21.クオラの朝食の半分は大抵ペンギンさんがいただいています

 朝食の時間くらい、自室でゆっくりおかゆでも食べて、空いた時間を有効活用すべく、ペンギンさんとだらだらごろごろしていたい。


 けれどもサモチになり、キシガ学生であるわたしには朝の社交がある。


 わたしの場合、第一イボウはヨウシアと二人で朝食をとることにほぼ決まりつつある。そして第二イボウはキシガの先輩と、第三イボウと第四イボウはエクェィリにコスフィを加えた四人で、第五イボウに職場の先輩がた、第六イボウは実家で姉のソディアと朝食をとる。……という流れが最近はパターン化しつつある。


 どうやってそう決まったのかは正直よくわからないし、いつ、誰に、または誰から同席する申し込みをしたりされたりしているのかもよくわからないけれど、そのあたりはマトがあれこれ調整してくれている。なのでわたしはそれに従うのみだ。


 食堂の、いつも四人の時に使う部屋は変わらない。ちなみに、ヨウシアと二人の時は、ヨウシアがわたしの部屋で食事をとることも多いけれど、『二人きりを邪魔されない』『周囲の者たちに周知させるため』個室である。わたしの外堀とやらは、もはや存在しないに等しい。


 わたしなんかが相手だとヨウシアも大変だね、お妾さんとかいうんだっけ?そう言うの、全然遠慮しないでいいからね?と今朝も部屋まで迎えに来てくれた笑顔に向かってこっそり、心の中だけでつぶやいておく。


「あの、今度の第一イボウの夕食のことなんだけど」


 今朝の朝食も、わたしはおかゆをいただいている。というより、最近の朝食はそればかりだ。相手によってはメニューの選択権がないときもあるけれど、選べる限りはこれ一択だ。だって、それが一番朝のまだ眠たいお腹には食べやすいのだから仕方ない。


 重厚なテーブルの上、他のみんなのメニューはといえば、コスフィは朝から大盛りの牛丼に味噌汁はたぶん豚汁、ヨウシアは焼いたアジの干物に雑穀米と味噌汁と小松菜かなにかの和え物、エクェィリはトーストとヨーグルトにサラダ。みんな、よく食べる。わたしなんて半分に減らしてもらっているのに。


 朝食の間、サバクたちが何をしているかといえば、マトとイーヴァリ、ヴィッレは席の後ろで待機しており、アーダは今朝もエクェィリの膝の上にいる。


 できれば、サバクのみんなにも、一緒に席についてもらいたいのにな。


 そうは思っても、サバクとサモチとは、そういうものなのだ。だから、マトがわたしの隣に座ってくれるのは授業中だけになる。


 わたしはいったんマトを見上げてから、みんなに声をかけてみる。


「良かったら、みんなで一緒に、わたしの部屋でご飯を食べるのとか、どうかな?」


 夕食を一緒に、というのをしたのは入学式の前に一度きりだ。社交としては、まだ本当は早いのだと思う。でも、夕べのうちに、マトは父親のサバクであるオスカリを通して夕食をとってもいいかの許可を取ってくれている。


「じゃあ、僕は料理の手配をしておくよ」


 すぐに、ヨウシアがにこりと微笑んでくれた。後ろに立っているヴィッレもニコニコと笑いながら、良い考えだとうなずいてくれている。動きに合わせて、キラキラと見事な艶の毛が光る。ああ、あの柔らかそうな毛並みをいつか、ちょっとだけなでてみたい。


「料理を運ぶの手伝うよ」

「そうだな、主はよく食べるのだからそのくらいはしたほうがいい」


 コスフィはきっと、運ばれる料理の分量が気になるのだと思う。だってコスフィって、ヨウシアとほぼ同じ体型に見えるのに、夕食となったらきっと、ヨウシアの三倍は食べるもの。


「わたし、実家、から、届いたお菓子、を、持っていき、ます、ね」


 エクェィリの膝の上で、ぴぃぴぃと、丸いウズラのアーダがふくふくした体を揺らし、エクェィリも楽しそうに両方の手のひらを合わせるようにした。


 お菓子!? お菓子の存在を忘れていた! お菓子はまだ、作ったことがない。何かわたしも作れないか後でマトと相談しなきゃ。なんたって、わたしは天才的な料理の才能を持っているに違いないのだ。先日作ったサンドイッチが全てを物語っている。だから、お菓子だって、簡単に作れるに決まっている。


「手配はいらないの。今度、お料理を作ってみようと思っていて……?」


 上手にできるかはわからないけれど、せっかくだから一緒にどうかな? と続ける前にカラン、とヨウシアの手から箸が転がった。見れば、驚いた風に目を見開いて固まったあと、ヨウシアはうつむいてしまっている。一体どうしたのか、と気になって、わたしは首を傾げた。


「ヨウシアはほっといていいから、クオラ、続けて」

「……うん」


 ヨウシアの顔をのぞき込んだコスフィがそう言うので、わたしは匙でまだちょっと熱いおかゆを軽くかき混ぜながら続ける。


「その日はカレーライスを作ってみようかと考えているの。上手にできるかはわからないけれど、量だけは作るつもりだから、みんなも一緒にどうかなって」


『上手にできるかはわからないけれど』とは一応言ってみたけれど、わたしならきっと、シェフもびっくりの美味しいカレーライスを作れるのだろう。なにせ、この前つくった卵のサンドイッチは神がかり的においしかったのだから。よろしくね、と斜め後ろを見上げた時のマトの顔はやっぱり、腹が立つほど整っていた。


 朝食が終わったなら、出勤しなければいけない。今日のお仕事はなんだろう。サバクたちに食器を片付けてもらい、帰ってくるのを待ったら、出勤だ。


 バスもあるけれど、寮からそれぞれの庁舎は歩いてそうはかかる距離じゃない。散歩を兼ねて、わたし達は歩くことにしている。


 日中はまだまだ暑いけれど、そろそろ空気が違う。秋になってきたな、と見上げた街路樹はまだまだ緑が濃いのに、太陽の角度のせいかどことなく、秋めいて見えた。あと一月もすれば、枯れ葉が舞ったりするのだろう。


 今日も午前中は舞のお稽古の手伝いだった。華やかな衣装に、舞は優雅。見学が主になるので、これがお仕事でいいのかと思ってしまう。まだ楽隊とは合わせていないけれど、音楽があればどれだけ素敵になるのだろう。


 昼休憩を挟んで、午後の仕事は祭り会場となる市街地の見回りだ。


 気が早いともう、祭りの山車を観覧するための場所取りが始まっているらしい。さすがに地域住人にとって迷惑な行為なので、撤去することになっているのだ。


 わたしは指導官のヤニカ、ホルガーと市内を見回ることになった。ホルガーはキシガでは一学年上の先輩で、コスフィが護衛についていない時間帯に、ヨウシアの護衛をしている、気さくな雰囲気の男性だ。


 ちなみにヨウシアのほうは職場の先輩であるハルステン、コスフィが一緒に回るそうだ。


「じゃあ、クオラさん、これ持っていてくれるかしら」


 歩いてすぐ、道にビニールテープで四角い縁取りと、名前が記されている場所があった。何かの届け出のあるものでないことを書類で確認して、撤去する。撤去のあと、『場所取りは前日からのみ』といった内容の紙を、白い猫の姿をしたヤニカのサバク、シーラが術でぺたりと貼る。


「この紙は、祭りが始まるまでは損傷しないし、終われば自動的に消えるように設定されているの」

「便利ですね」


 すごい、とわたしは手の中の同じ紙を見る。どう見ても、普通の紙で、魔力のようなものは感じられない。


「言い方が悪かったわ。貼るときに、サバクがそう設定するのよ」


 にこり、と笑ったヤニカさんの肩に駆け上がったシーラはすごいだろう、と言わんばかりの表情をしていた。ふわっとしっぽが揺れて、ヤニカの頬をくすぐっている。


「シーラ、すごいのね」


 わたしにも、……わたしとマトでも、できることなのだろうか。


 ちらりとわたしはマトを振り返る。


 うん。


 顔がいい。


 その顔は、きっとそのくらい簡単にできるとか考えているんだろうな。


 人間人間しているマトより、肩のり白猫に肩のり小猿のほうがどれだけかわいげがあることか。小猿のカウコはホルガーのサバクだ。


 ……ペンギンさんとそろそろ戯れたい。ペンギンさん分が足りない。わたしにもかわいいサバクが欲しい。


 ここにマトはいても、ペンギンさんはいないので、ペンギンさん分を補充なんてできない。わたしはなでていいかと許可を取ってから、シーラをひとなでだけさせてもらった。


 見回りは続く。


「今度はクオラさん、やってみて」


 しばらく行くと、やはり同じような場所取り済みのエリアがあった。ビニールテープを撤去したら、今度はわたし達が張り紙をするようにと用紙を渡された。


「マト、できる?」

「もちろんです」


 爽やかに微笑んだマトは、かがむことはせず、ぴらりと紙を宙に舞わせた。ふわりと地面に着地しただけのように見えたのに、もうきちんとくっついているみたいだ。


 マトは、すごいことをしたの、かな? 二人の反応的にはそうでもない?


 キシガの授業で知ったことだけれど、サバクが術を使うとき、サモチは集中して雑念を払うだとか、魔力を練るだとか、二人で息を合わせるだとかが必要になるものらしい。でも、マトが術を行使するときは拝受契約だからか、マト自身がすごいのかわからないけれど、そういったものが一切必要ないのだ。


 このままでは来年以降、苦労するのでは? とちょっと不安だ。マトに言わせれば、ヘリヤはマトを遙かに上回る存在らしいので、そんな心配なんてしなくていいらしいけれど。


 さも、『いかがでしょう』と言わんばかりのマトに、わたしはきっと、微妙な表情をしてしまっていたのだろう。


 ぷはっとホルガーが吹き出すように笑って、わたしの頭をポンポンと軽く叩いてきた。痛くはないけれど、何をするんだ、と睨みたくなる。


「クオラさんはかわいいな」

「なっ」


 何をいきなり?


「でしょう? かわいい後輩だもの。優しくしてあげないとね」


 同じように笑ったヤニカがふいに手を伸ばしてきたので、わたしはとっさに一歩、あとずさろう……として、地面の段差につまずいてしまった。


 あ。転ぶ。


「あっ!」

「うわっ!?」


 空が見えた。


 高くて青くて、ペンギンさんがおよぐ海はこんな青さなのだろうか、ととっさに思考は逸れていく。


 痛いことが起きる。わたしは頭の中を海の青さで染めながらも、体を硬くした。なのに、どれだけ待っても痛いことは起きなくて、わたしはつむっていた目を開いた。


「大丈夫ですか?」


 わたしは、直前まで目の前にいたマトに背後から抱きかかえられるようにして支えられていたようだ。正面ではわたしの手をつかもうとしてくれていたらしいヤニカと、ホルガーがいる。


「……うん……マト、ありがとう」

「いえ」

「驚かせてしまってごめんなさいね」


 申し訳なさそうな顔のヤニカにも手伝ってもらって、わたしはしっかりと立たせてもらう。


「いえ、そんなことないです」


 たぶん、わたし以外の人は、こんなことでは転んだりはしないっていうことくらい、わたしが一番知っているのだ。


 でも、派手に転んでしまったことで、ヤニカにもホルガーにも心配をかけてしまったようだ。とても、申し訳ない。


「優秀なサバクがいてくれて助かったわ。マト、ありがとう」

「クオラ様をお守りするのが私の仕事ですから」

「すまなかったな、俺は間に合わなかった」

「いえ、クオラ様を気にかけていただけるのは助かります」


 完璧な執事モードじゃない時だったら、わたしを受け止めたのはペンギンさんだったのかな……。


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