39.仕上げに貼ったのは、ペンギンの絵のでっかい絆創膏でした
わたしだって、表情を取り繕うことくらいは出来る。
ペンギンさんに起こしてもらっても、憂鬱な朝というものがあるものらしい。そんな様子を悟ったのか、いつも、わたしのお世話はペンギンさんに任せっきりで、その辺でだらだらしていることの多いマトが、いつもより甲斐甲斐しいというか、なんだか優しい。
お姉ちゃんに甘えていられた時代を少し、思い出したのでわたしは引き続きマトに甘えさせてもらった。だってヘリヤはいつも優しいもの。
いつもより通りにみんなと朝食を食べ、いつも通りにキシガへ行く。授業は少し難しくなってきていて、ヘイプは今日も休んでいた。
エクェイリが居てくれたから、心の逃げ道が残っているような気がした。
翌日からの、祭祀庁でのお仕事も相変わらずだ。コスフィは護衛としてわたしと距離を置き、ヨウシアはわたしの婚約者として振る舞ってくる。まだ、正式には決まってないと言いたいけれど、もう手遅れなのだろう。ヘリヤはマトに任せておけば、わたしの自由にさせてくれる筈だと言っていたけれど、ここまで話が進んでいてもそれが可能なのかどうか、実はちょっぴりだけ疑っている。
「明日はどうする? 予定は無かったろ、動物園にでも行くか?」
………どうしようかな。
動物園はとてもいい。なぜならペンギンさんがいるからだ。
けれど、部屋でゆっくりと過ごすという口実で、ペンギンさん部屋に溢れさせて貰うのもいい。
そんな事を考えながら、祭祀庁での仕事を終えたわたしはマトと二人、寮へと帰っていた。話題に気を使い、表情を取り繕っていたからか、いつもよりとても疲れた。今夜はデザートに、モンブランを要求しても許されるに違いない。
「………それとも、新しく出来たっていうカフェに行くか? 今からでも予約は取れるだろう」
マトの言っているカフェは、もしかしてアップルパイが有名だっていう、タハファの系列店のことだろうか。行きたい。絶対行きたい。何回か、姉のソディアが買ってきてくれたことがあるのだ。キラキラとした、飴色のパイ生地はサクサクしていてふんわりバターの香り、中身のリンゴはうっすらと透き通っていて、ふわりと綻ぶような甘さで………食べたい。モンブランも食べたいけれど、アップルパイも食べたい。
「カフェでゆっくり読書も捨てがたい………うーん、あ、ねぇ、今夜はペンギンさん分を補充して、明日は早起きして動物園、そのあとカフェに行って、帰りにお買い物っていうのは?」
寮の敷地の入口には、屋根付きの大きな門がある。彫刻の入った大谷石でできていて、出入りがしやすいようにだろう、そこに門扉はない。但し、サモチの住む寮だ、警備のワモチが常に数人控えている。
「そんなにあれこれと予定を入れて、体力は持つのか?」
「今夜、マトがペンギンさん分を充電させてくれたら」
いつもは会釈をしてくるだけの警備の人たちの見ている先が今夜は気になった。見れば、近くの街路樹の側に、人影がある。誰かのお家の使用人だろうか。中の控室に行かないのは何故だろう。
薄暗いせいで女性としかわからないけれど、マトに警戒する様子がないので、心配も警戒も特に必要ないだろう、とわたしはそのまま門へ近づく。アンティーク調の照明は、確か有名なデザイナーの品だと聞いたことがあった。
門から見える、寮までの短い通路には何本かの木が植えてある。紅葉はほとんど枯れ葉になって、冷たい風に吹かれて音のするのがちょっとだけ、耳に心地よい。
「クオラ!」
懐かしい声がした。
「え」
わたしは声の方を見る。声はたぶん、さっきの人影だと思う。
振り返ったとき、マトがわたしの斜め前に立ち位置を変え、警備の人たちが明らかに警戒した様子で、わたしに駆け寄るシュプレに手を伸ばしていた。
「シュプレ………!?」
「君! サモチの方に失礼だろう」
「クオラ! ねぇ、わたし、話がしたい!」
「君っ! サモチの方に失礼だろう! いい加減にしないか!」
ぐい、とシュプレは警備の人の手で引っ張られている。どこか痛かったのか、シュプレの口から悲鳴が上がる。
わたしはたまらず、マトにすがった。
「マト、助けて」
薄暗い中で、マトの黒曜石のような瞳はとても静かで、綺麗で、光って見えた。
「それがあなたの願いなら」
執事モードの微笑みがすごく整っていて、今日もマトは顔がいい。
そんなことよりシュプレだ。………シュプレ、懐かしい。前より、痩せた? なんか、やつれてる?
「申し訳ありません。そちらのかたは、私の主人の客人なのです」
わたしがマトの腕にすがったままだったので、引きずられるようになってしまったけれど、わたしたちはシュプレの前に近寄った。怪訝そうな警備の人たちに、頭を下げる。
「手違いがあったみたいで、すみません」
「そうでしたか、こちらこそ申し訳ございませんでした」
「さぁ、行きましょう」
警備員の人たちは、サモチやサバクにはあまり逆らわない。だからその程度のやり取りでシュプレは解放してもらうことができた。
そこから、わたしたちは無言で、部屋まで向かった。
わたしがキシガの制服を着ているように、シュプレは明らかにパリキシガのときよりも素材の劣る、シシガの制服を着ている。さっき無理に押さえつけられたからだろう、手は汚れていた。
「どうぞ、お入りください、シュプレ様」
「………お邪魔します」
部屋に入ると、シュプレは少し怯えたみたいに部屋を見回していた。明るいところで見ると、髪の毛のパサつきが気になった。指先もささくれてた。
向こうから、濡れタオルを持ったペンギンさんがやってきて、違うペンギンさんがペンペンと椅子を示している。かわいい。
ペンギンさんの愛くるしさに内心悶えながら、わたしはマトの袖を引く。ん、とでもいうようにマトが首を傾げつつ、わたしを覗き込んできたので、ひとつに縛ってある髪が、尻尾のように肩から滑り落ちた。
「マト、わたしがシュプレのお手当て、やってたらだめ?」
「構いませんよ。治療の魔法の初歩は使えますね?」
少し難しい魔法になると、素材が必要になるけれど、擦り傷くらいなら、マトに教えてもらった魔法でなんとかなるだろう。
けれど、リビングで立ち尽くしていたシュプレは青ざめたように首を左右に振る。
「ワモチの治療だなんて、サモチであるクオラ………様、に、そんな事させられません」
シュプレとわたしに、明確な身分差が出来てしまったみたいだ、と思う。
「『ウケイレ』前に、もしもサモチになれなかったら、お互いに助け合おうねって約束したじゃない」
わたしは、シュプレを強引に椅子に座らせる。膝が擦りむいていて、血がにじんでる。
触れた手はものすごく冷たくて、シュプレの顔は真っ青だった。そろそろコートがあってもいい季節なのに、シュプレは上着を着ていなかった。
マトがお盆をわたしに差し出してくる。並んでいたのは清浄な水、青い色の小石はたぶん、春の芽吹き石だ。あとは乾燥させたヨモギ。初歩の魔法ではなく、もう少し上等な魔法で手当てしてやれ、ということだろう。
キシガではまだ習っていないけれど、マトにはもう、仕込まれている勉強範囲だ。わたしは魔力で呪文を描き、素材から魔力と治療に必要な成分を抜き取り、シュプレの傷を覆うようにした。
たぶん、絆創膏のちょっと上等なものくらいの効果はあるはずだ。明日には綺麗に治っているはず。
「マト、魔力と体力の回復できるお茶を出して」
「それがあなたの願いなら」
完璧執事モードのマトが、うやうやしく腰を折ってから、台所にさっと向かっていく。笑っちゃいけない、いつもならペンギンさんにさせて、自分は寝転んでる筈なのに、とか思っちゃいけない。
顔を戻したら、シュプレは信じられないものを見るようにわたしを見ていた。大きな瞳からは、はらはらと涙が溢れている。
「………わたし、クオラに何回もお手紙送ったの。でも、返事は来ないし、もうお友達では居られないのかしらって………でも」
「わたしも、シュプレには何回もお手紙送ったんだけど、一回も返事は来てないや」
「わたし、クオラのお友達のままでいいの?」
「わたしも、シュプレのお友達のままでいいかな………?」
二人でお茶を飲んで、そのあと、夕食も一緒に食べた。
「もうすぐ、シシガも実習が始まるの。 このままだとわたし、実家で使われるか、運が良くてヘイプの使用人になるしかないみたいで」
「運が良くてヘイプ………」
うわぁ、と思ってしまった。同級生の使用人だなんて、きっと複雑な気持ちにしかなれない。
「まさか、実家でクオラからの手紙を止めていたとは思わなかったわ」
シュプレは、そこで深いため息をついた。
「家族だと思ってた人たちが、あんなだとは知らなかった。………クオラ、お願いがあるの。わたしを、あなたの使用人にして。どうせワモチとして働くなら、親友のところがいいわ」
「わたしは嬉しいけど………いいの?」
同級生の使用人だなんて、複雑な気持ちになったりはしないのだろうか。
「クオラなら、いいかなって」
わたしはシュプレの向こうにある、ヘリヤの鏡をチラリと見る。一瞬だけヘリヤが映り、大きくうなずいてくれた。
マトも、どうぞ、とばかりに微笑んでくれる。
わたしの好きにしてもいいってことらしい。
「えっと、じゃあ、お願い」
「ありがとう!」
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