閑話2

 コスフィは幼い頃から従兄弟であるヨウシアのことが大好きだし、自分が彼を護衛できるのは、とても光栄なことだと考えている。


 自分たちの容姿がずいぶん似通っていると気付いたのは、いつだったろう。

 万が一の時、この容姿は身代わりに使えると思いついたのは、いつだったろう。


 それからは、従兄弟の仕草や言動をよく観察した。


「ヨウシア様」


 女性に声をかけられ、コスフィはヨウシアがよくするような微笑みを顔に貼り付けてから、ゆっくりと振り返る。


 キシガの廊下だった。プヌマルバヤの校舎よりも、キシガの校舎は建築様式を王宮に寄せてある。白い壁と装飾的な飾りの入った柱が等間隔に並び、生徒の描いた絵画が飾られ、大きな窓からは明るい光と心地よい風が入ってきていた。


 偶然なのか彼女が手を回したのか、周囲に人影はない。コスフィはさりげなく、声をかけてきた女性から自分のリボンが見えないようにした。


 今、本物のヨウシアはクオラと二人で自習室にいる。自分は二人のために飲み物を用意しようとその場を離れたところだった。


 見知らぬ女性、おそらくキシガ上級生の彼女は頬を赤らめ、小箱に手紙を添えて差し出してきた。小首を傾げる仕草はとても愛らしく見える。よく整えられた爪は桜貝を思わせた。計算し尽くされた、完璧な微笑みは一体どれだけ鏡の前で練習した成果なのだろう。


「これ、受け取ってください」


 どうしたら良いのだろうと戸惑う素振りで、次は何をするつもりかとただ眺めていると、彼女はぐいと小箱を押しつけてきた。ずいぶんと乱暴だと笑いが込み上げてきた。こうなっては受け取るしかないだろう。


「ありがとう」

「え……はいっ」


 今度はヨウシアが感謝するときの微笑みをコスフイが真似すれば、それだけで、彼女は顔を真っ赤に染めて、あわただしく走り去ってしまった。

押し付けられる形になった手元の小箱は淡いクリーム色の包み紙に、焦げ茶の上質なリボンが巻いてある。封筒はピンクの花柄で、お約束のようにハートのシールが貼ってあった。おそらく箱の中身は手作りの菓子、手紙はヨウシアに対する一方的な恋心が綴られているのだろう。キシガに入学して以来、こういうことは何回も起きている。


「俺とヨウシアの見分けもつかないくせに」


 人が恋に落ちる理由なんてもの、コスフィにはよくわからない。


 不快だった。きちんとヨウシアという人格を見てこれが出されたものか、怪しいものだとコスフィは考えている。見た目だけで、遠くから眺めているだけで、一体ヨウシアの何がわかるというのだろう。どうせこんなもの、婚約者候補にもあげられなかった女性の足掻きでしかない。


 投げ捨ててしまいたいが、そうする訳にはいかない。これはヨウシアに差し出されたものだ。ヨウシアなら、困った表情を作りつつも、手間をかけた相手の気持ちを慮り、こういったものはきちんと受け取る。


「俺ですら、契約がなければ其方らの見分けがつくか怪しいがな」


 コスフィのつぶやきを聞いたイーヴァリがぼそりとつぶやいた。コスフィの手にあった小箱はイーヴァリの倉庫の魔法でどこかに片付けられる。後で手紙と小箱の中身は確認して、いつも通りにリストだけをヨウシアに報告しておこう、と考えながらコスフィは校舎内の売店に向かった。


 どうやら、イーヴァリに言わせると、ヨウシアとコスフィは容姿だけで無く、魔力の質までもが似ているらしいのだ。


「それは好都合だ」


 見分けがつかないという言葉を、コスフィは褒め言葉と受け取った。


 コスフィとヨウシアは双子ではない。たまたま顔が似ていただけの、従兄弟同士だ。普段から護衛のために鍛えているコスフィと、王子としての勉強に励むヨウシアは、気を抜けば体格差が簡単についてしまう。それを、コスフィは努力で似せている。


 ヨウシアは容姿に優れ人当たりが良く、とても優秀だ。いつかは良い国王になるだろう。立場もあるから当然、ヨウシアは女性から人気がある。同じ容姿に、やはり優秀な成績を残しているコスフィのほうに女性からのお誘いが無いのは年頃の男として悲しいが、便利でもあった。コスフィ自身は、将来王妃になる女性の側近から妻を迎えるつもりなので、恋などする気が全くない。


 ヨウシアは、クオラ・コボトリウに恋をしている。


 クオラを含めた婚約者候補の少女達は、かなり早い段階からそのことを告げられている。そして資格を得たのだと解釈した少女達の、王妃の椅子を求めたアピール合戦はかなり熱烈で、一時期はヨウシアもコスフィも女性不信になりかけたほどだ。よほど、王妃の椅子は魅力的に輝いているものらしい。


 コスフィがクオラと知り合ったのは、プヌマルバヤ入学前のことだ。


 いつかは護衛になるのだからと、そういう覚悟だけは持っておいた方がいいと、ヨウシアの護衛達と一緒にプヌマルバヤの校舎を下見に行った。その時校庭にいたのがクオラと、その姉のソディアだった。彼女達は逆上がりの練習に夢中になっていて、通りかかったコスフィが逆上がりを教えた。


 クオラは自身がヨウシアの婚約者候補と知っても、無理にコスフィを利用して、距離を詰めて来ようとしなかったし、むしろコスフィが王子の従兄弟と知った当初は距離を置こうとしていたように見えた。クオラ、シュプレ、エクェィリの三人はいつも自然体だった。改めて聞いたことはないが、あの三人は王妃の椅子になど興味がないのだろう。おかげでコスフィも含んだ五人は友人となることができたし、ヨウシアは健全な恋心を育んでいる。


 なぜか、ぐいぐいと距離を詰めていったのは、ヨウシアのほうだ。


 パリキシガを卒業し、ヨウシアは初めて自分には婚約者候補というものが用意されていたこと、その中にクオラがいたことを知った。


 もう、ヨウシアはクオラと両思いになったつもりでいる。コスフィから見て、クオラのほうがヨウシアを愛しているかと聞かれれば首を傾げたくなるが、嫌っているようには見えないから、あれはあれでいいのだろう。


 気になるのはクオラのサバクが異性であることだが、どうやら姉のソディアと違い、クオラはサバクに恋愛感情を抱くタイプではなかったらしい。今のところ、主従の線を越えない適切な関係に見える。


 イーヴァリと手分けして飲み物を持ち、コスフィはヨウシアのところへ戻ろうとした。二人きりにさせている時間があまり長すぎるのは不自然だろう。すると自習室の外でヨウシアが待っていた。二人きりの時間はもっと大切にしろと眉をひそめたくなったが、そこがヨウシアの良いところでもある。


「ありがとう、コスフィ」


 当たり前のようにヨウシアは、自分とクオラの分の飲み物を受け取った。クオラに聞こえないよう、小さな声でコスフィはささやいた。


「さっき、そこの廊下でまたプレゼントを受け取ったぞ」

「代わりに受け取ってくれて助かるよ。クオラにそういうものを見られて、誤解を受けたくなんてないからね」


 さっきはいなかったエクェィリも、今は自習室に来ていた。エクェィリと、今はシシガに通うシュプレ、祭祀庁のヤニカはクオラからの信頼が厚い。自分が将来結婚するのは、この中から選ぶことになるだろう。


 ノートに何かを書き込んでいたクオラが、顔を上げた。


 飲み物を運ぶヨウシアを見て、それからコスフィの方を見る。すこしつり上がりぎみな、子猫のような大きな目がコスフィに向かって柔らかく細められた。


「コスフィ、買ってきてくれてありがとう」


 なぜか、クオラだけは、昔からコスフィとヨウシアを絶対に間違えない。

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