバンを作って生活し、都市から都市を回って様々な技術を用いて生計を立てるようになったのだ。

そして、彼らはこう呼ばれるようになった。「カインの末裔」である。


やがて地平線からゆっくりと都市が見え始めた。オアシス都市「クドス」である。

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