34.テスト
祭りは紐のウタグの最終日なので、翌日はもう時のウタグになっている。
時のウタグと言えばそう、テストだ。
「他の庁に派遣された人たちは祭り期間中もテスト勉強できてたのに」
朝早く起こされたわたしは夕べ、ペンギンさんの抱き枕で安眠させていただいた。当然、すっきりお目覚めである。
違うペンギンさんの出してくれた、あまあまほかほかココアで脳の糖分も、しっかり摂らされている。ペンギンさんは健康に良いのだ。
ペンギンさんが成績にも良いことを証明するためにはせめて、朝食まで必死にわたしは勉強するしかない。
「がんばれぇー」
ローテーブルに置いた鏡の中から、ヘリヤが見守ってくれている。マトは……ソファーにだらしなく寝そべり、読書している。……読書だよね?寝てないよね?
どう見ても、顔に本が乗っていることには気付かないことにした。
それにしても。
耳から顎にかけてのラインだけで、顔がいいんだってわかるのは、なんだかずるいと思う。あのつやつやとした、一つに縛ってある長い黒髪に、かわいらしいリボンをつけてやるくらいのイタズラ、したってわたしは許されるはずだ。それか、マスタードを
「おい」
形の良い指が、すい、と本をずらした。その下から出てくる顔もやっぱりすごくいい。あの本にありとあらゆる辛み系調味料を仕込んでおかなかったことがくやしくってたまらない。
「勉強は進んでるのか」
「……お膝の上に小さなペンギンさんが乗っていてくれたら、ものすごく集中できる気がする」
「……それが貴女の願いなら」
ものすごく嫌そうに、マトは手を振った。
ソファーの陰から、もてもてとペンギンさんの雛が歩いてくる。
どうしよう。すんごくかわいい。
心臓が持つか、ちょっと自信が無くなってきた。
ペンギンさんはぴょいっとわたしのお膝に……乗れないっ!かわいい!
「やぁだ、かわいいじゃなぁい」
ヘリヤの言葉にわたしは全力で頷く。やだ、かわいいの化身がこっち見てくる。
わたし、この子のためになら、百点満点を目指して頑張れる気がする……。
わたしは頑張った。いつもの時間にヨウシアが迎えに来てくれる時間には、ちょっと頭痛がするくらいには集中できたと思う。
ヨウシアのお迎えだけれど、今日は第二イボウなので、キシガの先輩と朝食をいただくことになっている。ヨウシアにだってヨウシアの人間関係があるので、こういう日は食堂まで一緒に向かうだけになる。
ヨウシアと別れたら、お部屋の外でマトの差し出したメモをちょっとだけ覗く。声に出してのやりとりでは、相手に聞こえて失礼になってしまうこともある。
今日の朝食は、イスラさんというキシガ三年生。外交庁に派遣されていて、とても有能な方らしい。お会いするのは初めての方で、ヨウシアのお友達の親戚の知人のご兄弟。
けっこう、他人だ。
それでも失礼の無いよう、せめてわたしはニコニコとしていなければ。
結論から言えば、とても有意義な朝食だった。
ものすごく感じの良い人で、テストのコツだとか、先生の癖とか、とにかく楽しかった。わたしは教室内でお話したことのうち、他人に聞かせても構わないような話題だけをお話させていただいたし、可能であればまたお会いしたいと思えるような方だった。
「外交庁ってそう言えばラッカマーさんも外交庁だったよね」
「外交庁にも、たくさんの人間がおりますからね」
朝食を終えて、にこやかにイスラさんと別れたわたしは歩いてマトとキシガに向かう。すっかり紅葉した街路樹から舞う枯れ葉をわたしはわざと踏む。乾燥しきってはいなかったのか、期待したような、軽やかな音はしてこなかった。
おろしたての薄手のコートはそれでも十分暖かくて、わたしはふと、隣を歩く、コートを着ていないマトが気になった。
「マトって、やっぱり寒さには強いの?」
「そうですね、真冬の雪の中でも俺は平気ですよ」
それは、見た目が寒そうだ。まるでわたしがサバクいびりをしているみたいになるんじゃないだろうか。
「クオラ様が冬物のコートを出す頃には、俺も一応コートを着る予定です。ただ、ヘリヤはああいうやつですから、貴女から言っていただかないといつまでも薄着で過ごそうとするかもしれません」
「ヘリヤも寒さには強いんだ」
なんとなく、わたしは手首のブレスレットに触れる。
ヘリヤはどんな格好でわたしの隣に居てくれるつもりなのか、ちょっと楽しみだ。マトとお揃いだとか、逆に外してみるとか。ヘリヤは美人だから何を着ても似合うだろう。
教室に入ると、まだエクェィリだけじゃなく、コスフィもヨウシアも来ていなかった。けれど、半分くらいのクラスメイトは登校してきている。
「おはよう」
わたしは比較的仲のよいクラスメイトに声をかける。
「おはようございます」
彼女はにっこり笑って、朝の挨拶を返してくれた。
……けど、何か、変だ。
何がおかしいのか、よくわからないまま、わたしはテスト範囲をまとめたノートを開く。いつも通りに私の周りに人が集まってきて、みんながテストのことだとか、お祭りだったり、パーティーだったりテストの話が始まる。
そのうちコスフィがエクェィリとヨウシアと一緒に来て、テストが始まった。
テストは午前中に全科目が配布される。どんな順番で解いてもいいし、当然、サバクと一緒に解いてもいい。そもそも一部の生徒は授業中、教室にいても授業に参加していない。サバクの知識も能力も、サモチのもの。サモチのかわりにサバクが知識を蓄えていれば良い、という考え方だ。
ただ、やはりというかなんというか、さすがに口頭でなにかのやりとりすることだけは禁止されている。筆談するか、思念でのやりとりができるようなら、そちらを使ってもいい。
そして、サバクに任せず自力で問題を解けば、ボーナス点のようなものが追加される。優秀なサバクは何かにつけて高い評価を受けるけれど、主人であるサモチの基礎能力だって重要なのだ。監視員はそういうところを見ているのだそうだ。
ノートは一冊までなら持ち込みができて、お手洗いか何かで途中退席するときはカンニングができないよう、監視員がついていくことになる。だから、テスト中の教室には十人以上の監視員がいて、ちょっと、漂う緊張感がすごい。
しかも、午前中だけで、筆記試験の全てを終わらせないといけない。一科目あたりで割ったら、三十分もない。
昼休憩のころにはみんな、ぐったりしていた。
元気があるのはサバクに全てお任せした組だとすぐにわかる。もちろんマトが手伝ってくれるわけがない。わたしは使いすぎて痛む頭をそっと押さえた。
「お疲れ様でした」
大きな手に頭を撫でられると、重かった頭が軽くなった。痛みも当然無くなっている。テスト中、隣に座るどころか教室の後ろに立って、助けてなんかやらないオーラを出していたマトだ。
「帰宅したら、復習いたしましょう」
綺麗な笑顔で鬼のような言葉を見舞われ、ちょっとわたしは泣きたくなった。
今こそ、切実に、癒やしのペンギンさんがわたしには必要です……。
「ワサビを鼻につめてやりたい」
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