18.いちご柄よりペンギンさん柄のほうが好みです

 午後もひたすら郵便物と格闘だ。

 仕分けても、仕分けても、新しい郵便物が届いてしまうせいで、まるで減っている気がしない。さながら大波と戦っているような気分だ。


 こんなにたくさん未処理の箱が積み上がってしまっていると、この祭祀庁の事務仕事がどの程度滞っているのかが心配になってくる。


 そろそろ夕方というころ、白猫が可愛らしい声でにゃ、と鳴いた。


「なに?」


 郵便物を仕分ける手を止めないまま、ヤニカが棚の上にいた白猫に声をかける。


「ヘリヤ、王子様の帰宅時間よ」


 しゃべった!


 白猫が話したことに衝撃を受けて、わたしは少しの間だけ固まってしまった。

 ううん、メージャなんだから、話したっておかしくないんだった。たまたま、家のメージャたちがみんな人間に近い姿をしていたし、白猫があんまり白猫だから、白猫だと思い込んでしまっていたらしい。


 動物型のメージャには、主のサモチとしか会話できないもの、誰とでも普通に話せるもの、動物型だけれど人間並の大きさがあり、人間のような言動をするものがいる。


 例えばエクェィリのサバクは、主のサモチであるエクェィリとしか会話ができないメージャだ。ただ、さすがにメージャ同士であれば会話が成立するそうなので、サバクとして活動することに支障はないようだ。


 キシガが始まって、校舎内で見かけるサバクたちには動物型が多い気がする。

 なんでわたしはペンギンさんの形をしたペンギンさんと一緒にいられないのだろう。……ずいぶんと整った顔立ちではあるけど。


 動物型をしていても、人間とさほどかわらない大きさがあり、普通に誰とでも会話のできるメージャの代表はヴィッレだろうか。彼は見た目だけなら大きなカワウソだけれど、二足歩行が基本だし、服も着ている。


 ずっと黙っていたから、ヤニカの白猫も話せないメージャかと思っていた。


 壁にかかっている時計を見ると、もう夕方の五時。この部屋は窓が小さいので、日射しなどからは判断がつかなかった。


「郵便でーす」

「お疲れ様です」


 時間ぴったりに、新しい郵便物の入った箱がまた届いた。配達人は毎回違うけれど、今回はクラスメイトの男の子だった。彼がニコッと笑って手を振ってくれたので、わたしも同じしぐさを返しておく。


「ありがとう」


 重そうな箱を受け取ったヨウシアが片手で手早く机の上を片付けて、ヴィッレとマトが前の分をいそいで箱にしまっていく。コスフィがヨウシアを手伝い、二人で届いたばかりの箱をひっくり返す。わたしは到着時刻のラベルを記入する。


「ヨウシア殿下は護衛の都合上、この時間までの就業になります。クオラさんはまだもう少し、わたしたちと頑張って貰うから、よろしくね」


 ヤニカがそう言ったので、赤色の郵便物を集め始めていたヨウシアは手を止めた。とてもゆっくりとした動きで、わたしとヤニカを交互に見る。


「……えっと……僕、クオラと一緒に帰れないの?」

「ヨウシア、お前はこれから政務庁で八時まで仕事だ。お疲れ様でした」

「お疲れ様」

「お疲れ」

「えっ待ってよコスフィ」

「いや引き継ぎがあるんだ、待ってられない」

「クオラ! また明日!」


 コスフィに襟首を捕まれるような感じでヨウシアはあわただしく帰っていき、わたしだけが残された。ううん、もちろんマトもいる。


「これ、お願い」

「はい」


 紫と、置かれていったままの赤の封筒をヤニカから受け取り、わたしは郵便室を出る。キシガ生徒なのに八時まで働かないといけないなんて、ヨウシアとコスフィは大変だ。


 言われた通りに郵便物を事務室で配り終え、戻ってみると、ヤニカの他に三人の女性と、そのサバクらしいメージャたちがいた。


「クオラさんお疲れ様。次の郵便が来るまで、ちょっと、お茶にしよう?」


 二人が机に布を広げてテーブルクロスにし、二人がお茶の準備をしている。サバクたちは休んだり、手伝ったりと様々だ。


「えっ……と?」

「ほらほら座って座って」

「いえ、俺はサバクですから後ろで待機を」

「いいから座って」


 ヤニカに誘導され、わたしとマトは椅子に座らされる。折りたたみのパイプ椅子からぎっと小さな音がした。


「紅茶で良かった? コーヒーのほうが好み?」


 背の高い女性から、ミルクティーが差し出される。これは受けとるしかないのだろう。カップはかわいらしい、黄色地に草花の模様の入ったもので、どこの窯のものかはわからないがおそらく、それなりの品物だ。


「お菓子はどんなのが好みかしら? そろそろお腹も空いてきたよね? 好きなものを好きなだけ、食べていいのよ」


 ふんわりとした雰囲気の、ちょうどお菓子の乗った皿を並べていた一人が微笑みかけてくれる。皿は有名な窯元のものではなかろうか。白さが際立つ焼き物は、やはりかなりの逸品だと思われる。

 お皿に敷いてあった若草色の紙ナプキンにはイチゴの絵が描かれていて、その上に数種類のお菓子が綺麗に並べられていた。


「山吹に薄紫の細リボン持ちを、こうやっていじめられるのは今だけだもの。クオラ、覚悟してね?」


 最後の一人が片眉を持ち上げて、お茶目っぽく笑いかけてくる。どんな風にいじめられてしまうのか、不安だ。

 さすがにこういう場での『いじめる』はなにかネタにするだとか、深くあれこれ聞いてくるだとか、ちょっとしたおふざけの範疇だろう。そうであってほしい。そんなにひどいことにならなければいい、とわたしは頑張って微笑んだ。


 わたしは横目で、並べられたお菓子をチェックする。

 先ほどまで郵便物を広げていた机はそこそこ大きい。その上に、濃いピンクと薄いピンクを組み合わせた模様のテーブルクロスが広げられている。

 茶器や、お菓子も全体的にかわいらしさを重視したものが選ばれているようだ。きっと、この中の誰かの趣味なのだろうとわたしは納得して、小さくうなずいた。


 ……でも、お菓子をいただくにしても、できれば手を洗ってからにさせてくれないだろうか。


 あの、くるくるっと巻かれたラングドシャロールが食べたい。部屋の隅に置かれた包みから判断すると、モックモククのお菓子である可能性が高いのだ。あの、甘くて、サクサクで、ふわっとバターの香るモックモククのラングドシャロール……。


「クオラ様。お手を」


 わたしの真横に座らせられていた、マトの顔がすごくいい。

 マトに手を持ち上げられ、どこからか取り出したらしい、おしぼりで拭いてもらう。


 準備がいい。


 どうせならペンギンさんにやってもらいたかった。でも、マトがおしぼりを折り返したときに、ちらりとペンギンさんのイラストが見えたから、ちょっとだけわたしの心は軽くなる。


「ね、これ見ようよ」


 先輩四人とそのサバクたちはもうお菓子を食べはじめていた。わたしもマトに綺麗にしてもらった手で、そっとラングドシャロールに手を伸ばす。顔の近くに持ってくれば甘い、砂糖とバターの香りがした。


 ヤニカが取り出したのは、けっこう厚みのあるファイルだ。


「ドレスのカタログ?」

「まぁ、いいじゃない。見ましょう」


 そうして、なぜかわたしも一緒にドレスのカタログを見ることになった。

 ヤニカが買う予定のドレスなのだろうか。ずいぶんと、かわいらしいデザインが多いようだ。


 わたしは手に持ったままだったラングドシャロールの端っこを口に入れる。

 おいしい。


「こんなのはどう?」

「あ、こっちも素敵」

「クオラさんはどんなドレスがお好み? いつか着るとしたら、どういうものがいいかしら?」


 広げられているのは結婚式用の、空色のドレスばかりが記載されているカタログだ。どれも素敵なのだけれども、どれもピンと来ない。


「わたしが着るとしたら、もっと……そうですね、できるだけシンプルな、氷河のような雰囲気の……」

「シンプル」

「氷河」

「もしかして、このカタログはかわいらし過ぎたのかしら? 確かにこういった雰囲気のドレスは、着る方を選んでしまうものね」

「……見るのは大好きです」


 ぱらり、とまたページがめくられる。細かなフリル、手の込んだ刺繍、ふんだんに使われたレース……でも、わたしの好みじゃない。

 これだけかわいらしいお茶会セットを用意した趣味と通じる何かを考えると、やはりこの中の誰かが着る予定のドレスを選んでいるのだろう。


「どなたが着る予定なんですか? ご本人のイメージがわからないと」


 そうね、とヤニカが首を傾げた。


「とってもかわいらしい人なのは、間違いないわ」

「それなら、かわいらしいドレスを着てもらいたくなっちゃいますね」


 お菓子をいただきながら、ああでもない、こうでもないと、ヤニカが選ばなくてはならないらしい、けれどヤニカが着るわけではない、どこかの誰かよくわからない人の婚礼用のドレスについてわたしたちはいつの間にか盛り上がって話をすることができた。


 休憩を終わりにし、テーブル上のお茶セットも片付けたころ、その日最後の郵便物を入れた箱が到着した。今度の配達人は知らない人だ。ヤニカはそれを郵便室の出入り口近くに置いてもらっていた。


 すると、先ほどまで事務室で仕事をしていた職員の方々がわらわらとやって来る。今届いた箱だけでなく、処理しきれずに積み上がっていた箱を事務室に運んでいった。


 職員総出で箱を全て空にしてやっと、祭祀庁ではその日の仕事が終わるらしい。

 区分けの終わった郵便物の処理は、翌日にするそうだ。


 翌朝はキシガに寄らずに直接祭祀庁に向かうことになる。


 マトとヴィッレに話し合ってもらい、わたしとヨウシアは、コスフィとエクェィリも合わせた四人で翌朝の朝食をとることにした。


 きっと社交だとか、世間体だとか、そういう観点からすれば、わたしとヨウシアの二人だけでの朝食が望ましいのだろう。


 パリキシガまではなんの気負いもなく二人きりでいられたのに、なんだか『社交の一環』だなんていわれてしまった後では、二人きりでの朝食は気が重い。四人でいられることに、わたしはほっとしてしまっていた。


 寮の食堂にはもちろん個室もある。わたし達は、そのうちのひとつを利用することにした。


 通された個室は狭くもなく、広くもない。


 クリーム色っぽい、高めの天井からは金と銀、クリスタルのような素材でできているらしい、まるでしとしとと降り注ぐ春の雨を表現したような照明が柔らかく輝いていた。

 窓はあまり大きくないものが足下にあるだけで、そこからヒガンバナの咲くちょっとした植え込み、壺だとか、鉢のようなものが見えている。

 壁は竹を編み込んだ装飾になっていて、落ち着いた色の、つやの美しい木の床。自然木らしい、ずいぶんと厚みのある天板のテーブルが部屋の中央にはあった。

 合わせる椅子は背もたれが高く、やはり貫禄のあるデザインだけれども、そこまでの重々しさはないようだ。


 その席で、わたしはエクェィリにリボンを渡しておく。


「え? ヨウシアだけじゃ、なくて、クオラも、昨日、はそんなに遅くまで、働いて、いたの?」


 昨日、わたしが寮の自室に帰宅したのは夜の八時くらいだった。

 初仕事で疲れきったわたしは、マトにペンギンさんによる接待を要求した。ヘリヤにたくさん優しい言葉をかけてもらいながら、ペンギンさんを抱きしめながら、ペンギンさんに介助してもらいながら、マトにものすごく嫌そうな顔をされながら、夕食を取った。


 お風呂までは手伝うつもりはないと言われたので、そこだけはペンギンさんを諦めてひとりで入浴し、髪の毛をペンギンさんに整えてもらって、ペンギンさんに添い寝してもらい、すぐに就寝した。


「じゃあ、コスフィ、も?」


 エクェィリは朝食のクロワッサンを一口サイズにちぎりながら、首を傾げてコスフィのほうを向く。

 コスフィはわたしやエクェィリの、軽く三倍はありそうな食事をパクパクと食べながら首を振る。


「いや、俺はすぐに他の護衛官と交代したから。三十分かそこらは多く働いていたかもしれないけど、ほとんどエクェィリと変わらないよ。昨日は五時少しくらいには自室に戻ってた」


 そんなわたしたちが囲むテーブルの中央には、昨日ヤニカから受け取った宿題という名前の紙束が置いてある。表紙には大きく『祭祀庁』とあって、部数は二部。わたしと、ヨウシアの分だ。


「これ……大変だな」


 コスフィは食事の手を止めないまま、パラパラと中身を軽く見ている。


「お休み、も、わたしたちより、一日、少ないんでしょ?」


 はぁ、と大きく息を吐いたのはヨウシアだ。疲れが残っているような顔をしているので、ヨウシアにとってヴィッレは癒し枠にならないのかもしれない。わたしは癒やしのペンギンさんたちのおかげですこぶる回復している。ペンギンさんはすごいのだ。


「コスフィ頼む、この宿題を解くの、手伝って欲しいんだ」


 宿題の提出期限は、次のイボウ。あと六日はあるけれど、キシガにだって宿題はある。二日しかない休日のうち、一日はこれに使うしかなさそうだ。


「……そうだな。キシガの予習にもなりそうだし。エクェィリにも手伝ってもらおうかな」

「……ぅぇあっ!?わたしもっ!?」

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