8.制服にもペンギンさん

 目が覚めたら、少し部屋が明るくなっていた。カーテンの隙間から、朝の光が入ってきている。

 うっすらと明るい寝室で、頭を抱えたマトが隣のベッドに腰かけてわたしを睨んでいた。


 まだ寝起きなのか、マトは髪を下ろしているし、服装はシャツに、紺色のズボン。昼間のものよりリラックス仕様で、足元は裸足だ。


「アー」


 わたしの腕の中のペンギンさんが一声鳴いた。


「ペンギンさんと寝るときは、せめて下着をちゃんと身に付けてくれ」


 眠い頭のまま、布団の中でわたしはもぞもぞと自分の姿を確認してみる。パンツならきちんと穿いている。わたしが使っているのは上下が別れたパジャマで、もちろんズボンもしっかり穿いていた。


 マトは一体、何のことを言っているのだろう。


「上半身だ」

「つけてるよ」


 途端、マトは表情がざっと抜け落ちたようになって固まっていた。


 仮にも一応、男性と同室で寝起きしているのだから、わたしだってそこまで無防備な姿で寝たりなどはしない。


 時計を見たら、まだあと一眠りしても問題なさそうだった。わたしは幸せな睡眠にもう一度浸ることにする。


 次に目が覚めたときには七時だった。起きて、着替えて、朝ごはんを食べる。今朝のメニューはクロワッサンとハム、チーズにサラダ、ヨーグルト。ヘリヤは今日は、まだ鏡に現れてきていない。


 朝ごはんを食べ終わったら、イルヤナ、ベルサ、サミがやって来た。


「おはようございます、クオラ様」

「おはよう、イルヤナ」

「クオラ様、おはようございます」

「おはよう、ベルサ」

「クオラ、おはよう」

「おはよう、サミ」


 今日は『ボロ』が出ないのかと聞く訳にもいかない。わたしはマトを見上げる。


「本日は、クオラ様の制服の採寸と注文、そして寮のお部屋の最終確認を致したいと申しております」


 顔がいい。


 マトにこういう気取ったような笑顔をされると、顔の良さが際立つ。そしてわたしは、ついさっきまでのくだけた口調に慣れてしまっていたらしい。マトに丁寧な話しかたをされるとつい、違和感のあまり、笑顔がひきつりそうになる。


 まず採寸ということで、わたしとベルサだけが寝室に向かう。ベルサの話しだと、キシガの制服は市販品とオーダーメイド品があるそうだ。今までのように、わたしはオーダーメイドを着ることになるらしい。


 採寸が終わったら、どのようなデザインにするかを決めていく。制服とはいえ、フリルをつけたり、タックを増やしたり、刺繍を入れたりすることが許されていて、かなり自由度が高い。要は、それらしさがあれば良いのだろう。


 制服については、ソディアとサミがあらかじめ決めていてくれたデザイン案を基に話し合うこととなった。


「スカート丈が短過ぎませんか?」


 イルヤナのしっぽがゆらりと揺れる。


「スカートにもっとボリュームをつけましょう。上着のこの辺りにひだをつけるとかわいいのではありませんか?」


 ベルサはわたしとデザイン画を見比べながら、首回りの羽毛を撫でつけるように整えている。


 サミはそれを早速取り入れるべく、デザイン画をどんどん修正していった。マトは微笑みを浮かべながら、わたしの斜め後ろに立っている。


「クオラ様にご希望はありませんか?」


 わたしには口を出せないくらいに三人が盛り上がってきた頃、マトが落ち着いた声でそう言ってくれた。

 ピタリ、と三人のサバクが手を止めてわたしを見る。おかげでわたしは自分の意見をやっと発言できそうだ。


 テーブルに置かれているデザイン画はなんだか、ものすごい量のフリルとレース、丈はかなりのミニになっている。スカート丈は長くするのではなかったのか。


「ちょっと、ごてごてしすぎてない?」

「そうですね。基準服にもっと寄せましょう。せっかくですが、レースもフリルも外していただきましょう」


わたしが言うと、マトはうなずいて、修正の希望を出してくれた。それをサミがざっざっとイラストにしてくれる。


「かわりに、ペンギンさんの刺繍が欲しい」

「……制服にも、ペンギンさんが必要ですか?」


 首を傾げたマトに、わたしははっきりとうなずく。


「オーダーメイドが許されるのなら、わたしはペンギンさん分が欲しいの」

「それがあなたの願いなら」


 ふわり、とマトが微笑んだ。顔がいい。


 最終的にはかなり基準服のデザインに近いものとなった。ほんの少しだけウエストを絞り、上着の丈が伸ばしてある。スカートはボリュームを足して、ほんのちょっとだけ、基準服より短いけれど、それでも膝が出るか、出ないかという長さで収まった。襟元には控えめにペンギンさんの刺繍が入る。ついでに分かりにくいよう、上着やスカートにポケットを増やしてもらった。


「いかがでしょう?」


 サミが最終案を見せてくれる。


「うん。いいと思う……けど、上着の袖にもペンギンさんがいてくれたら、授業中、わたしはきっと、幸せになれると思うの」


 サミが袖にもイラストを足そうとしてくれたのを、マトが止めた。


「いいえ、襟元だけにいたしましょう」

「この辺にちょこっと」

「襟元だけにいたしましょう」

「一個だけでも」

「襟元だけにいたしましょう」

「それならスカートの裾にぐるっと」

「クオラ様。襟元、だけに、いたしましょうね」

「……はぁい」


 そこでもう、午前は使いきった。


「マトにも昼食を用意しているのですか?」


 昼食の載ったワゴンを見て、イルヤナが驚いていた。


「クオラ様。我々は口から食事をとらなくても、主と繋がる鎖から得られる魔力だけで事足りるのですよ」


 ベルサが諭すように言ってくる。でも、サミは仕方がないなという風に笑っていた。


「一人の食事は、寂しいですからね」


 もしかしたら、ソディアもわたしと同じことをしたのかもしれない。


「もし良ければ、われわれも同席させてもらおうかな」


 言いながら、サミはどこかから三人分のサンドイッチを取り出した。うなずいたイルヤナがさっと術を行使して、テーブルを広げる。ベルサが飲み物を用意してくれた。


 わたしとマトは、Aセットの昼食だ。今日のメニューはミートソーススパゲッティに、サラダと、コンソメスープ。


 ワゴンには保温機能と保冷機能があるらしい。お料理はホカホカで、サラダはしゃきしゃきしていた。ちょっとだけ、コンソメスープの塩気が強いけれど、これだけの人数でいただくご飯はそれだけで美味しい。翌日のリクエストはBセットにしておいた。


 食べ終わったら、今度は昨日出した、寮の部屋の改装案の最終確認だ。

 イルヤナが模型と、カラーイラストを見せてくれた。


「このような雰囲気の仕上がりになりますが、よろしいでしょうか?」

「少し、寒々しくありませんか?……クオラ様の個室が」


 ベルサは、わたしの部屋の色合いを暖色系にしたいらしい。母と一緒だ。わたしの部屋の壁紙は、母の趣味でピンク色になっている。


「いいの。このままでお願い」

「かしこまりました」


 それで、彼らの用事は済んだらしい。イルヤナもベルサも、きっと忙しい中を来てくれたのだろうし、マトにも負担だろう。もう少し、いて欲しいとはとても言えない。


「クオラ様とマトの関係が良好そうで安心いたしました。明日からはわれわれも通常に戻りますので、何かありましたら屋敷のほうに連絡を」


 イルヤナが最後にそう言って、三人のサバクたちは帰っていった。


 パタム、と扉が閉じて、マトが何かの術を行使した。ペンギンさんがいきなり現れ、マトがバサッと脱いだ上着を回収して、消える。


「あー、案外緊張するもんだな」


 スイッチを切り替えたらしいマトが、どさりと勢いよくソファに倒れ込む。


「もう、大丈夫っぽい?」


 インテリアのように置いていた鏡の中にヘリヤも戻ってきている。ペンギンさんが飲み物を載せたトレイを持ってきて、わたしとマトに渡してくれた。


「どうだろうな。気配は感じないが、俺なら帰ると宣言したあと、二日は様子を見る」

「もしかして三人は、マトのチェックに来たの?」

「ああ。二つ以上の意味で俺に食われてないか、見に来たんだろうさ」


 二つ以上って……。


「えええええええええ!?」


 そんなことを疑われるだなんて、わたしは思ってもみなかった。だらしなく横たわったまま、マトはニヤリと笑う。


「ソディアという前例があるからな。ベルサに服を剥かれなかったか? 俺の噛みあとでも探してたんだろう」


 マトが普通のサバクであれば、ソディアとサミのように恋心を持ち、結婚することもあるかもしれない。けれどマトは、サバクではないのだ。物理的にかじられる可能性が皆無ではないが、わたしと恋仲になることなど、あり得ないだろう。


「そんな失態犯すメージャは、ちょっと愚かすぎるよねぇ」

「ま、とにかくこれで、一応の信頼は得られただろうな」


ヘリヤとマトの会話に、わたしは気が遠くなりそうだった。

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