第捌話

僕は以前、万引きの通報を受けて来た事のあるスーパーマーケットにいる。

今日は非番で、飲み会の為の買い出しに来ていた。

先輩警官から、「費用を抑えるように。但し、粗末なものにならないように。」、という厳命を受けていた。

飲み会の理由はそれぞれだったが、とにかく頻繁で、最近では官舎で行われるようになっていた。

そして、先輩達から買い出しとして渡されるお金と、求められる飲食の質や量とが釣り合わない…。

足りない分は黙って出していたのだが、それも限界にまで来ていた…。


僕は、店内をぐるっと一周してから、酒類のコーナーへと足を運んだ。

そして辺りを見回し、持って来たバックへ素早く酒類を押し込んだ!

監視カメラの位置は、以前の通報の時に確認済みだったので、死角になる場所も

心得ていた。

『よし、次!』

僕は、窃盗が段々癖になっている自分に気付かずにいた。

おつまみがあるコーナーへ移動する。

陳列してある品をそれとなく確かめて、狙いを付ける。

周りを確認する…今だ!

素早くしゃがみ込むと、順にバックの中へと入れていった!

3袋目のおつまみを入れたところで、何か気になって、ふと、後ろを振り返った。

「うわっ!?」

お爺ちゃんが僕と同じ姿勢で、杖を抱え込むようにしながら、そこにいた…。

「おっ!?お爺ちゃん!?、何やってんの!?」

小声で話しかける。

「なんもしとりゃせんよ。」

お爺ちゃんから、優しい笑みを向けらる。

「…いつからいたの?」

「お前さんが、酒をバックに入れとる辺りからじゃの。」

優しい笑みとは対照的な答えが返ってきた。

「お…お爺ちゃん…。」

「なんじゃ?」

「僕が何やってるか…分かる?…」

「窃盗じゃろ?」

『終わった…。』

僕がそう思って青ざめていると、

「楽しいのか?」

「え?」

「窃盗は楽しいのか?」

「た!?楽しいわけないでしょ!?」

僕は、スリルに浸っていたことを記憶から吹き飛ばす。

「そうかの?お前さんの表情からすると、楽しそうじゃったがなぁ。」

「そっ!?そんなことないよ!」

お爺ちゃんの言葉で、記憶が一気に呼び戻される。

「では、何故そんなことしとるんじゃ?」

「…買い出し…頼まれて…。」

「金は無いんか?」

「足りないんだよ。」

「なら、足りる分だけ買えばよかろ?」

「それじゃ、駄目なんだよ!」

「なんでじゃ?」

「先輩達の機嫌が悪くなるから…。」

「ほぉ、その為には窃盗も致し方ないということじゃの?」

「そんなわけないでしょ!?」

「お前さん、言っとる事とやっとることが合っとらんぞ。」

「そうだけど…。」

「お前さんは、先輩達のご機嫌を取るために警官になったのかの?」

お爺ちゃんは、僕が警官だということも知っていた。

「そんなことないよ…。」

「では、なんの為になったんじゃ?」

「市民の味方になりたかった…。」

そう、既に罪を犯している僕は、過去形でしか答えられなかった。

「では、その先輩達のご機嫌取りは必要なかろ。」

「駄目だよ!警察組織は縦社会なんだから、組織の一員であることが何よりも重要なんだよ!」

そのことは、警官になって直ぐに理解した。

「ふむ。ということは、お前さんが今やっとることは重要なんじゃな。」

「そんなこと、言ってないよ…。」

「お前さん、結局のところ、何者なんじゃ?」

僕は『えっ!?』っと思った。

「警察組織に従順であろうとする為に、今罪を犯しとるが、それを肯定できんかったら、お前さんが何者なのか分からん。」

「僕は…警官です。」

「警官とはなんじゃ?」

「市民を守る者です。」

「じゃが、お前さんが守っとるのは警察組織じゃろ?」

「…。」

返す言葉が無かった。

それはそうだ。

「僕みたいな下っ端でも、警察組織が円滑に機能するように、軽犯罪をもいとわない!」と、はっきり言える方がまだマシかもしれない…。

「お前さんは、何を【選択】するんじゃ?」

お爺ちゃんは、目を細めて僕に聞く。

「…決められない…。だけど、お爺ちゃん!?でっ、出来れば見逃して欲しい

です!?やっと、やっと警官になれたんです!両親もすごく喜んでくれています!これは全部、元に戻しますので!」

僕はうわずった声でお爺ちゃんに懇願こんがんする。

「儂はなんもせんよ。全てはお前さんが決めることじゃ。」

お爺さんの表情は柔らかいままだった。

「ぁ…ありがとうございます!」

僕は頭を下げ、そして元に戻していった。

「お爺ちゃん、お酒も戻すので一緒に来…。」

振り返ると、お爺ちゃんはもうそこにはなかった。

通路を見渡してみても、その姿はなくなっていた。

『ちゃんと戻すって、信じてくれたんだ…。』

お爺ちゃんがいなくなったことで、逆に僕がしてしまったことの罪の重さを

痛感した。


「あんたのこと信じてるから。」と、笑って見送ってくれた母さんの顔が蘇る。

近所のお婆ちゃんとよく話をしたのが遠い昔のように感じる。

「お巡りさん、落し物!」と、学校帰りに元気よく交番に届けに来てくれた子供達の笑顔が思い出された…。


『…。』


僕は全部元の場所に戻して、それから店長さんを呼んでもらった―――。

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