第伍話

来る日も、来る日も…まるで家政婦のよう!

いいえ、家政婦ならまだましよ。

私はまるで、外出許可が付帯した囚人だわ!

私はこんな毎日を送るために結婚したんじゃないわよ!

安月給の能無し亭主。

見てくればっかり気にする外面だけ長女。

挙げ句の果てには、いつ死んでくれるのかも分からない嫌味な姑。

毎日好きな時に起きて、好きな時にご飯食べて、家の事は何一つしやしない!

「これじゃ、こっちが先に逝っちゃうわよ!」

最後は声に出ていた。

『…?』

私は、ふと、パチンコ屋の前で立ち止まった。

働き始めた頃、会社のみんなで飲んだ帰りに行った記憶がある。

五月蠅うるさくて、タバコの煙が充満していたように思う。

『…よし!』

何故か足が向いた。

ドアを開ける。

「いらしゃいませー!」と、店員が騒音にも負けずに笑顔で声を張る。

『うわ…凄い。』

みんな夢中になっていた。

『一心不乱ってやつね。』

グルッと店内を1周してから、お爺ちゃんの隣に座った。

私は千円札を財布から取り出す。

『…どこに入れたらいいのよ。』

困っていると、隣のお爺ちゃんがにこやかに指し示してくれた。

私は会釈でお礼をしてからお札を入れた。

そうすると、球がジャラジャラと出てくる。

ハンドルを持っていざ勝負!

…あっという間に球がなくなってしまった。

『馬鹿らしい。帰ろう。』

そう思った時、お爺ちゃんが杖をどけて、私に球をくれた。

私は断ったのだが、「一人で打ってもつまらんから。」と言って分け与えてくれた。

よく見ると、お爺ちゃんのイスの周りには、たくさんの球が置いてあった。

『お言葉に甘えて。』

私は「ありがとうございます。」と言って、再挑戦した。

そうすると、1個の球がチャッカ―へ、滑るようにスルリと入った。

液晶が動き出す。

7の数字が左から順に止まる。

77…最後の数字がゆっくりと上から下に回っていく…。

778。

『残念。』

私はお爺ちゃんにダメの顔を見せた。

そしたら、お爺ちゃんが液晶を指差す。

『?』

右の8が動き出した!?

高速回転で回ると、7で止まった!

777盤面がキラキラと華やいだ。

私は拍手をして喜んだが、お爺ちゃんがハンドルを握れと合図をくれる。

私は慌ててハンドルを握った。

「お爺ちゃん!ありがとう!!」

お爺ちゃんはうんうんと、頷きながら笑っている。

「嫌なことばかりで辟易へきへきしてたの!私がどんなに家族のために一生懸命やっても、みんな当たり前って顔してるんだもん!もっと、感謝しろっていうの!笑。」

私は騒音に任せて大声で愚痴を量産した。

「お前さんは、今の暮らしが嫌なのかい?」

お爺ちゃんは聞く。

「どうかなぁ。もうちょっとだけ、ましになっては欲しいかな。」

「ましと言うと?」

「旦那の給料が上がる。娘が家のこと手伝う。姑が優しくなる…とか?笑。」

「それは、無理なことなんかい?」

「旦那の給料は無理ねぇ。娘もあの調子だし。姑なんか期待するのも面倒だわ!苦笑。」

「お前さん、それじゃ一歩も動かんで諦めるんじゃの?」

『あ…。』と思った。

確かに、私から動こうという所はひとつもなかった。

私自身、やってもらって【当たり前】、という感覚で話していた。

「一家の大黒柱は旦那と昔は言うとったが、家の中の風習を司るのは、奥方かもしれんのぉ。」

お爺ちゃんは、にこやかにそう言う。

『なかなかのご意見で。笑。』

私は、だからといって直ぐにどうこうというつもりはなかったけれど、何かの時にお爺ちゃんの話を思い出すのもいいかも…と思っていた。

「お爺ちゃん!缶コーヒー買ってくるわね!」

そう言って席を立った。

ついでにトイレへ行き、缶コーヒーを2缶買って戻る。

「あれ?」

お爺ちゃんがいない…それに、あれだけ足元にあったお爺ちゃんの球もない。

「あの、すいません!」

店員さんに声をかける。

「さっきそこでやってたお爺ちゃん、どこ行きましたか?」

店員さんが「?」という表情をした。

「誰もいませんでしたよ!」と、耳元で声を張り、お辞儀をして通り過ぎて行く。

『私…疲れてるのかしら?』

そんなことを思案しつつ、私はこの球をどうしたらいいのかということと、夕飯の支度が遅れた分の段取りを考えていた―――。

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