24.ペンギンさんの刺繍は袖口にもあります
「今夜の夕食、すごく楽しみなんだ」
ヨウシアは今朝も機嫌が良さそうだ。いつもニコニコと朗らかそうにしているところは、ヨウシアの良いところだと思う。
「美味しくできたと思うの、きっと」
わたしはやっぱり、お料理の天才に違いない。大変だったけれど、あんな大量のカレーを作り上げられたのだ。箱に書いてある通りに調理したのだから、味には絶対の自信がある。マトも手伝ってくれたのだし、絶対だ。
第一のイボウはヨウシアと二人で朝食をとる日だ。今朝は寮の食堂ではなく、王宮にわたしは招かれていた。
王宮といっても、正装しなければいけないような、堅苦しい場所ではない。王族がプライベートで使うような、まぁ、それなりに気を抜いて過ごせるような、そんな部屋に案内されている。
……王族ならね。王族なら、気を抜けるだろうけどね。
代々サモチを排出し、それなりの役職につくような両親を持ってはいても、わたしは王族ではない。明らかに寝間着のままの女王陛下が、さっき廊下を通られたのが見えたけれども、自分の家と同じようにくつろいで欲しいとそれを追いかけていたヨウシアのお父様の公爵殿下にちょっと顔を出されて言われても、やはり、リラックスできるような空間とは言いがたい。ヨウシアとわたし、サバクたちしか居なくて良かったと思う。
通された部屋は、本当は食堂ではないのだろう。プライベートな喫茶室のように感じられた。
深いワインレッドの色をした壁には石作りの暖炉があって、その上には家族写真が並んでいる。つい、目を引かれて近寄って見た、幼いヨウシアらしい写真はとてもかわいらしい。
あまり今とお姿の変わらない女王陛下や公爵殿下と幼いヨウシアに、もっと幼い弟君の揃った、おそらく旅先で撮されたであろう家族写真。幼い頃から交流があったに違いない、むちむちぷにぷにとしたヨウシアとコスフィの、庭で遊ぶ双子のような写真は愛くるしい。
そのほかにも、おそらく弟君が作られたのだろう、紙製の工作の数々に、つたないお絵かき。ヨウシアがパリキシガで取っていた、賞状やメダルの数々。もしかしたら女王陛下が作られたのかもしれない、レースでできたキノコの置物。
公式行事で見かける女王夫妻はいつも仲睦まじい。
「この写真立て、僕が作ったんだ」
わたしの隣に立ったヨウシアが指差したのは、ひとつの写真立てだ。流木やすりガラス、貝殻を貼り付けたような写真立てには、ウケイレ後に過ごしたあのリゾート地で撮影された、わたし達四人の写真が収められている。王宮に自分の写真が飾られるなんてと思ってしまったけれど、そうだ、ここはヨウシアのお家でもあったんだ。
でも、できれば自室に飾っておいて欲しかった。まさか、家族……しかも王族の団らんの場所に飾ってあるなんて。
「わたしも砂浜で貝殻を拾っておいたのに、写真立ては思いつかなかった」
わたしも砂浜ではいくつかの貝殻を拾っていた。それらは砂とペンギンさんのガラス細工と一緒に瓶に詰めて、窓辺に置いてある。暑い海にだってペンギンさんは住めるのだ。
「こういうのも記念になるでしょ。今度、作り方教えようか?」
「うん、ありがとう」
みんなで、作ったら楽しそうだと思った。
朝食はナッツを散らしたカボチャのポタージュに、ほかほかのクロワッサン。とろとろのスクランブルエッグと濃厚な牛乳に、リンゴまでついていた。
正直、多い。残す訳にはいかないだろうな、けれど、絶対食べきれない。
「クオラには多いよね。……今度のときは少なくするように言っておくよ。えっと……今日は、クオラが残しちゃった分は僕が食べようか?」
「え、それは」
せっかくの、ヨウシアの申し出だけれど、それはちょっと申し訳なさ過ぎるような気がする。
クロワッサンは一つにして、リンゴには手をつけなければいけそうな量だ。王宮の使用人が今はいないので、こっそり持って帰ってしまおうか。
いくらなんでも、王子であるヨウシアに残り物を渡すなんてこと、とてもできるわけがない。でも、持って帰るというのもちょっと、言いにくい。
「クオラ様、ヨウシア様は食べ盛りですから、心配いりません」
ひたすら困っているわたしに、癒やしの毛皮、巨大カワウソのヴィッレがきらきらとしたまんまるい目でわたしを見上げてくる。
「でも、食べ残しをだなんて……」
「僕とクオラの仲じゃないか。気にしないでいいよ」
ニコニコされても。ニコニコされましても。
……え?あれ?
そもそも、男女でも、これが友達の距離感だったっけ?いやいや口をつけたものだよ?まだ、手もつけてないけど。家族ならともかくわたしたち、友達でしかないよね?いくら何でも申し訳なさすぎるよね?
「ヨウシア様、失礼かとは思いますが、クオラ様が食べきれる分量のみを、あらかじめ別皿にとりわけさせていただいてもよろしいでしょうか?」
軽く混乱しかけたわたしのすぐ隣に、マトが来てくれてほっとした。
わたしはその手法に大賛成です。
「そっか、そんなやりかたもあったね」
「では、皿を用意しますね」
マトの提案したやり方じゃだめかな……というわたしの強い祈りは通じたようだ。
ヴィッレが新しいお皿を出してくれ、わたしが食べきれる分だけを、マトが取り分けてくれたらやっと、いただきますだ。
「前から思っていたけど。クオラって、朝食をそんなに食べないよね」
「朝は弱くて」
クロワッサンを片手に、最初の分量よりもかなり減ったわたしのお皿をヨウシアは見ている。
「そんなに少なくて、後でお腹は空いたりしないのかなって、前から不思議だったんだ。昼食はみんなと同じくらいの分量を食べるよね?」
おやつも普通に食べてるし、とヨウシアはつぶやくように言ってから、クロワッサンをちぎって口に運んでいる。一口がそんなに大きいとは思えないのに、あっという間にクロワッサンはひとつ、消えていた。
「お腹が空かないわけじゃないけど……」
わたしも、クロワッサンを一口。すぐに、ポタージュを口に入れた。
お口の中身がなくなってから、お茶も一口。
「休み時間に甘いお茶を飲んだりしていれば、そんなでもないよ」
朝ご飯の時間を一時間遅らせられるようになれば、わたしにも、もう少ししっかり食べられるようになると思う。……きっと、そんなことを口に出したら、「その分また寝るだろうから結果は変わらない」とかみんなからは言われそうだ。
朝食を終えたら、キシガに移動する。
窓の外はかなり暗い。木がばさばさと揺れ、大粒の雨だけじゃなく、木の葉までもがびしばし窓に当たっている。
「なんで、こんなに天気が悪いのに、キシガは休みじゃないのかな」
「もう少し風か雨が強ければ、警報になって休みになるんだろうけどね」
ヨウシアと二人で、車寄せのところまで廊下を歩く。台風が近いので、今朝は車で登校することになっているのだ。
マトとヴィッレは少し離れた後ろを歩いているので、二人しかいないという感じがした。サバクなら、もっと契約相手に寄り添ってくれてもいいと思う。
……まさか、風で窓が割れたりなんて、しないよね?
わたしは体の前で軽く手を組む。窓を通り過ぎる度、外の様子を確認せずにはいられない。袖口の刺繍をそっと撫でて、怯えを表に出さないよう、気合いを入れた。直後、ばしん、と窓に当たったのは小枝だったろうか。
「おはよう」
「おはよ、う」
びくっとしてしまったちょうどその時、車寄せに一番近い部屋から、コスフィとエクェィリが出てきて声をかけられた。
「おはよう、ひどい天気だな」
「おはよう、ふたりとも」
わたし達が立ち止まったことで、マトとヴィッレもわたし達に追いついた。軽く背中に手が当てられたので、見上げたらそこにはマトがいた。
心配げってこういう表情のことを言うんだろう。……なるほどマトの顔がいい。
わたしは組んでいた手を解き、ヨウシアの手配してくれた車に乗った。
「ヨウシア達は舞踏会、どうすることになったんだ?」
車に乗ってすぐ、コスフィがそんなことを言い出した。車は二台、後続車のほうにサバク達は乗っている。車内には絶対的に癒やしのもふもふが足りてない。
コスフィの質問に、ヨウシアはすごく困った顔をした。
「えっと……クオラ、いいかな?」
「言えてなかったのか」
「ヨウシア……」
「い、いいかな?」
「うん」
コスフィとエクェイリが呆れたように、それぞれの呟きを漏らしていた。
どうせ、そうなるのではないかと思っていたし、わたしは全く構わないと返事をした。
秋の大祭では、国中のサモチ達を招いた舞踏会が行われる。今年からはわたし達も参加することになる。姉のソディアからは、それはそれは豪華で、華やかな楽しい場所だと聞かされていた。
「じゃあ、エクェィリは俺と踊ってくれる?」
「仕方、ないから、いい、よ」
「ありがとう」
ヨウシアとほとんど同じ顔でコスフィがにこやかに微笑んだ。ヨウシアの方は、今まで言い出せなかった心労なのか、本当は他の相手を誘いたかったのにとかいう嘆きか、両手で顔を覆ってしまっていた。
車はすぐにキシガに到着し、湿度で結露した廊下を抜けて、教室に入る。教室では徒歩で寮から来たらしい、クラスメイトの何人かが、タオルで制服を拭いたりしていた。
彼女達に挨拶をして、わたしは席に向かう。
窓の外では黒い雲が早い速度で流れていて、やっぱり、びしばしと窓の耐久性が試されている。
後から来た、近くの席の子が拭くものを忘れたと嘆く声が聞こえたので、わたしは鞄からタオルを出して貸してあげた。
クラスメイト達の話題は天気のこと、仕事のこと、そしてやっぱり、舞踏会のこと。
「クオラ様は、やっぱりヨウシア様かコスフィ様と舞踏会に行くんですか?」
そんなことを聞かれたのはお昼休みで、仲のよいクラスの数人とキシガの上級生の数人、あとは当然、エクェィリも一緒に食堂でお昼を食べている時だった。
「クオラは、ヨウシアと。わたしは、コスフィと」
わたしの代わりに、エクェィリが答えたのは、わたしの口がデザートのミルフィーユケーキを入れたばかりだったからだ。
きゃぁ、とか、やっぱり、とか言われて、顔が引きつりそうになるのを我慢する。残念ながら、わたしとヨウシア、エクェィリとコスフィはどれだけ仲良しでも、恋愛感情が存在していない。なので、いまそうやって盛り上がっているような、甘い展開には永遠にならないと思う。
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