第陸話

『…。』

「…。」

『我を見ているのか?』

「そうじゃの。」

『言葉が分かるのか?』

「その様じゃの。」

『ほー…ならば少しの間、話し相手になってもらいたい。』

「構わんぞい。笑。」

『我は長きに亘りこの地に根を生やし、人々の営みを見続けてきた。

昔はご神木などと言われ奉られていた…だが今は、我に人々は見向きもしなくなってしまった。』

「それで?」

『我は雲になりたいと思う…。』

「雲になって、どうするじゃ?」

『自由に方々の地へ赴きたい。』

「ほいじゃお前さんは、ここを捨てるんか?」

『…。』

「…。」

『我を人々が必要としていない以上、それも致し方ないのかもしれぬ…。』

「お前さんが必要とされていないのは、間違いないんかの?」

『…はかなき物よ、それはどういう意味かな?』

「お前さんがそこからいなくなったら、どうなると思う?」

『…。』

「地盤が緩み、土砂崩れが起きるかもしれん。下の民家が立ち並んでおるが、あれはどうなるんじゃろうのぉ?」

『…。』

「お前さんの必要とされるというのは、人々に寄り添って欲しいというこではないんかの?」

『…いかにも。』

「お前さん、そのための努力はしとるんかの?」

『!?』

「人々がつどって来るような、そんな努力はしておるんかの?」

『儚き物よ。そなたの言う通りだ。我はいつしか花を咲かせることをやめ、

葉を色づかせることも無くなった…。』

「大樹ならば、風光明媚ふうこうめいび(※1)に…とな。笑。」

『儚き物よ、我は300余年の歳月を生きてきたが、若輩のそなたに教えられるとはな…。笑。』

「なんじゃ、たかだか300年ぽっちの若造じゃったか。笑。」

『…行くのか?』

「他にも呼んどるもんがおるんでの。」

『さらばだ、儚き物よ。』


「わー♪おおきいねぇ!」

「ホントだぁ♪おおきいねぇ!」

子らが我を見て喜んでいる。

我は少し、枯葉を蕩揺とうよう(※2)させた―――。




※1 自然の景色が美しいこと。また、そのさま。

※2 ゆり動かすこと。また、ゆれ動くこと。

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