13.一年に一体、ペンギンさんのぬいぐるみは増えていきます

 谷のウタグ、二十四日になれば寮への移動が可能になる。


 十八日にコスフィと再会したわたしは、十九日にヨウシアと、二十日にはエクェィリとも会うことができた。エクェィリもヨウシアも、まだ採取が終わっていなかったので、二十一日からはコスフィと一緒に、二人の採取の手伝いをしていた。

 別に、ここの場所で必死になって素材をかき集めなくても、授業を受けるためには市販のもので問題なく授業はこなしていけるものらしいけれど、全て購入した場合は、ものすごい金額になってしまうと聞かされている。だから、ヨウシアとエクェィリには採取を頑張ってもらうしかないし、手伝える範囲でわたしたちは手伝った。


 マトは採取のコツをみんなにも教えてくれたし、サモチとメージャを合わせて八人もいたのだから、短期間で二人分の素材を集めることは難しくない。最初からこうしていれば、とコスフィが嘆いていたけれど、本当になかなかお互い顔を合わせられなかったのだから、仕方ない。


 ウタグの最終日である三十一日にならなければ、このリゾート地から寮へと移動するための無料バスは出ないのだけれど、早めに引き上げる生徒は多い。素材の採取を終えたわたしたちも、移動許可が出た初日に寮へ移動することにした。


 移動手段は、コスフィの家が車を出してくれる。マトとイーヴァリは倉庫の魔法を使えるけれど、ヨウシアとエクェィリのサバクである、ヴィッレとアーダはまだ使えない。それなりの大きさの、バスのような車をわたしたちは使わせていただいた。


 入寮の手続きをして、わたしたちはそれぞれの部屋に移動した。


 ドアの鍵を開き、部屋に入る。

 玄関から、まっすぐ廊下が伸びていた。


「こっちは俺の部屋、こっちは物置だ」


 靴を脱いで廊下を歩き、すぐ右側にある扉はマトの部屋、左側にあるのが物置だ。ちょっと覗かせてもらったマトの部屋はベッドとクローゼット、ちょっとした棚くらいしかない、ほとんど装飾もないような、ずいぶんシンプルな部屋になっていた。


「部屋の中に『部屋』って変な感じだね」

「まぁ、そうだな」


 物置の部屋には既に、いろいろなものが詰め込まれている。ほとんどが箱づめだったり、棚に納められていた。集めてきた素材に、わたしの部屋に収まりきれないものはここに置かれることになる。


「ここはトイレで、こっちが風呂場。こっちは台所だ」

「……うわぁ」


 台所は、思っていたよりも狭かった。部屋というより、スペースといったほうがふさわしい広さだ。実家の厨房のように、十数人が同時に働くことは想定されていないのがよくわかる。一人か二人だけが調理することを想定した作りなのだろう。わたしとマトだけが作業するのであれば、十分な広さだとも言える。

 冷蔵庫があって、食器棚があって、オーブンがあって、引き出しと、換気扇と、つるりと平らな形をしたコンロはなんと、三つ口になっている。丸が三つあるのだから、きっとそうに違いないとわたしは判断した。


 とても、カッコいい。なんだかすごい料理を作れそうな気がする。ビーフストロガノフとか、スペアリブとか、鴨のコンフィチュールだとか、今夜にでも挑戦してみたい。


 引き出しには調理器具らしいものだとか、カトラリーだとかが入っている。冷蔵庫はまだ空っぽだった。


「うわぁ、うわぁ、うわぁ、うわぁ……っ! ね、マト、早速この前買った紅茶入れてみよう? ねぇ、えっと、お湯は……えっと、ヤカンはどこなのかな」


 引き出しのどこを開いても、ヤカンとやらが見当たらないのでわたしが困っていると、マトにポン、と肩を叩かれた。


「クオラ、ちょっと落ち着こうな。まずは自分の寝室を確認してこい」

「……はぁい」


 台所の次はリビングダイニング。大きな窓がある、広い空間だ。ソファもあるけれど、床でもくつろげるよう、厚みのしっかりとしたラグが敷いてある。ダイニングテーブルは八人くらいが使える大きさのものをヘリヤが選んだ。少し小さいような気もするけれど、二人で生活するのだから、きっと問題はないのだろう。


 リビングの隣にあるのが、わたしの寝室。


「……なんだここは」


 ここも窓が大きい、明るい部屋だ。

 ベランダは広めで、リビング側のベランダと繋がっている。ベランダの向こうには小さな公園があって、その向こうに他の棟が見える。

 床一面にはわたしの希望した通り、ふかふかの絨毯が敷き詰めてあった。

 わたしは早速、靴下を脱いで裸足になる。カーテンにはペンギンさんのもこもこした刺繍が入っていた。ベッドカバーは青で、雪の結晶が淡い感じにプリントしてある。実家で愛用していたペンギンさんのぬいぐるみもきちんとベッドには設置してあった。

 あとは机と、本棚。本棚にはもう、半分以上の本が納めてあった。背表紙をチラリと見る限り、参考書だとか、教科書がほとんどのようだ。


「ていっ」


 ぼすん、とダイブしたベッドのマットレスの硬さは理想的だ。このまま昼寝に入ってしまいたい。


「こんな部屋で、クオラはくつろげるのか?」

「理想的だよね?」

「……あまりにも、寒色にかたよりすぎてないか?」

「ペンギンさんのいるところみたいでしょ」

「ペンギンさんが多すぎないか?」

「……そうかな? お父さんに聞いたら、きっとそんなことないよって言ってくれると思うんだけど」


 ベッドの上でゴロンと転がって、わたしはマトを見上げる。マトは微妙にひきつったような、途方にくれているような顔をして部屋を見回していた。

 やがて、ピタリと一点で固まったマトの視線を辿ると、そこは床で、十四個のペンギンさんのぬいぐるみが置いてあった。その手には、わたしが脱いだばかりの靴下がもう、回収されている。


「ペンギンさんルーム、最高だと思うんだけど」


 どうせそのうち、ペンギンさんのぬいぐるみはまた増えるのだろうし。最高にかわいい。今後、リアルペンギンさんがこの部屋を歩いてくれたりするなんて、想像しただけでドキドキが止まらない。


「……誰がこの部屋を掃除することになると思ってるんだ」

「えへへへー。よろしくお願いいたします」


 はぁ、と大きくマトはため息をつく。軽く頭を振ったので、ひとつにまとめてある、マトの黒髪がしっぽのように揺れた。

 マトは気を取り直したように、クローゼットの前にかけてあった、制服を指差す。


「部屋の確認ができたんだから、こんどは制服だ。一応試着してみろ。その間に紅茶をいれてやる」

「あっ、待って!」


 わたしはあわてて起き上がった。ベッドを降りて、わたしの部屋を出ていこうとするマトを追いかける。


「お湯を沸かすっていうの、やってみたい!」

「……それがあなたの願いなら」


 お湯を沸かすのは、そんなに難しくなかった。

 お湯を沸かすのにはヤカンを使わないらしい。なんとポットに水を入れて、台に置くだけで良いというお手軽さだ。早く、あのコンロの前の操作盤を華麗に使いこなしてみたい。


 わたしが自分の寝室に戻ってから制服に着替え、またリビングに戻ると紅茶のよい香りがした。


「クオラ、よく似合ってる」

「ヘリヤ、出してもらえたんだね」


 テーブルの上にはヘリヤの鏡が置かれていて、ヘリヤが優しく笑いかけてくれる。

 そこに、マトがトレイに載せたティーセットを持ってきてくれた。


 わたしは制服がヘリヤとマトによく見えるように、くるりと一周回ってみせる。


「ヘリヤが、似合ってるって言ってくれたの。どう?」

「うん、似合ってるぅ!」

「まぁ、いいんじゃないか」


 二人にそう言ってもらえたので、わたしは満足して椅子に座る。


 テーブルに置かれたティーカップに、紅茶がゆっくり注がれる。ゆらゆら揺れる、透き通った赤みの強い液体が綺麗だ。香りのとても良いお茶で、とてもほっこりする。

 もちろんわたしが使うのは、買ったばかりのペンギンさんのイラストが小さく入ったティーカップ、マトは杯授契約のマグカップだ。


 マトは杯授契約のマグカップ経由で、わたしから魔力を吸い上げているらしい。わたしの感覚として、あまり魔力を吸い上げられている気はしない。これならば、紙根契約のときように、魔力を急激に吸い上げられていく時の恐怖を感じなくて済むし、そもそも体への負担も少ないようなので、ありがたい。


「そろそろ夕食の時間か……買い物に行って、今日はついでに外で食べてくるか」


 マトが、窓の外を見ながらポツリとこぼした。わたしはうっかり、ガチャリと音を立ててティーカップを置いてしまう。


「作らないの!?」

「クオラ、今日はもう、時間が遅いもん。そんな余裕、無いんじゃないかなぁ」


 壁に表示されている時間は夕方の六時だ。これから買い物に行って、それから調理するのに一時間やそこらでは済まないものなのか。

 お料理に関しては無知なので、がっかりしたけれど、大人しくマトの言うことを聞いておこう。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


「見てくる」


 マトが席を立ち、ヘリヤは鏡から姿を消す。

 玄関側から知り合いの声が聞こえた気がしたので、わたしは玄関のほうをちょっと覗いてみる。


「クオラ、もう制服を着てたんだ」

「ヨウシア。どうしたの?」


 玄関には、先ほど別れたばかりのヨウシアがいた。ヴィッレの姿は見えない。ヨウシアがサバクと一緒にいないのは、なぜだろう。部屋の片付けでもしているのだろうか。


「クオラ様、ヨウシア様が、晩餐を一緒にいかがかとおっしゃられております」


 マトの、室内くつろぎモードから、お外用素敵執事モードへの切り替えが早い。上品に佇むマトの顔がいい。


「晩餐なんて豪華なものじゃないよ。食堂にお願いして料理を作ってもらって、みんなで一緒にピザでも食べようって思ってさ。誘いに来たんだ」


 ヨウシアはにこにこと笑いながら、軽く手を振っている。こうして改めて見ると、マトはマトで、ヨウシアはヨウシアで、二人ともかなり顔が整っていたんだな、と思う。今ここに鏡が無くて良かった。


「どうかな? 俺の部屋に来ない?」


 わたしはマトを見上げる。マトに不服そうな気配がないので、わたしは今晩の夕食をヨウシアの部屋でとることに決めた。


 ヨウシアはこれから食堂に依頼するところだったらしく、一時間後に部屋を訪ねる約束をしてから、いったん玄関の扉を閉める。わたしがマトを見上げると、もう、マトはお家モードだった。切り替えが早い。


「マト、お買い物は、いいの?」

「ああ、明日、朝から行くことにする。友達との時間は大切だろ」

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