22.アイスはもちろんペンギンさんデコで注文しています
寮での生活は、基本的にサバクとサモチだけで全てを行うことになっている。
ただ、ほとんどのサモチは実家もサモチで、比較的家計にゆとりのある家庭が多い。サモチの子弟で締められるキシガ生徒は家事なんて出来ない者がほとんどだ。
だからなのだろう。食事は食堂で買うことができるし、洗濯は有料のクリーニングサービスを利用することができる。
ついでに普段生活していく上で必要な細々としたものだって、大抵は寮にある売店で用事を済ませられる。
こだわりのある雑貨や何かがあれば、おのおの実家が手配してくれることが多い。
だから、こうやってバスに乗って、商店などのある区画まで、買い物を目的として外出するサモチはまれなのだろう。わたしだって、普段ならば車の手配を依頼するか、そもそも「買ってきて」と一言言っておくだけで済ませてしまうところだ。
マトに言わせると、どうやら車の手配をすると『高くつく』らしい。車代だけではなく、駐車場、待機させる時間にまで料金がかかるものなのだと言われてしまった。
「……お金なら、実家からの仕送りがあるでしょう?それを使っても、生活にゆとりはあるよね?」
「クオラ様、キシガを卒業したあとも、ご実家に支援をいただくおつもりですか? 自立するおつもりはないのでしょうか?」
「それのなにがいけないの?お姉ちゃんだって、実家にいて、衣食住は実家のお金じゃない」
マトの言葉にわたしは首を傾げた。
バスの車内は空いている。最後部にわたし達は並んで座っていた。マトが音の壁を展開してくれていて、こちらを向いているような乗客が一人もいないとわかっているから、こんな会話ができている。
「……では、想像力を働かせてみましょう。クオラ様が将来的にどこか、ご自身よりも収入の低い、または無収入の方と結婚されたとします」
わたしの婚約が確定するまでは、たぶんもうしばらくの猶予があるはずだ。それまでにわたしが誰かに恋をして、その誰かと婚約までこぎつける可能性はまだ残されているし、逆のパターンというか、わたしが生涯独身でいる、なんてこともまだ、可能性のひとつとしてはあり得る。
わたしはうなずいた。
「子供が生まれ、その子供も結婚したとして、その頃になってまで、クオラ様はご実家の支援を受け続けられるおつもりなのでしょうか?」
……さすがに、実家を出て何年も経ってまで、経済的に支えられたくはない、かな。
満面の笑みで毎日のようにわたしのところに遊びに来る姉を想像してしまった。……なんかそれはそれで、楽しそうだけれども良くないことはわかる。
「無駄遣いはしません」
「理解していただけたようでなによりです」
その頃にはバスは、官庁街を抜けて、店舗などが並ぶ商業区域に入っていた。何回かバスの乗客は増えたり減ったりを繰り返しているけれど、やっぱり休日の昼前だからか、さほどの混み具合ではない。
でも、でも、さっき無駄遣いはしないと言ってしまったけれど、わたしは今日、カレーライスの材料の他にも欲しいものがある。
「あのね」
わたしはマトの顔をじっと見た。悔しいことに、目線があまり変わらない。一応の主張としては、わたしのほうが座高は低い。そうでなければ困る。乙女として。
「なんでしょう」
悔しいことに顔がいい。
ううん、そうじゃなかった。
父と姉なら、こうすれば必ずお願い事を聞いてくれる、絶対の角度で、寄り道と買い物の品目増加をマトにお願いしてみよう。ちなみに母はこの程度ではなかなかいいとは言ってくれない。母を相手にした場合、『なぜそれが欲しいのか』を話して納得してもらう必要がある。
「マト、あのね、本屋にも寄っていい?」
部屋にあった参考書とは違うものが欲しい。ついでに資料として何冊か、自室に置いておきたい本があるし、小説本の新作も気になるものがあるし、お気に入りの作者の漫画の新刊も欲しい。
『無駄遣い』と言われてしまいかねないだけの買い物がしたい。できれば新しいノートも欲しいかなって。ついでに消しゴムもかわいいものが欲しい。
「それがあなたの願いなら」
「やった」
わたしは喜びのまま、小さく両方の拳をきゅっと握ってすぐにといた。完璧執事モードなマトは微笑んでいる。
うん、マトにもこのおねだりポーズは通用するみたいだ。ここぞというときのために覚えておこう。
バスを降り、早速スーパーで食料品を買う。
カートを押してみたいな、とまたもやわたしはマトにおねだりしてみる。
結果、今、わたしはカートというものを押して歩いている。これ、体重をかけてすいっとやったら絶対楽しいに違いない。やらないけれど。転ぶ未来が見えているので、そういうことは想像に留めておく。
「カレーって、何が材料なの?」
店内には、ありとあらゆるたくさんの品物があるように見えてしまう。野菜の売り場だけでも、物珍しくて面白い。
そんなわたしの質問に、マトは棚から小さな箱を一つ取り出し、見せてくれる。
「今回はこちらを使います。あとはにんじん、ジャガイモ、タマネギ、肉類が基本ですね」
言いながら、カレーの絵が描かれた箱がぽいぽいと、カートに置かれたカゴに入れられていく。
「作り方が書いてあるのね、なんて便利」
関心しながらわたしはマトに渡され、手に持っていた箱をカゴにそっと置く。
『一口大』がどんな大きさかよくわからないけれど、まあ、あの作り方さえあれば、わたしの完璧な料理能力であれば、おいしいカレーライスができるだろう。わたしの一口の大きさということで……あれ?
コスフィの一口と、わたしの一口、だいぶ大きさが違うのでは? 間をとってヨウシアか、エクェィリの一口に合わせる? それとも『一口大』を調べやすそうなマトの一口?……え、でも、お肉がそんなに大きかったら食べにくいのでは……? あれ? 今まで食べていたカレーってどういうものだった?
わたし、カレー、作れる?
『一口大』についてぐるぐると悩んでいるうちにマトはわたしが掴まっているカートを引っ張りながら店内を歩き回り、カートのカゴの中にはいつの間にやら野菜やお肉などがいろいろと増えている。カサリ、とお菓子の袋がカゴに乗っけられたところでわたしははっとした。
「会計に参りましょう」
「ペンギンさんのクッキー……」
世界にこんな、愛らしい食品があったなんて。『一口大』なんて、どうでもいい。たぶんそれっぽい雰囲気の大きさであればきっと十分だろう。
「本屋での買い物が終わったら、そこの、角のアイス屋に寄ってもいいかもしれませんね」
会計に向かいながら、マトはガラスの向こうにある店舗を指さした。この距離でもわかる。あのお店の看板にいるのはやっぱりペンギンさん。
「でも、お昼ご飯の前におやつだなんて……それこそ『無駄遣い』なんじゃ」
「クオラ様の栄養になるものでしょう、無駄になどなりませんよ」
なんか、言ってることが違うと思ったけれど、ペンギンさんアイスが気になるのでわたしは黙っていた。
結局、本は欲しいだけ買えた。けれどもせっかく買ってもらえたペンギンさんのアイスは、わたしひとりでは半分しか食べきれなかった。大きすぎるのがいけない。
幸いにもマトは倉庫の魔法が使えるので、わたし達は重い荷物を抱えなくてもよい。
ほとんど手ぶらの状態でバスに乗り、わたしたちは寮の自室に戻った。アイスのせいでお腹がいっぱいだったので、昼食は軽め、サンドイッチにしてもらう。これも食べきれない分はマトに食べてもらった。
マトとの分けっこだなんてそんなこと、寮の食堂ではとてもできないことだけれど、街中や自室であるからこそできてしまう裏技だと思う。
昼食も済んだら、カレー作りだ!!
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