12.ペンギンの絵の入ったティーセットも購入しています

「このお茶、とても美味しい……」


 わたしが頼んだのは、生クリームとフルーツ、生花とハーブの葉が添えてあるパンケーキだ。ベリーのソースもかかっていて、とてもかわいいし、美味しそうに見える。わたしの中で、パンケーキに対する期待感はぐんぐん成長している。どきどきしてきた。


 パンケーキを食べる前にちょっと落ち着こうと、一緒に届いたお茶を一口飲んだわたしは、その紅茶のあまりのおいしさに感動してしまった。


「ええ、かなり美味しいですね」


 わたしと同じテーブルに座らせたマトにも、同じお茶を注文している。だって、わたしだけ飲み食いするのはとても気まずい。綺麗な色の紅茶から目を離すと、マトも紅茶を楽しんでいた。


「この茶葉は、販売もされているようですよ」


 カップを置いて、腕を伸ばしたマトは、テーブル隅に立ててあったメニュー表を取った。長い指がメニュー表を開き、後ろのほうのページを見せてくれる。このカフェに入る時にわたしは全く気づかなかったけれど、カフェのすぐ隣には店舗への入り口があって、ここで使われている茶葉や、茶器を販売していると書いてあった。


「お土産分のを買っちゃおうかな」


 自分でお茶を入れられたら、自分用にも買えるのだろうけれど、わたしはお茶をいれることが上手くない。潔く自宅用はあきらめて、ソディアへのお土産として購入することを考えよう。シュプレの分も買っておこうか。

 ソディアやシュプレであれば、実家に帰省した際や尋ねた時にきっと、美味しく入れたこの紅茶を飲ませてくれるに違いないだろうから。


「ご自身の分は、よろしいのですか? 紅茶でしたらいつでも俺が入れてさしあげますよ」


 首を傾げたマトに、わたしは目を見開いた。


「いいの?」


 当然だ、というように、マトはうなずいてくれる。メニュー表をスタンドに戻しつつ、頼もしい言葉をかけてくれる。


「寮の部屋には台所がありますからね。お安いご用です」

「やった!」


 わたしはうきうきしながらナイフとフォークを手に取った。一口サイズに切り分けたパンケーキに、生クリームを乗せる。パンケーキは普通に美味しかった。


 カフェを出てすぐ隣、プルメリアを横目に見つつ、少しの階段を降りた。茶葉を取り扱う店舗は半地下になっているようだった。カフェの下の階になるのなら、海が近いのかもしれない。


 カラン、とドアに取り付けられたベルが鳴る。


 正面に海が広がっていた。

 カフェと同じく、白を基調とした、マリンテイストの明るい店内だ。左右には棚があって、わたしの手のひらよりも少し大きいくらいの四角い缶がずらりと並んでいる。店舗中央の台には茶器が数種類並べてあった。

 店内には落ち着いた音楽が流れている。店員さんの姿は見えなかったけれど、わたしの他にもお客様がいるようだった。


「あ、クオラ」


 お客様は、コスフィだった。隣にいるサバクはやっぱり、どことなくアシカっぽい。アシカらしい特徴がはっきりわかるわけではないけれど、ほとんど黒目ばかりの目に、眉毛の目立たない辺りがそう感じさせるのかもしれない。


「紹介するよ。俺のサバクの、イーヴァリだ」

「初めまして、イーヴァリです」


 二人のところへ向かうと、イーヴァリが頭を下げてくれる。


「初めまして、イーヴァリ。コスフィ、わたしのサバクも紹介するね。マトっていうの」


 例えコスフィであっても、マトとの関係が鎖縛契約ではなく、杯授契約なのだとは絶対に明かせない。友達なのに嘘をつかなければいけないことが後ろめたくて、胸の奥がツキンと痛い。


 鎖縛契約のメージャを『サバク』と呼ぶのだから、マトはわたしの『サバク』などではなく、『ハイジュ』なのだ。


「マトと申します」


 マトは、恭しく頭を下げた。わたしの知る限り、大抵、人型のサバクはスーツ姿でいることが多い。なのにマトは燕尾服なんて着ているものだから、とてもそういう仕草が様になっている。

 もちろん、メイド服、着物、騎士服、ジャージ姿とサバクの着る衣装は多種多様に渡っているので、マトの格好がおかしいとはわたしは考えていない。それにとても似合っているし。


「……コボトリウの姉妹は二人とも、異性のサバクなんだな」


 コスフィの目付きが厳しくなったように見えたのは、わたしの見間違いだろうか? 一瞬後には、いつも通りの表情をしていた。


「ええ。そのようですね。俺は邪な意識など持たず、クオラ様に誠心誠意お仕えしようと考えております」


 外対応で愛想よく、にこにこ微笑むマトの顔がいい。


「マト、初日に我らを警護してくれたメージャは、もしかしてあなたではないか?」


 イーヴァリが、黒目がちの大きな目でじっとマトを見る。イーヴァリも、サミやイルヤナ、ベルサのように非常に整った、作り物めいた容姿をしていた。マトの、どこからどう見ても、人間にしか見えないのに、柔らかく整った顔つきとはやはり、何かが違う。


「ええ、クオラ様がご友人の安否をご心配されていたので、初日のみ分体を飛ばしておりました」

「ありがとう、とても心強かった。あなたのお陰で俺はコスフィを今日まで守りきれたような気がする」

「いいえ、大したことではありません」


 そういえば、そんなこともあったな、とわたしは思っていたけれど、コスフィは知らない話だったのだろう、ちょっと驚いていた。


「お客様、準備ができました」


 右側の商品棚の奥、扉になっていたところから店員さんが出てきて、こちらに向かって丁寧なお辞儀をしてくれた。


「ああ。今行くよ。ねぇ、クオラ、これから俺、新作の魔力を回復する茶の試飲をするんだ。良かったら一緒にどう?」


 わたしは一応、マトのほうを確認する。採取のスケジュールはマトが計算し尽くしてくれた上に管理もしてくれているのだ。行くか行かないかを勝手に決めて、スケジュールが狂ったとかあとで文句を言われたくない。幸いなことに、マトはどうぞ、という風にうなずいてくれた。


「お言葉に甘えさせてもらいたいな」

「構わないだろうか」


わたしがそう答えると、コスフィは店員さんに確認をとってくれた。


「ええ、もちろんでございます」


 店員さんはにこりと笑って、わたしたちを奥の部屋に案内してくれる。


 その部屋にも四角い缶がズラリと並んでいるのが目に入った。さすがに先程の部屋程の種類はないらしい。


「この店はさ、上の姉さんが出資をしているらしいんだ。それなのに店の商品が欲しいなら、店に行って客になれ! て言われちゃってさ」


 歩きながら、小さい声でコスフィが教えてくれる。


「まだ開店してそんなに経ってないし、店舗もここしかないらしいしで、ずっと気になってたんだよ」


 案内された奥の部屋には、バーカウンターのようなものが設置されていた。わたしたちは少し背の高い椅子に腰かける。マトとイーヴァリはわたしたちの後ろに立った。


 店員さんはまず、大きめの壺をわたしたちの前に設置した。


「お口に含まれたお茶は、どうぞ飲み込まず、こちらに吐き出してくださいね」


 壺の中にはちょっとだけお水が入っていた。ここに、吐き出せ、と……。


「まずは月シリーズでございます。『月ノ輪』、『月の宴』、『月の雫』でございます」


 あらかじめお茶は入れてあったのだろう。待たされることなく、普通のものよりずいぶんと小さな紙コップに入ったお茶がトン、トン、トン、と並べられる。微妙に色合いが違うけれど、どこか、黄色みが強い茶葉のようだ。


 わたしは顔をあげて、棚にある缶を探してみる。……もしかして、この部屋にある缶の全てが魔力を回復させる効果のある茶葉だったりするのだろうか。


「あの、わたし、さっき上の喫茶店でいただいた茶葉が頂きたくて……」

「まぁ、カフェのご利用、ありがとうございます。せっかくですので、いろいろお試しになりませんか?」

「はぁ……」


 わたしは右端から、紙コップに口をつけていく。

 どれも美味しいけれど、なんとなく、パッとしない。口に含んだものを吐き出す、という行為に抵抗があったけれど、お腹に入る量には限りがある。仕方なく、壺は利用させていただくことにした。


「俺は真ん中のが好きかな……?」

「わたしはどれがいいか、ちょっとわからないかも」

「それでは次に参りましょう。星座のシリーズから、『ケンタウルス』『ケフェウス』『アンドロメダ』でございます」


 また三つ、紙コップが並べられる。今度は赤みの強い色をしていた。


「あ、これ、好きかも」


 わたしは左側のカップを持ち上げた。コスフィはちょっと首を傾げている。


「どれも美味しいとは感じるけど、さっきのやつのほうが良かったかな……」

「かしこまりました。それでは次に参りましょう」


 何杯も、何杯も試飲の紙コップを出されて、だんだんどれが良いのかわからなくなってきたころ、店員さんはわたしとコスフィの前に、それぞれ五つの缶を並べた。また試飲用のカップも出してくれる。五つとも、本当にさっき味見したか記憶にないような、香りも味も優れたお茶だった。


 結局、わたしもコスフィも、勧められた茶葉と、他にお土産用の茶葉を購入することに決めた。時間をかけただけあって、充実感がある。気分によって茶葉を選べるのがとても素晴らしい。


「わたし、今日、初めてここに来て以来、自分以外の学生に会ったの」


 荷物は、マトもイーヴァリも、魔法でどこかにしまってくれている。


「じゃあクオラは、まだ『清浄な泉』に行ってないの?」

「コスフィは行ったの?」


 お店を出て、わたしは自分が宿泊しているホテルに向かって歩きはじめた。コスフィが止まっている施設はどこなのだろう。コスフィとわたしは今のところ、同じ方向に向かって一緒に歩いている。


「一回だけ。イーヴァリがさ、キシガの一年は市販の蒸留水でも問題ないっていうから、俺は他の採取をやってた。だって、あの泉、すげぇ混むんだ」

「そうなんだ。わたしはね、マトが水の採取は後回しにしろっていうから、今まで採取してたの。マト、そのうち水は汲みに行くんだよね?」


 わたしは後ろを振り返り、マトを見上げた。


「ええ、数日後に、採取の手順のみを確認に向かう予定でございます」

「へぇ、そういうやり方もあるんだ。じゃあ、クオラも採取はほとんど終わってる?」

「たぶん、だいたいは?」

「俺も。みんな、真面目に水を汲んでから採取してんのかな。実は俺も他の学生にはほとんど会えてなくてさ。クオラに会えてスゲーうれしい。ヨウシアが泊まってる場所の確認したいのにできてないし。あ、俺、自分のホテルに向かっちゃってるんだけどクオラ、ホテルどこ?」


 わたしはだんだんと見えてきた、白い外壁のホテルを指差した。


「あっちに見える建物の七階。コスフィは?」

「……なんで今まで顔を会わせなかったんだろうな。俺も同じ建物だ」

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