20.ペンギンさんが働いている間、マトはゴロゴロしています
「ただいま」
寮に帰ると、今日もペンギンさんがドアを開けてくれる。かわいい。本当にかわいい。きゅんときた。マトが持ってくれていたバッグをペンギンさんの一体が受け取り、運んでいく。かわいい。わたしは上着をペンギンさんの他の一体に渡すと、運んでいってくれる。かわいい。マトも、上着をペンギンさんに預けていた。
わたしは自室で気楽な部屋着に着替える。脱いだ制服はベッドに投げておく。
わたしが自室を出ると、入れ替わりにペンギンさんが二体、部屋の中に入っていった。彼らはわたしが脱いだ制服にブラシをかけ、ハンガーにかけてくれる。ああもう、本当に、なんてかわいいんだろう、とにやにやしながら、わたしはリビングのソファーにぼすっと身を投げ出した。
「お帰りぃ、クオラ」
ローテーブルの上、鏡の中から、ヘリヤが声をかけてくれる。
「ただいま、ヘリヤ」
「あー、クオラ、お前、手洗いとうがいしてないだろ、してこい」
そんなマトは、着替えもしないでソファーに寝転がっている。なんであの服は皺にならないんだろう。
「マトは?したの?」
マトは、一体のペンギンさんを指さす。指さされたペンギンさんは立ち止まり、首を傾げて振り返った。まぁかわいい。その手にはあって、トレイの上にはおしぼりとカップが乗せられている。
「お前は俺よりも虚弱だろうから、真面目に手洗いうがいまでしてこい」
めんどくさ……と思ったけれど、仕方ない。手洗いうがいまで済ませてしまって、再びわたしはソファーに転がった。
夕食は、二人でいただく。
ペンギンさんたちが配膳してくれたものは、なんだか普通よりもちょっと美味しく感じるような気がしなくもない。
「今日は、どうだったの?」
ヘリヤとも一緒に食卓につければいいのに。
「やっぱり、キシガよりも、祭祀庁のほうが空気が重くなくって楽な気がするの。でも、エクェィリと一緒にいられるのはキシガなんだよね……」
今日の夕食は筑前煮、焼き魚、キノコの入ったお味噌汁に、切り干し大根、ごはんとお漬物。焼き魚の身を、ペンギンさんがほぐしてくれたのでわたしは楽々食べられる。
シュプレ、元気かな。会いたいな。
唐突に、キシガに来られなかった親友を思い出してしまってちょっと、ため息が出てしまった。後で手紙を書こう。
「あたしもキシガについて行ってあげられたらいいんだけどねぇ。マトぉ?ちゃんとクオラを守ってよねぇ?あたしの大切な人間なんだからぁ」
「あぁ、わかってる」
「それなら携帯用に抱きペンギンさんをくだ」
「駄目だ」
「癒やしのむちむちペンギンさん……」
ぶはっとヘリヤが笑い、マトがため息をつく。憂いをおびたお顔がなんともとってもすごくいい。
こうして毎日おねだりすれば、きっといつかはわたし専用、むちむちペンギンさんを常に抱っこさせてもらえる輝かしい未来が訪れることだろう。ペンギンさんはマトの文体だとはわかっている。もしかして、もしかするとわたしは常にこの、やたらと顔のいい男を抱きしめて歩くことになるのかもしれないけれど、そんなことよりペンギンさんとのふれあいがわたしには必要な気がするのだ、多分。
マトの分体であっても、ペンギンさんはペンギンさんなのである。
「今日はね、秋の大祭の演舞の見学と、それ関連の書類仕事のお手伝いをしたの。演舞、とても素敵だった」
実は、わたしは秋の大祭を見に行ったことがない。
聞けば、友人たちのほとんどは見たことがあったり、遊びに行ったことがあるらしい。けれど、わたしはその日、家から出してもらえたことがない。
なぜか毎年、祭りの前日くらいから熱が出て、寝込んでしまうらしいのだ。
だから、今年は楽しみで仕方がないというのに、今年は演舞を練習とはいえかなり間近に見られている。このまま今年は大祭の街の賑わいも見てみたい。
「俺がずっと側にいるし、来年からはヘリヤもいる。今年こそは祭りを見られるといいな」
「……うん」
お味噌汁のお椀に口をつける。美味しい。
お椀をお茶碗に持ち替え、お魚をひとくち口に入れた。塩加減がとてもよい。
「やっぱり、キシガに行った日よりも、実習の日はよく食べるわねぇ……」
「遅くまで働かされているし、な」
うーん、とわたしは二人のメージャの顔を順番に見た。
「キシガはなんか、空気が重いんだよね」
なんでわたし、ヘイプたちと仲良くなれないんだろう。先輩方が挨拶に来てくれたり、そんなに知った関係ではない生徒から食事に誘われたりするのも面倒くさいし、勉強を教えてくださる先輩方には感謝しているけれど、何をするでもなくただわたしとの顔つなぎのためだけに来る人間がたくさんいるのはとても、迷惑だ。
それでも、少しはあの空気にも慣れてきてはいるつもりなのだけれども。
後数年もすれば、こういうことが日常になってしまうのだろうか。あまりにも、自分が軽く扱われているような気がしてならない。
ううん、こういうことはきっと今だけだ。キシガを出れば、リボンの色も枚数も変わる。こんなことは減るのではないかと思いたい。
わたしの今のリボンは山吹色。紫から始まる階級の、上から七番目の色だ。
キシガ卒業までには成績と、祭祀庁での実績を上げて一つ上の桃色か、赤色のリボンをとってしまおう。マトとヘリヤがわたしのそばにいてさえくれれば、できないはなしではきっとはないだろう。
わたしの山吹色よりも一つ下の黄色と、さらにその下である白色のリボンが多い先輩方も、黒や灰色リボンが多い同級生たちだって、キシガを出れば、きっとわたしを馬鹿にしたりなんてできなくなる。
あれ、白に黒い縁取りリボンに青の細リボンのヘイプと、山吹色に薄紫の細リボンのわたしで、もうこの関係性だとすると、ヘイプと仲良くなることは不可能だったりする?
そういうことばかり考えていると、どうしても第一イボウの朝には気が重くなる。
別に、ちやほやなんてされなくていい。わたしを見て睨んできたり、チラチラとわたしを見ながらクスクス笑ったり、こそこそと何かを話したり、変な笑顔で、見下してくるような目線で話しかけて来られるのが、不快で仕方ないのだ。
しばらく黙々と夕食を食べる時間が続いてしまう。そうだ、とマトがふいにつぶやいた。なので、わたしは食事の手を止めた。
「ゼロのイボウに料理を作って、そいつを次の日、友人にでも振る舞ってみるのはどうだ?」
「……お料理?」
わたしは箸を置く。もちろんお茶碗もだ。
びっくりするくらい整ったお顔の二人が、どうだ?といたずらっぽく笑っている。
それは、きっと、すごく楽しいに違いない。
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