37.ペンギンさんだって怒ります
今日は、テスト結果が発表される。学年順位の十番までは、ホールに結果が張り出され、五番目までは全校生徒の前で表彰されるのだ。
パリキシガのとき、姉であるソディアとそのサバクであるサミに指導されていたわたしはなかなかの結果を出せていた。コスフィ、わたし、そして一緒に勉強会を開いていたシュプレ、ヨウシア、エクェィリもテスト上位の常連だった。キシガにおける優秀な成績はたいへんな誉れだ。なにせ、将来のリボンの色、つまり自分の身分に大きく影響してくるのだから。
その日もヨウシアと二人で登校した。二人とはいえ、わたしたちからサバクが離れることはほとんど無いし、少し離れたところからヨウシアの警備の方々がついてきてくれているのだけれど。
校舎に入ると最初のホールには人だかりができていた。きっと順位表なのだと思う。わたしも自分の目で順位を確認したかったけれど、人の山をかき分けて進む勇気は無い。わたしはすぐ側に立つ、背の高いマトを見上げた。
「マト、見える?」
「おめでとうございます。クオラ様が一番でしたよ」
ご褒美スマイルは最高のご褒美なんだとわたしは理解してしまった。ご主人様に向かってその笑顔はなんだけしからん。その立てた指、へし折ってくれようか。
手首の腕輪がじんわり温かくなって、ヘリヤにも褒めてもらえたような気がした。
「クオラ、やっぱり一番だなんてすごいな。おめでとう」
「クオラさま、おめでとうございます。ヨウシア様の順位はどうなっているのでしょうか。ぼくも早くみたいです」
「ありがとう、ヨウシア、ヴィッレ」
そんな会話が聞こえたのだろう。わたしたちの前に立っていた数人がこちらを振り返り、場所を空けてくれた。一歩進んだ先にいた生徒もこちらに気がつけば、わたしたちの前は自然と道ができていく。
「みんな、ありがとう。クオラ、ありがたく進ませてもらおうよ」
ヨウシアに手を引かれ、わたしたちは順位の張り出された掲示板の前に立つ。
一位はわたし、二位がヨウシア、三位はコスフィ、四位はエクェィリだった。
「ヨウシアもおめでとう」
「うん、ありがとう。クオラにはなかなか勝てないみたいだ」
「でも、運動では絶対敵わないから」
「それは………そうだね」
頑張った甲斐がある、とうれしい反面、コスフィがなぜ一番でなくなってしまったのかは気になった。パリキシガの時であれば、一番は絶対にコスフィで、二位以下をみんなで競うかたちだったのに。体調でも崩したのでなければいいけど。
「これは一体どういうことでして?」
とてもよく響く声がした。一旦閉じていた人垣がまた割れ、何人かの生徒を従えるようにしているヘイプが現われる。ちょっと嫌な予感に、わたしは胸の前で両手を固く握りしめた。マトに半歩だけ近付いておくことも忘れない。
カツカツと足音を高く立て、ヘイプはまっすぐわたしをにらみつけてきた。
「なぜ、クオラさんが一位なのかしら。祭祀庁でわたくしたちより長時間拘束されているのはあなたが、愚かで卑しい存在だからに決まっています。そんなあなたが一位になるなんておかしいわ。リエティ様の権力を使ってカンニングしているのでしょう!? 」
大きな声で糾弾され、わたしは身がすくむ。
「何かおっしゃったらどうなの? サバクでもない男を連れ歩いているクオラ・コボトリウ!」
マトが怒ったのがわかった。けれどヨウシアも気分を害したらしく、マトが何か言う前に一歩わたしの前に出てくれる。
「ヘイプさん、それは、王子としてクオラよりも長時間働かないといけない僕へのあてつけなのかな? 君は、僕の婚約者候補になりたいのだと聞いていたけれど、そうじゃないみたいだね。君の言葉は叔父さんと僕、つまり王家への侮辱だと受け取っておくよ」
「そんなつもりは!」
「そんなつもりはない? 普段から王子の婚約者をそこまで貶めておいて?」
「まだ確定ではないと聞いておりましてよ! そんな女を婚約者に据えようだなんて、ヨウシア様が次の国王になれるかだって怪しくなってきましたわね!女王に相応しいのはサバクも得られずにそこらの男を侍らすそんな女ではなく、わたくしです。弟君を擁立してくださればわたくしいつでも婚約者になってさしあげてよ!」
あ、と思う。
ホールがしぃんとなった。
わたしはヨウシアの背中越しに、ヘイプを伺う。
彼女は自分が何を言ったのか、わかっているのだろうか。ヨウシアの顔色は真っ赤で、それが怒りによるものだとすぐにわかる。
ヴィッレだって怒りのためか、ぷるぷる震えている。マトからはひんやりとしたものが伝わってくる。彼もものすごく怒っているに違いない。ヘイプの代わりに謝れるものなら、いっそのことわたしが謝ってしまいたいくらいにマトが怒っている。
「ヴィッレ。今すぐ父さんと叔父さんに連絡を。ヘイプ嬢に正式に抗議と謝罪を求めたい。ヘイプの父親の意向についても確認しておきたいと伝えてくれ」
「はい」
マトなら絶対にわたしをひとりにはしないけれど、そもそもヨウシアには護衛の方々がいる。離れた所にいた彼らも表情が強張っていた。走り出したヴィッレの背中に、マトが言葉を投げかけた。
「ヴィッレ。クオラ様からも抗議することを申し添えておいてください」
それからマトはわたしに向かって微笑んだ。わたしに向かってはそんなに怒ってないよね? と確認したくなるような、なんだかやたらと迫力のある笑顔だ。
「クオラ様、私も分体を飛ばしてお父様とお母様、お姉さまに連絡しておきましょう。さぁ、ヨウシア様。一緒に教室へ参りましょう」
わたしは張り出された紙をもう一度見る。ヘイプの順位は九位。パリキシガでそんな高順位をヘイプが取った所を見たことがない。ヘイプの隣で真っ青な顔をして、がたがたと震え、下をじっと見つめているサバクのおかげなのだろうと思った。
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