30.クオラの特注ドレスはペンギンさんをモチーフとした白と黒のシンプルかつゴージャスな一品

 王宮という場所は広い。


 大雑把なくくりでは外宮、内宮とあって、政治に使われるのが外宮、王族の生活エリアが内宮と呼ばれているらしい。ちなみに内宮だけでもとてつもなく広い。

 女王夫妻の専用区画、ヨウシア専用の棟、女王の兄であるリエティのための棟、前の王様の奥様もお住まいなら、側近たちが暮らす部屋まであるのだから、それはもう、とてつもなく広い。

 けれど、外宮はもっと広大だった。


 当然だろう、来賓やら国賓などという方々は外宮に滞在するものなのだし、今日みたいなことも外宮で行われる。


 わたしが通されたのは、外宮と呼ばれるエリアにある、パーティー会場の広間に比較的近い部屋だった。比較的近い部屋だというのに、一般招待客と動線が全くかぶらないようになっているらしく、廊下にいるのは警備庁の職員、あと使用人として働いているだろう数人ばかりだ。


 流行のバンドが演奏している音が漏れ聞こえてくるあたり、もうパーティーは始まっているのだろう。わたしは王族にエスコートされる特別ゲスト扱い、みんながそろった後で入場することになる。


 部屋には座り心地の良さそうな大きめのソファーセット、ローテーブルにはお菓子なんかが置いてあるけれど、座ってしまって礼儀的にはどうなのかとか、お菓子なんて食べて口紅がとれたらどうしようとか、そんなことが気になって仕方ない。


 だから、部屋のすみっこをうろうろとしている。


「ノックされてから立ち上がればよいではありませんか」


「わたしがそんなに素早く動けるとでも思ってるの?」


「……無理ですね」


 そうこうしているうちに、扉がノックされ、マトが応対するため、扉を開く。


 やってきたのはコスフィだった。


「あれ、なんで座らないの?」


 入ってきたコスフィはきょとんと首をかしげる。マトと似たようなことを言われてしまった。


「だって、座ってしまって、リエティ様が来たときに失礼があったらいけないじゃない。……それよりもコスフィ、エクェィリは?」


 コスフィはエクェィリどころか、イーヴァリも連れてきていない。サモチとしてそれで良いのだろうか。


「うん、エクェィリはこっちに入れないから。イーヴァリと俺の部屋で待ってもらってる」


 コスフィはヨウシアの護衛なので、内宮に部屋を持っている。今はキシガの生徒だから寮で生活をしているけれど、そのうち内宮で生活することになるのだろう。


 そんなことを言いながら、コスフィがわたしのことを頭の先からつま先までじっくりと見てくるので、わたしはちょっと文句を言いたくなった。


「そんなにじろじろ見ないでよ」


「うん、普段もかわいいけどさ、これだけかわいいなら、きっとヨウシアはクオラをエスコートできなかったこと、ものすごく悔しがるだろうなと思って」


「かわいいって……わたしのことより、ちゃんと、エクェィリのことは褒めた?」


「ああ、褒めた、褒めた」


 軽い口調になんだか嘘っぽいなあ、と思う。エクェィリだって、今日はおしゃれしてきているはずだ。褒められたいだろうに。


「それよりもさ、この部屋、今日はクオラが好きに使っていいんだよ? リエティ様は別の控え室があるんだし、迎えが来るまでそうやって立ってたら疲れるだろ」


 まだもう少し時間はかかるよ、とコスフィに手を引かれ、わたしはふかふかのソファーにぽすんと腰掛けさせられた。


「パーティー中も、疲れたらここで休憩していいかろ。……あんまり無理はするなよ」


「うん」


「じゃ、俺、そろそろ行くから。あ、もし手が空いてたら、一曲相手してくれな」


 それだけ言ってすぐ、コスフィは行ってしまった。


 パーティー仕様の同級生、初めて見た。胸には一輪の花が飾られていて、なんだかいつもよりコスフィがかっこよく見えてしまった。


「お時間はまだあるそうですよ。お飲み物でもいかかですか?」


 一方こちらは普段着が燕尾服。顔がいい。見慣れているけど顔がいい。


 もしかして、マトの『普段と違う』はTシャツとか、ダメージジーンズとか、いっそ鋲付きの皮ジャンとか、カジュアルやロックに寄せないとだめなのかもしれない。……そう言えば、水着は見たな。パジャマ姿は……改造スーツみたいな服だった。もしかして、かっちりしたのがマトの趣味なんだろうか。


 お茶をいただき、お菓子をつまみ、お手洗いにも行き、メイクを軽く直してもらって一息ついたころ、リエティがきた。


「おや、なんてかわいらしいお姫様だ」


「いえ、そんな」


 上司として数回お会いしたことはあるものの、やっぱりとても雲の上の人感がすごい。緊張する。


「じゃあ、行こうか」


 言われて、わたしはリエティに差し出された腕に軽く手を預けた。マトはその後ろをついてくる。


 ……リエティ様のサバクはどこ?


 リエティはひとりで来た。ううん、護衛らしい男性がひとりいるけれど、彼はサバクを連れている。


 そう言えば、リエティのサバクをわたしは見たことがない。


 陰に潜むタイプや、服の内側に隠れるタイプのサバクがいないわけではないので、リエティのサバクもきっと、そういうタイプのメージャなのだろう。


 会場は、かなり広かった。そりゃ、国内ほとんどのサモチとサバクが来ていて、全員が入れるだけの広さだ。広くない訳がない。


 この中で知り合いを探し出すのは無理があるのではないだろうか。


 会場の周り、いくつかある通路のうち、高い位置の通路を使ってわたしは席に着いた。


 声を届けるのは難しいけれど、視界には入る……そんな位置に、ヨウシアとヘイプの姿が見える。ヨウシアがわたしを見てにこりと微笑むのがわかったので、わたしも笑顔を向けておく。


 ヘイプは見事な金髪を編み込み、花が飾られてとても美しい装いをしていた。ドレスは藤色で、恐らく最新のデザインだろう。まったくこちらを見ようともしないので、目は合いようがない。


 そちらばかりを見ていても仕方ないので、わたしは会場をゆっくりと見回した。ここら辺は紫リボンの席、一段低いあっちが青色リボンの席、その向こうは水色リボンの席……階級ごとに席は決められているみたいだ。


 そこで、ファンファーレが鳴った。


 女王ウーリナと、その夫、オルシャイの入場に、全員が席を立つ。


 わたしと違い、お二人は会場をぐるりと一周されてから、こちらに来るようだ。


 テーブルと椅子が専用で用意されているのは水色リボンの席までだろうか。会場はバイキング形式というか、お料理の並んだエリアがいくつかあって、基本的には立食、座りたければ端に用意された自由席を利用して飲食を行うことになるらしい。……というのはリエティ様に教えていただいた話。


「でもねぇ、ほら、僕たちは言わなくても、誰かが取ってきてくれるから」


 そう言うリエティの席だけ、椅子が違う。


 わたしには、祭祀庁にあった椅子と同じものに見えた。


「クオラさんは、どんな料理が好きかなぁ?僕は基本的にずっとここから動くつもりはないから、一曲だけ踊ったら、好きにしてて構わないからね」


「ありがとうございます」


「でも、困ったことがあったら、すぐにここに戻ってくること。クオラさんはヨウシアのお気に入りなんだから、僕が守ってあげよう」


 ちらり、とリエティの視線がわたしの胸元についたリボンを見たのがわかる。ヨウシアの叔父さんは、ずいぶんとヨウシアを大事にしているようだ。


 でも、リエティはずいぶんと話しやすい上司なのかもしれない。女王夫婦が席についた頃にはずいぶんとわたしも緊張が抜けていた。


 女王夫婦とわたしは同じテーブルだ。


 せっかく抜けてきた緊張感がまた盛り上がってきて、早くここから逃げ出したい。


 会場の中央は広く取られていて、既にたくさんの人々が躍りを楽しんでいる。ここからは見えないけれど、大道芸のような見世物もあるらしい。


 ヨウシアとヘイプが立ち上がり、下のほうに降りていく。踊る輪に加わっていった。


「もう少ししたら、僕たちも踊ろうか。叔父さんは半曲も時間を貰えれば、それでいいから」


「ねぇ、クオラさん、飲み物はなにがいいかしら?ワイン?シャンパンがいいかしら?」


 にっこりと笑ったリエティの向こうから、女王が声をかけてくる。わたしは未成年、お酒はちょっと困る。


「ウーリナ、クオラさんが困っているじゃないか。……クオラさん、ウーリナに遠慮はいらないから、はっきり断ってもいいからね?」


 オルシャイがたしなめると、ウーリナはてへ、と舌を出してから笑った。そんな仕草がとても、可愛らしい。わたしがやっても、あんなには可愛らしくならないだろう。


 ところで、飲み物って何があるんだろう?メニュー表なんてものはなさそうだ。


「どうぞ」


 そこに、すっと飲み物をマトが出してくれた。たぶん、ジンジャーエール。


「マト、ありがとう」


「いえ」


 ここではあまり、マトとばかり話してはいられない。すぐに半歩下がったマトを背後に感じながら、わたしは女王とは思えないほど気軽に話しかけてくるウーリナとしばらく緊張しながら会話をつづけた。


「じゃ、そろそろ行こうか」


 感想。女王ウーリナは……あの人は、なんというか、『普通の人』だった。話しているうち、女王ということを忘れそうになってしまう。オルシャイのほうが高官ぽいし、むしろリエティのほうが国王然として見えてきてしまうから、不思議だ。


「すまないね、妹が迷惑をかけて」


 宣言どおり、曲の途中から、わたしとリエティはダンスの輪に入っていった。


「いえ、その、可愛らしい人だなって思いました」


 わたしがそう言った途端、リエティは破顔した。


「そうだろう、クオラさんにもわかるんだね」


 あ、この人、妹が大好きなお兄ちゃんだ。


 リエティの笑顔に、そんなことを思う。どのみち家族の仲が良さそうなのは、良いことだろう。


「これからも迷惑をかけちゃうかもしれないけど、よろしく頼むよ」


 はい、と答えてよいのかわからなくて、わたしは曖昧に微笑むだけにしておいた。


 ダンスが終わるとすぐ、わたしは知らないおじさんたちに囲まれかけた。けれど、わたしの肩を抱いたリエティが、「ダメだよ、今日は」と釘をさしてくれたからか、おじさんたちはすぐに解散してくれた。


「じゃ、僕は席にいるから。困ったらすぐに戻っておいで。疲れたときは庭園だとか、休憩室に行ってもいいんだからね」


 ひらりと手を振って、リエティは席に戻っていく。入れ替わるようにして、マトがすぐに来てくれた。


「どうなさいますか?」


 席から下に降りれば、お料理、お菓子、フルーツに飲み物、演奏に手品、ゲームのテーブルまでいろいろなものがあって、これはこれでお祭りの様相だった。


「ちょっと、見て回ってみたいな。ねぇ、マト、エクェィリがどこにいるかはわかる?」


「ええ、あちらのほうに」


 マトが指を示したほうを見ても、よくわからない。上品な笑顔を浮かべて、マトはわたしの手を取った。


「それでは、エクェィリ様を探しながら、見物することにいたしましょうか」


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