35.抜き型は当然、ペンギンさんです

 パリキシガのときとは違い、テストが明けたからといってキシガ生徒に休みはない。

 テストが第二イボウだったので、第三イボウは普通に職場研修なのだ。


「時のウタグに大きな祭礼はないから、楽なものよね。はい、これ」


 そう言って、ヤニカにファイルを渡された。わたしとヨウシアはそれを覗き込む。ファイルには『実のウタグ祭礼』と書いてあった。


「時のウタグは数人いればできるような祭祀しか無いの。ヨウシアは知っているかしら?」


 それに、ヨウシアは首を傾げた。護衛として近くに立っていた、ほとんど同じ顔の従兄弟に質問を降る。


「時のウタグに母さん、祭礼なんてしていたかな……コスフィは心当たり、あるか?」

「いや、無い。そのくらい小規模だってことじゃ無いか?」

「そうなの。時のウタグは、陛下が祭壇の前でちょっと祈りの言葉を言うだけなのよ。だから、わたしたちはほとんどいつも通り、祭壇を整えておけばいいの。だから、その間に、二人は実のウタグの最後に行われる、年送りの祭祀の準備をしてちょうだい。第三倉庫をまるまる開けてあるわ」


 あれ?と思う。


「もしかして、二人だけでやらされるんですか?」

「ええ。他の職員は通常勤務の最低人数を残してみんな、隣の第四倉庫で年始めの祭祀の準備をすることになるの。わからないことがあれば、いつでも聞きに来て構わないわ」


 じゃあね、とヤニカはサバクのシーラを連れて、行ってしまった。開いたままの扉から、郵便室で忙しく働いている人影が見えた。今日は、あちらは六人体制らしい。ラウラが床に郵便物を広げてしまい、笑い声が上がっていた。面倒だとばかりに、そのまま床で作業をすることにしたようだった。


「とりあえず、第三倉庫に行って、ファイルの中身を確認してみようか」


 ヨウシアの言葉にわたしはうなずいた。


 事務室から出ると、空調のききは途端に悪くなるけれど、寒いというほどじゃない。祭りもないので参拝客もほとんどいないのだろう、第三倉庫の鍵は壁に掛かっていて、それを取りに行ったときにちらりと見えた、お守りを販売したり、個人向けの祈祷の受けつけをする窓口は暇そうだ。ハルステンさんが一人、新聞を読んでいた。


「実のウタグの祭祀って、二人はどんなものか見たことある?」


 わたしは大抵、姉のソディアと留守番だった。幼いときは家庭教師だった人の機嫌が悪くなりがちで、それはそれでたいへんな日だった。けれど、翌日にはさすがに両親とも帰ってくるとわかっていたので、比較的安全な一日を遅れていたと思う。

 家庭教師がいなくなってからも、わたしはそういった大きな行事のある日はあまり、家から出たことがない。家の者が皆、過保護になってしまったからだ。


「新年の祭祀はなんとなく覚えてるんだけど、年送りの祭祀なんてしていたかな……?」

「あれじゃないかな、ほら、新年になる前、別室にいくやつ」

「そんなこと、してたかな」


 二人の反応を見る限りどうやら、あまり大掛かりにはならなさそうだと思う。

 マトが第三倉庫の入り口を開ける。少し離れたところにある第四倉庫の入り口は大きく開かれていた。まだ忙しいくはないようで、人の出入りは無かった。


 パチ、と音がして、真っ暗だった内が明るくなる。倉庫第三倉庫は、教室よりも少し広いくらいの部屋だった。窓が無いのがちょっと、不安を誘う。さきにヨウシアとコスフィ、そのサバクたちが入って行ってしまった。


「俺たちも入りましょう」


 やさしく背中に触れられた。見上げたマトの顔がいい。とても感じよく微笑んでいる。チャリ、とわたしの手首の腕輪が勝手に動いて、ヘリヤの気配を感じる。


「もう少し、照明が明るければいいのに」

「それがあなたの願いなら」


 すかさず返されたマトの良い声に、わたしはうなずいた。マトは大きく片手を下から上に向かって、何かを投げるような仕草をした。照明が増えたように、室内が明るくなる。

 不思議そうにこちらを見てきたみんなに、わたしは笑顔で答えながら、室内に入った。


「ちょっと暗くていやだったから、マトに明るくしてもらったの」

「クオラって、暗いところ、苦手だった?」

「僕も知らなかった」

「うん、普段は結構平気なんだけど、ここ、窓もないし、なんかがらんとしてるし」


 第三倉庫はがらんとしていて、本当に何もない部屋だった。


「これでは床に座ることになってしまうな」


 コスフィのサバクのイーヴァリが眉をしかめた。『倉庫』の魔法を使ったのだろう。何も無い空間から、優雅なテーブルセットを出してくれた。結構大きい。これなら、ファイルの他にティーセットも置けるかもしれない。休憩時間には是非とも活用させていただこう。実は、今日は昨日テスト明けのご褒美かわりにわたしが型抜きをしたクッキーがあるのだ。

 マトが生地を用意して、わたしが天才的なお料理スキルを駆使して型抜きをした。なんと、天板にクッキーを並べて、オーブンの扉をパタンと閉じたのもわたしである。あれだけわたしが手間をかけたのだから、きっとコスフィもヨウシアも、サバクのみんなもおいしいとよろこんでくれること、うけあいだろう。まだわたしも食べていないけれど、焼いているときは良い香りがしていた。


 クッキーのことを思い出したら、なんだかうれしくなってきた。

 その間に、ヨウシアがファイルを広げている。ほとんどぴったりと言いたくなる距離に置かれた椅子を示された。


「クオラ、ここに座って」

「オレは護衛だから、あっちに立ってる」


 ヨウシアの隣に座り、二人で一つのファイルを覗き込んだ。ファイルが二つ欲しい。コピーを取ってはダメなのだろうか。わたしがメモ用の手帳を広げていると、コスフィは護衛なのでと行って、入り口付近に行ってしまった。ヨウシアのサバク、カワウソのヴィッレがヨウシアの膝に登っているのがうらやましい。マトをもう一度見上げたら、笑顔で首を横に振られてしまった。


 たくさんの書き込みがされたのファイル中身からすると、実のウタグの祭祀は見る人が少ないことを理由として、初心者研修向けの祭祀らしい。年送りの祭祀で、直後に新年の大掛かりな祭祀もあるので、万が一失敗があっても記憶に残りにくく、そもそも国王一家と祭祀庁からは数人しか参加しない、かなり小規模なもののようだ。だからといっていい加減できるものでもないけれど。


 その日はファイルの中身を確認し、倉庫に机や椅子や台を設置するための下働きの手配で終わった。

 休憩時間のクッキーは本当においしくて、コスフィは笑顔で、ヨウシアはちょっと感動しながら食べてくれたので、やっぱりわたしには天才的な料理スキルがあるんだと思う。


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