31.パーティーにはもちろんペンギンさんのようなサバクたちも参加していますよ
小箱が魔法のように宙を踊る。よくもまあ、落としもせずに器用にくるくると操るものだ、とパフォーマーの前をわたしは通り過ぎた。
あちらは投げ輪、そちらでは紙芝居、向こうでは杖と帽子を使った手品。誰かのサバクらしい小鳥が飛び、人型を持つサバクが扇子を片手に妖艶に微笑む。
サイコロは転がり、駒がマスを進んでいく。
喝采があがったのは、カードゲームの勝敗がついたためらしい。不思議な装束を纏った男性が飴をハサミで切ったかとおもえば、それはかわいい小魚になる。
ああ、あちらではちょうど、なにかの料理がフランベされた。イタチのような小動物が足元を横切っていった。
耳に届くのは笑い声、歓声、さざめく会話は密やかに、そして空間を埋めているのはオーケストラによる軽快なワルツの旋律だ。
高い天井はステンドグラスになっていて、ステンドグラスの向こうにあるらしい、照明の光は色づいて会場に降ってくる。太い梁には巨大なシャンデリアがいくつもぶら下がっては煌々と輝き、まるで貴婦人の首もとを飾る、豪華な首飾りのよう。
「なんだか、すごいね」
満面の笑顔で料理を口にする者、ほくそ笑んで酒をあおる者、軽やかな会話に盛り上がる者たち。
男性が女性に話しかけてはダンスの輪に加わり、別の女性が男性の手を引いてドレスの裾を美しく翻す集団に加わっていく。
かと思えば、ダンスの輪から抜け出し、シャンパングラスを片手に受け取りつつ、外のテラスに向かう二人組もちらほらいるようだ。
窓にかかるのは織りの見事な分厚いカーテンで、そのカーテンの陰には四本の足がチラリとだけ見えている。
「ええ、そうですね」
これだけの人だ。わたしは誰がどこにいるか、なんてまったくわからないけれど、マトにはわかるのか、するすると会場を縫うように進んでいる。
「クオラ」
「クオラ、すご、く、素敵なドレスだ、ね。と、てもかわいい」
何回か見知らぬ大人に話しかけられそうになったけれど、近くにいた大人が何かを耳打ちしては、進路を開けてくれる。きっとリエティのおかげなのだろう。そういうことを何度か繰り返して、わたしはやっと、コスフィとエクェィリに会うことができた。
どうやら彼らはホルガーと一緒に、料理ブースから運んできたらしい料理を食べているところだった。
「食べる?」
コスフィに聞かれて、わたしは首を横に振る。 まだ、お腹は空いていない。
「じゃ、俺と一曲だけ踊ってくれる?」
指先をフィンガーボウルで洗ったホルガーが、手を布で拭きながらそう言うので、わたしはホルガーと踊ることにした。
踊りながら、一度だけヨウシアを見かけたけれど、彼は腕を組んだヘイプとずいぶん楽しそうに笑いあいながら、飲み物を受け取っていた。
一曲が終わり、わたしとホルガーはエクェィリとコスフィが待つ席に戻っていった。
戻ってみれば、わたしの分らしい飲み物が用意されている。お腹は空いていないけれど、この会場の熱気もあって、飲み物は欲しかった。
マトを見れば頷いてくれたので、ありがたくいただくことにする。よく冷えた甘い炭酸水は、うっすらと結露し、リボンの結ばれたシャンパングラスに入っている。なんだかとってもそれっぽくて、とても大人になったような気がした。
いつか、わたしもこのグラスで本物のシャンパンを口にするのだろう。
「王宮のパーティーって見世物とか、ゲームとか、たくさんあるんだね。みんなも見た?」
わたしがそう言うと、三人は少し、困った顔をする。
そこに、声がかけられた。
「おや、コスフィ様ではありませんか」
知らない男性が、わたしたちよりも少しだけ歳上らしい女性を連れて、立っていた。
「このような物陰に、未来の国王側近がいるとはおもいませんでした。そうだ、よろしければうちの娘と一曲踊っていただけないでしょうか?」
見れば、男性の胸元のリボンは白に檸檬色を重ねたもの。山吹色のリボンを持つコスフィよりも、階級は下だ。
……でも、キシガの生徒であるわたしたちはリボンが一本、この人は二本。無下にはあしらえないだろう。
「申し訳ありません。今は、クオラ様がこちらにいらしたばかりでして」
そう、わたしは思っていたけれど、コスフィはダンスの誘いをあっけなく断った。わたしをダシにされたのはちょっとしゃくだけれど、仕方ないことだともわかるので、文句はあとで言うことにしよう。
「ああ、クオラ様。リエティ様から、今日はしつこくするなと言われておりました。しかし、ふむ、ということは……リエティ様に嫁がれるというお噂はやはり本当なのでしょうか?」
……はい?
思いもよらない言葉に、目を見開きそうになったのをわたしはなんとか我慢する。なぜそんなことを言われたのか、さっぱりわからない。だって、リエティは、わたしの父親よりも歳上なのだ。普通、ここまで歳下であるわたしを、誰だってそういう対象に含めて考えたりしないだろうなんて、簡単にわかると思うのに。
「……いえ、そのようなお話はいただいていませんが」
驚きすぎてつい反論してしまったけれど、男性は首を傾げている。
「おや、そうなのですか。私の職場では、殿下とヘイプ様が婚約なさり、クオラ様はリエティ様の元に嫁がれるのだと、もっぱら噂なのです。違うようだと訂正しておかないといけませんな」
……おそらく、この男性に、悪気はないのだろう。
わたしを貶めるというよりも、純粋に首を傾げている風な気配がある。けれど、ここで、自分がヨウシアの婚約者候補だと言うのも嫌だった。
わたしは、まだ、何も選んだつもりはないのだから。
「……お父様、皆様戸惑ってらっしゃいます。そろそろこの場を離れませんか」
おとなしく控えていた女性が、そこで男性の腕をそっと押さえた。男性はにこやかに振り返り、頷いている。
「ああ、そうだな」
「皆様、父が不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。わたくしは官従庁のタルヴェラです。何かお困りのことがあれば、是非とも頼ってくださいね」
深々と頭を下げ、タルヴェラさんとその父親は離れていった。
「……新しいパターンだ」
しばらくして、うめくようにコスフィが呟いた。
「珍しいことは珍しいパターンだけど、これもありがちなやつだよ」
うんざりしたように、ホルガーが返している。そこに、また声がかけられた。見れば、わたしたちよりもちょっと歳上くらいの、青年だ。
「もしよろしかったら、一曲お願いできませんか?」
チラリ、と見ればリボンは水色に、白が重なったリボン。これは、断れないだろう。というより、キシガ生徒である限り、断れるわけがなかった。
差し出された手はちょうど、わたしの目の先にある。顔をあげたら、ものすごく目が合う。
わたしはコスフィ、エクェィリ、ホルガーと順番に見てから、最後にマトに視線を向けた。
「一曲だけでしたら」
踊るエリアまで、わたしの手を取って歩く青年はラッカマーだと名乗ってきた。外交庁にいるそうだ。リボンを留めるバッジはきっと外交庁を表すものなのだろうけれど、わたしは全ての種類を覚え切れていない。
「クオラです。キシガ生徒で、祭祀庁で今は研修を受けています」
「祭祀庁か、じゃあ、勧誘は難しそうだな」
ラッカマーもバッジだけでは所属の見分けがつかなかったのだろう。わたしが所属を言って、初めて知ったような顔をしていた。
マトがついてきてくれているか、わたしは一度振り返る。それが、いかにも不安がって見えたのだろう。ラッカマーは軽やかに声を上げて笑った。
「そんなに心配しなくても、口説こうってわけじゃないから安心していいよ。……口説いていいなら、そうしたいけどね。リエティ様の関係者じゃなぁ」
口説くって。ちょっと恥ずかしいことを言われて、わたしは困ってしまった。
……でも、ここでもリエティか。そんな疑惑は訂正しておかないと、と頑張ってグレーの目を見返した。
その頃には踊るためのエリアに着いていた。するりと取られていた手が腰に回され、もう、ダンスの姿勢になっていた。密着しすぎない体勢はありがたい。
「あの、ラッカマーさん。リエティ様はただの上司です。このリボンは、友人のヨウシアからもらったもので」
「ヨウシア殿下の?そうか、だから君は祭祀庁に派遣されたのか」
こんな主張をしたら、わたしがヨウシアに執着があるみたいに聞こえてしまいそうだけれど、友達であることだけは間違いないのだから、許して欲しい。わたしたちの感情がどうであれ、今のところ、わたしが婚約者候補の筆頭であることに変わりはない。
ラッカマーはかなり、ダンスがうまかった。流れるように、踊りやすいように、わたしをリードしてくれる。
天井からつり下がる大きなシャンデリア、着飾った男女、辺りを満たす音楽に、時折鼻をくすぐる誰かの香水、踊るのは人好きのする笑顔を浮かべた青年。
「……ええと、祭祀庁って、なにか、特別なんですか?」
初対面だけれど、ラッカマーのことがなんだかとても好感の持てる人物に思えてきて、つい、そんな軽率な質問をわたしはしてしまった。
「殿下の婚約者候補様にはとてもふさわしい職場ってことだよ」
ラッカマーがいたずらっぽく笑ったところで、また踊り始めたヨウシアとヘイプの姿が見えた。
「殿下にも困ったものだよね、あれじゃ嘘の噂が広まっても仕方ない」
嘘の噂、というのは、わたしがリエティに嫁ぐだとか、ヘイプとヨウシアが婚約したとか、そういった噂のことなんだろう。
くるっときつめのターンで、わたしの視界からはヘイプの姿も、ヨウシアの姿も見えなくなった。
「そんなことより、こんなにかわいい子とお近づきになれたんだ。次の曲も俺と踊ってくれないかな?」
「ごめんなさい、二曲続けては、ちょっと」
「だよね、わかってた」
ラッカマーはしつこく絡んでくることはなく、曲の代わり目になるとわたしをエスコートして、元いた席まで送ってくれた。
それだけではなく、わたし同様、ダンスの誘いを断り切れずにいたエクェィリ達が全員席に戻ってきてしばらく、近くにいてくれた。そして次のダンスの誘いを申し込んできたちにた人たちに「今、踊ったばかりで疲れているようだから」と断りを入れてくれたのだ。
「じゃ、また何かの機会があったらよろしくね」
人の波が上手く切れたところで、ラッカマーは片手をひらりと振って、立ち去っていった。
「新しい……」
「うん、あ、たらし、いパターン」
「好感度爆上がり、印象度最大……」
ホルガー、エクェィリ、コスフィがラッカマーを評価しているけれど、もしかして、これがソディアの言っていた『食事をする暇なんてない』の正体なのかも知れない。
「クオラ様、人よけの結界をうまく庭園の一角に張ることができました。そちらに向かわれてみてはいかがでしょう?」
次から次へといろいろな人物たちから声をかけられるうち、彼らの目的が見えてきた。
キシガ生徒はあくまで研修で各省庁に派遣されている。希望を出せば、比較的簡単に異動できるものらしい。要は、勧誘である。キシガを卒業して、九割が派遣先にそのまま就職するのだから、各省庁は人材集めに必死になるのかもしれない。
まして、わたしは公にはなっていなくても婚約者候補、しかも最有力ということになってしまっている。そうでなくても薄紫の細リボン持ちなんて、どこも取り込みたいに決まっている。
さすがにうんざりして、静かな場所に行きたかったわたしは、マトの誘いに頷くことにした。
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