第肆話
午後。
ネットカフェでサボろうとしたが、生憎の満席。
仕方なくカラオケボックスへ。
靴を脱ぎ捨て、イスに寝転がる。
「ただいま、外回り中…。」
あっという間に睡魔が襲ってきた。
眠りについて、どれぐらい経ったのだろう?
「…。」
気配を感じた。
俺は気付かれないように寝返りを打つ振りをして態勢を変える。
うっすら目を開けてみる。
『杖…?』
俺はしっかりと目を開け、姿の見える方に首を持ち上げた。
「…。」
「…。」
「お爺さん、何してるんですか?」
俺は上体を起こす。
「鶴を折っとる。」
お爺さんの手元を見ると、テーブルに設置してある紙ナプキンで鶴を折っている最中だった。
「部屋、間違えてますよ。」
「ここで合っとるぞい。」
『俺が間違えたのか?』
そう思い、伝票を手に表へ出て部屋の番号を確認する。
『やっぱ合ってる。』
「お爺さんが間違えてるみたいですよ。」
俺は笑顔で出て行くように催促した。
「どこでサボろうが儂の勝手じゃろ?」
お爺さんは、器用にナプキンの端を揃えて、微笑みながら【サボる】という単語を出してきた。
俺は内心ドキッとした。
「いやいや、お爺さんはここでサボっちゃいけないの。ここは俺がサボる場所だから。笑。」
『早く出て行け爺さん…。』
俺はその気持ちを少しだけ伝票に向け、裏返しにテーブルへパン!と置いた。
「お前さん、なんでサボっとるんじゃ?」
『痛いとこ突くな~。』
「…なんでって、仕事してると、息抜きが必要でしょ?お爺さんだって、若い頃はあったでしょ?」
「わからんのぉ。」
「しょーがないでしょ!?働くっていうのは、適当に折り合い付けながらやっていくもんなんだから。」
「何と折り合い付けとるんじゃ?」
心の中を見透かされているような気分になった。
「会社の人や、営業先の人とか…。」
「サボらんと出来んもんなんか?」
「人によるだろうけど!?俺の場合は、サボらないと出来ないの!わかる!?大した給料も貰えず、上司や客に媚び売って、なんとか自分と折り合い付けながらやってるの!」
「なんじゃお前さん、自分と折り合い付けとったんじゃの。」
「そんなの当たり前だろ!?」
「そんなら、どうしたら折り合い付けんでやっていけるもんなんじゃ?」
『…考えたこともねーな…。』
「そうだなぁ…まず金があることかな?」
「金があったらどうするんじゃ?」
「会社辞めるわ~。」
「それから?」
「遊びまくる。」
「それから?」
「…家でも買うかな。」
「それから?」
「美人な嫁貰って、幸せな家庭でも築くかな~…。」
「それが、お主の折り合い付けん生き方なんじゃな?」
「ん~、そう言われると、ちょっと…。」
「なんじゃ、お前さん結局、何と折り合い付けとるのかもはっきりせんのか?」
「そんなもんだろ?みんな、なんとなく不満抱えてて、だからと言って、何かをどうにかできるわけじゃない。何かの
「儂にはわからんのぉ。ただお前さん、自分に折り合い付けると言っとったのに、不満が外側にあるような口ぶりじゃの。」
「外側のいろんなことから、自分を守らなきゃいけないでしょ!?」
「じゃが、お前さんの折り合いの付け方は、【守る】というより、【棚上げ】しとるように見えるぞい。」
俺は、『!?』っと思った。
「いや…でも、そんなもんなんじゃないの?結局人間って、他力本願的な…。」
「わからん。じゃが、果たしてその他力本願が成就したら、その幸福感や充実感はいつまで続くんじゃろうなぁ。」
謎かけのような、坊さんの説教のような話だった。
「んじゃ、やっぱり、自分次第ってこと?」
「どうじゃろうなぁ。すべて自分次第、自分だけでいいんじゃったら、周りなんぞなんも必要無さそうじぁしなぁ。」
確かにそうだ。
外側だけ変わったって、俺自身が付いて行けない気がする。また、俺だけ変わったって、それはそれで物足りなさを感じてしまうはず…。
スカッとはしないけど、何か、きっかけの様な会話にも感じてしまった。
俺の中で、【視点】は少しだけ、変わって見えるかも?という気がした。
そんな俺の思案を他所に、お爺さんは鶴の頭の形を整え、満足気にテーブルに置いた。
「お爺さん、飲み物取って来るよ♪」
お爺さんは目を細める。
俺はそう声をかけたところで…目が覚めた。
「夢?」
随分リアリティのある夢だなと思った。
「…さて、行くか。」
俺は身体を起こす。
『ん?』
伝票の向きが裏向きだった。
「夢…じゃない?」
辺りを見回しても誰もいない。
俺は頭を無造作に掻き、もう一度、「行きますか…。」といって部屋を出ようとしたが、ふと、お爺さんが座っていたイスに目をやる。
そこには、折り鶴が機嫌良さそうにちょこんと座っていた―――。
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