17.お茶を飲むならペンギンさんのカップで

 長官の部屋を出たら、祭祀庁の職員が勢揃いしていた。

 そこで、わたしとヨウシアは簡単に自己紹介をする。歓迎の花束と、ボールペンが入っているという小箱を受け取った。


「まず、調合室でしたよね」


 机と、ロッカー室の場所を案内してもらってから、調合室に向かう。


 調合室はあまり大きな部屋ではなかった。カーテンが引いてあり、なんとなくほこりっぽさがある。あまり使われていなさそうな素材用収納棚、器材の戸棚のガラスは曇っている。


 それでも調合室は調合室だ。

 すぐにマトとイーヴァリにリボンを染めてもらう。染まったリボンを何本か切り取り、魔力で記名をしてからヨウシアに預けた。同じように記名の入ったリボンをヨウシアから受け取って、わたしとコスフィはバッジに結びつける。


「友達ですってわざわざ主張するの、ちょっと恥ずかしいね」


 わたしは薄紫のリボンを撫でた。つるりとした素材で、手触りがとてもいい。


「そう? 僕は嬉しいよ」

「今までは一緒にいるだけで周囲から友人関係だと思って貰えてたけど、これからはそうもいかなくなるからな」


 コスフィも自分のリボンをなでつけるように触れていた。


「リボンが出来たのなら、仕事に取りかかりましょう」


 次に向かったのは、たくさんの棚、机、そして大量の箱が積まれた部屋だった。


「ここは、郵便室です。今日はここでの作業になります」


 ヤニカがにっこりと微笑む。


「護衛と、そのサバクまで人間型だなんて、ついてるわ」


 郵便室にはだいたい一時間に一回、郵便局からの配達箱が届くそうだ。ヤニカは引き出しからラベルを取り出して、見せてくれる。


「箱が届いたらまず、ここに到着日時を記入します。書いたラベルは箱のここの部分に入れてください」


 それから、ヤニカはだぱっと箱の中身を大きな机にひっくり返した。郵便物が雪崩のように机の上に広がる。


「最初に紫と、赤の封筒だけを抜きます」


 ヤニカは手早く紫と赤の封筒を抜き取っていく。残りは箱に戻して蓋をして、脇に積んである箱に重ねてしまう。どすっと低めの音がした。この仕事には腕力が必要そうだから、わたしがやらなければいけないときはマトにお願いしよう。


「この紫の封筒は、長官用。赤は急ぎの用事ってことになります」


 紫の封筒を一旦置いて、ヤニカは赤い封筒を片手に棚に向かう。


 ずらりと並んだ棚は、区分けされるようになっていて、それぞれには名前が表示してある。


「赤の封筒と、紫の封筒は、届き次第本人の机に置いてあげることになっているの。ついでだから、この棚の郵便物もそのときに運んであげてね」


 カゴに、いくつかの郵便物をひょいと入れて、ヤニカは郵便室を出た。


「着いてきて」


 ヤニカについて職員室のような部屋、事務室に入る。事務室はまた閑散としていて、何人かだけが席で仕事をしていた。

 ヤニカはわたしたちに向かって、戸口の近くのボードを示す。


「席はここに表示されているから、これを見るといいでしょう。椅子にも名前があるので確認してくださいね」


 赤い封筒と一緒に普通の郵便物も持って行く。席を外しているところらしい、事務用品の並んでいる机にヤニカは郵便物を置いた。


「基本的には各自、郵便室を覗いて自分宛の郵便を取りに来ることになっていますが、あまり棚に郵便が溜まっている時もこのように届けてあげてください」


 紫色の封筒は長官室の前に置くところが用意されてあった。来客中だったり、会議中のことがあるということで、部屋の中に置いていったりはしないようだ。


 また郵便室に戻る。


「箱に記載してある、到着日時の古い順番から手をつけていってください。作業は宛名を見て、棚に入れていくだけです。さぁ、取りかかりましょう」


 そこから手分けして、黙々と作業した。時々、差し出す用の郵便物を置くために人が来て、自分のものであろう、棚の郵便物を持ち去って行く。


「郵便です」

「お疲れ様です」


 ひとつ目の箱の中身が片付かないうちに、次のものが届いてしまった。すぐに今手をつけていたほうの手紙を一旦しまい、先程言われた通りラベルをつけ、紫と赤の封筒を処理していく。


「……これは、明らかに人手が足りていないんじゃないですか」


 しばらくたって、ヨウシアがそう嘆いた。


「うーん、そうなんだけど、ここに来られる人は少ないのよね」


 わたしたちなんかより、ヤニカの作業は早い。見れば、白猫さんも手伝ってくれていた。もちろん、マトも手伝ってくれている。


 もしかして、あのペンギンさんの大量投入があればすぐに終わるのではないだろうか?


 そう思ったけど、今は言わない。やらないのは、何か理由があるのだろう。


 時々、ふらりと現れては手伝ってくれる人もいるけれど、四人とそのサバクの作業が黙々と続く。


「新人さん? よろしく」

「かわいいね、休憩時間、一緒にどう?」


 そういう声をかけられるのも一度や二度ではなくなった頃、昼休憩の時間になった。


「休憩時間です。祭祀庁の食堂に行くのと、外に食べに行くのと、どちらにしますか?」


 そう言われてわたしは戸惑う。食堂があのるなら、なぜ外に行く必要があるのだろう。


「祭祀庁の食堂はあまり大きくないんです。おいしいことは間違いなくおいしいんですが、狭いし汚いしで、あまり階級の高い方々は近寄らないんですよ」


 ヤニカはそう説明してくれた。


「それなら、机までサバクに運ばせればいいんじゃないのかな?」


 ヨウシアが首を傾げる。コスフィも、同じ顔でうなずいた。それに、ヤニカは苦笑する。


「ここのコックのサバクが、持ち出しを禁止しているんです。そのせいで食堂からの料理の持ち出しができないんですよ」


 とりあえず、一回くらいはということで、今日は食堂に向かうことにした。あまりに不快であれば、明日からは外に行けば良いのだし、頼めば寮でお弁当も作ってくれるに違いない。


 事務室を覗いたら、何人かはお弁当を広げていた。


 ……おにぎりくらいなら、わたしにも作れないだろうか。

 この前のサンドイッチのように、マトに手伝ってもらえたら、わたしの天才的なお料理スキルで完璧なお弁当を作れるに違いない。


 向かった食堂は、確か少々古びているように見えた。見れば、どうも他官庁から訪れているらしい者たちもいる。


「そんなに汚いとは思わないけど」


 でも、ヨウシアとコスフィはどうだろう。そう思って二人を見れば、特に表情に変化がないので不快だとは思ってなさそうだ。


「うん、ちょっと古びて見え」


 不自然に言葉を切ったヨウシアの視線の先に、ちょっとベタついた綿ゴミがあるのを発見してしまった。


「……掃除が行き届いてないのは確かですね」


 ヤニカさんがポツリと呟く。


「ヨウシアに、リエティ様と二人も王族が利用する可能性があるだ。せめて清掃員の増員を頼もう」


 コスフィがそう言い、イーヴァリがさっと手を動かすと、綿ゴミ(ぎとぎと気味)はかき消えた。


 衛生面も気になって来たところだけれど、この混み具合だと、何よりの問題はわたしたちの席が確保できるかどうかのほうだろう。


 食堂を見回す限り、空席はほとんど見当たらない。

 あまり広くはない食堂で、ガヤガヤと皆が会話をしている。そちらに意識を取られて少し、気が遠くなるような感じがした。


 食券を選んだところで、わたしたちは係員に席へと案内される。こんなに混んでいたのに、すんなり案内されたことに少し驚いた。


 ここではサバクが運ぶのではなく、食堂の係員が席まで料理を運んでくれる形式のようだ。座席で食券を係員に渡し、座席で料理の到着を待つことになる。


 そして、本当に狭い。一応、サバクが背後に待機するだけのスペースはあるけれど、隣との距離がとても近い。


 音の波に翻弄され、また気分が一段階悪くなってしまった。そのとき、そっと優しく背中を撫でられる。

 マトが何か魔法を使ってくれたらしい。もう、食堂で音に酔うことはなかった。


 料理が届くのはとても早かった。


 けれど、やっぱり狭い。とにかく狭いのと人が多いせいで、とてもうるさく、会話がままならない。食事中、隣に座ったヨウシアと何回か肘が当たってしまった。


 ただ、お料理はとても美味しかった。


 ここで快適な食事をしたかったら、きしむテーブルを買い替えて、黒ずんだ壁を塗り直して、元が何色かわからない床を貼り直して、広さも欲しいから増築の必要もあるだろう。そして、毎日の掃除はとても重要だ。


 食事を終えて、食堂を出たところでわたしは小さく息を吐いた。ヤニカさんのほうは大きく息を吐いている。彼女はやはり、ここの食堂があまり好きでは無かったらしい。


「……明日は、外部の食堂に行きましょう」


 わたしはそう主張してみる。

 まだお昼を終えただけだというのに、休憩時間なのに、わたしはもう、ぐったりだ。

 休憩室という、サロンのような部屋でわたしはマトに差し出されたカップを受け取った。当然というか、愛らしいペンギンさんのイラストが描いてある、最近お気に入りのカップだ。


 香りだけでもなんだか元気が湧いてくる。疲れを取る効果のあるお茶なのだろう。マトの分体が部屋でこのお茶を入れて、魔法でどうにかして持ってきてくれたのだ。


 マトの分体といえば、ペンギンさんに違いない。……ということは、これは、ペンギンさんが入れてくれたお茶!


 俄然元気が出てきた。午後も張り切って仕事をできる気しかしない。頭の中で、もてもてとペンギンさんがわたしの台所を歩き回り、お茶をいれてくれる様子を想像したらどうしよう、わたしってばペンギンさんの愛くるしさにときめいてしまった。


 ときめきを隠してお茶をいただく。

 ヤニカ、ヨウシア、コスフィも、わたしと同じように、それぞれのサバクが出した飲み物を飲んでいる。


「そうね、久しぶりにここの食堂を利用してみたけれど、ちょっと疲れてしまったわ」


 ヤニカも苦笑するしかなさそうだった。


「ヤニカさんは普段、どこでお昼を食べていたんですか?」


 休憩室は食堂のすぐ近くで、かなり広い。パーテーションの陰にはなんと、仮眠スペースもあるそうだ。少し覗いてみたら、しっかり寝ている男性がいた。

 わたしの質問に、ヤニカはカップをテーブルに置く。


「わたしは毎日寮の自室に帰っていたわ。……だって、食堂はとても混むでしょう? 他官庁の友人と約束があれば、そちらで取ることもあるんですけど」


 少し忙しくなるけれど、わたしも明日からはそうしてしまおうか。そうすれば、マトと一緒に食事ができるし、ヘリヤにも会える。

 そんなことを考えていたら、ヨウシアがとんでもないことを言い始めた。


「え? 明日もみんなで一緒に食べようよ。僕はあの食堂、そんなに気にならなかったよ」

「ヨウシアは気にならなくても、クオラとヤニカさんにあの食堂は辛かったみたいじゃないか。一緒に食事を取るなら……」


 コスフィが少し、顎に手を当てて睫毛を伏せる。そういう仕草をすると、端正な顔がとても際立つ。コスフィは、同年代の中ではとても見た目、頭脳、体力、魔力、家柄と全てが優れたすごい男の子なのだ。教室だったら女の子たちは大変なことになっていただろう。


「いっそのこと、弁当を手配するか、ヨウシアの部屋で取ってしまえばどう……」

「畏れ多いのでわたしは別行動にさせていただくわね、」

「えっやだヤニカさんと明日も食べたい」


 畏れ多いと即座にヤニカは逃げようとした。

 わたしはそんなヤニカの服をはしっと捕まえる。なんとなく、ヤニカは素敵なお姉さんの空気をまとっている気がするのだ。仲良くさせていただきたい。


「じゃあ……明日は、お弁当を僕が手配するね。ここか、事務室でいただこうよ」


 ヨウシアがそんなわたしの腕をぽん、と軽く叩いた。


「……いいかな?」

「うん」


 すがるようなブルーグレーの瞳に見つめられて、わたしはヘリヤとマトとペンギンさんと過ごす素敵なお昼休憩を仕方なく諦めた。

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