第35話 V・I・P! V・I・P!
待ち構えていたカガシが駆け寄り、うやうやしく手を貸してくれる。
まさにVIP待遇だ。
うおおおい、気まずいぞ、これ。
『タケル! 君には感謝してもし足りない。まさに一族の恩人です!』
カガシは俺を抱きかかえ、身体を支えてくれる。
そこまでしなくても……と思ったが、足がふらついてしまった。
仕方なく俺はカガシに寄りかかったまま、手を振った。
「い、いや、いいんだ! あまり気にしないでくれ。実は、その……」
「ああ――ひどく顔色が悪いですね。相当、無理をしたのでしょう。念のため私に診させてください」
カガシは表情を曇らせた。
確かに、俺の調子は悪い。
だが、原因ははっきりしているのだから、騒ぐ必要はない。
と言うか、気を使われると居心地が悪いのだ。
「大丈夫だよ、慣れているから。放っておけば治るよ。それよりも……」
「そんなわけにはいきませんよ! 私がヒャクソ様に叱られてしまいます」
「わ、大丈夫ですか、タケル様!?」
ハナまで走り寄ってきた。
どうやら俺が霊獄機から降りたことで、刀の状態から解放されたらしい。
「アカツキ、タケル様が!」
ハナの呼びかけに応じたのか、機体の背中からアカツキが分離した。
妙な言い回しだが、そう表現するほかない。
アカツキは軽やかに地面に降り立つと、
「騒がないで。霊獄機に生命力を吸われただけよ」
たしなめるように言って、こちらへ歩いてくる。
「あー、ずるいっ!」と目をむくハナ。
なにがずるいのかはよくわからんが、驚くのも無理はない。
俺も目を見開いて、凝視してしまった。
少しばかり眉をあげ、アカツキは目を細めた。
「なに? タケル」
「いや、なにって……ずいぶん、おめかししてきたな、って」
アカツキはすっかり身奇麗になっていた。
衣服は完全に別物。
まるでお嬢様学校の制服のようだ。
細く長い足は黒タイツに包まれ、ミドルヒールのショートブーツを履いている。
艶やかな髪は綺麗に梳かされている。
そこから尖がり気味の耳がちょこんと突き出していた。
全体に汚れどころか、皺一つなかった。
さも当然のようにアカツキは答えた。
「仕方がないでしょう。私がみすぼらしいと、あなたが恥をかくから」
「……仕方なく?」
「ええ、仕方なくよ」
などと供述しているが、明らかに言い訳だな。
完全に自分の趣味全開であつらえただろ、それ。
俺には黒タイツ属性はないんだぞ。
お父さんを甘く見るんじゃない。
「そっか。うん、まあ、似合っているよ」
「ありがとう。あなたもね」
「え、俺?」
「アカツキってば、タケル様とお揃いじゃないですかー。ペアですよ、ペア。ぶー」
自分の身体を見ると、俺もしっかり衣替えをしていた。
アカツキの服と意匠が似ている。
並んで立つと同じ学校の生徒のようだ。
「おおっ、いつの間に!?」
「降りる前からよ。気づいてなかったの、タケル?」呆れた口調のアカツキ。
「そっか、ありがとう。いつまでもTシャツ短パンのままじゃ、締まらないしな」
「タケル、この子は……なんですか?」
カガシの顔は、はっきりとこわばっていた。
嫌悪……いや、恐れか?
カガシはアカツキを怖がっているのか。
この反応に思うところはあるが、突然のことだし、とりあえずは仕方がない。
なんでも一歩ずつだよな。
俺だって最初はアカツキのことを理解できなかったんだ。
まずはちゃんと紹介しよう。
カガシから離れ、俺はアカツキの肩を引き寄せ――
ようとしたが、足がもつれて彼女の肩にしがみつく羽目になった。
うーむ、我ながら格好悪い。
ちょっと前にもあったぞ、こういうの。
「わ、悪い……」
「別に。軽いもの、あなたは」
アカツキは平然としたまま、背中に手を回して俺を支えてくれた。
小さな身体なのに、俺がしがみついても小揺るぎもしない。
「あー、ずるいっ!」とハナ。
だから、なにがだよ。
つーか、お前、さっきからそればっかだぞ。
アカツキがちらりと視線をよこした。
俺は咳払いして、カガシに言った。
「こいつは俺の娘だよ。この洞窟の中で知り合ったばかりだけどな。名前はアカツキだ」
「アカツキ? まさか、タケルが名を――」
カガシは絶句した。
おいおい、どこかのたぬき娘とリアクションが一緒じゃないか。
いやもう、勘弁してくださいよ。
まさに若気のいたりだが、後悔はしてないんだから。
「そうだよ。俺が名前をつけた。だから、義理の娘ってことになるんだよな」
「タケル、その……君はわかっているのですか? その子は……」
「わかっているよ。
まあ、どうでもいいことだ。
「まあ、どうでもいいことだよ」
「いや――それは違う。タケル、君はわかっていない」
開いた掌をアカツキに向け、探るようにゆっくり動かすカガシ。
「確かに霊核石らしきものはあるようだ。だが、霊尖角はない。その子はヒルコだから――長引く絶命から生じた
「……なんだって?」
「ですから、その子は神尊ではありません。生命ですらない」
「じゃあ、なんだって言うんだ?」
「神尊を模倣したヒルコの変異体。そう考えるのが妥当でしょう」
「……そうか、見解の相違だな」
俺にとって重要なものがカガシにとって重要とは限らない。
それは当たり前だ。
パダニ族の危機が、俺には他人事だったように。
それにアカツキが神尊でも変異体でも構わない。
いつか学者が研究でもすればいい話じゃないか。
これも、どうでもいい話だ。
「とにかくアカツキはアカツキだ。妙な呼び方はしないで、ちゃんと名前を呼んでくれよ」
「……君は、その子をどうするつもりなんです?」
「どうもこうもないさ。娘だって言ったろ?」
カガシは苦渋に満ちた表情になった。
「タケル、はっきり言います。その子は危険だ。近くに置いてはいけません」
くそ、お前までそんなことを言うのか。
確かに俺はわかってない。
だけど、お前だってわかっていない。
遭ったばかりで、一体彼女のなにがわかるんだ。
神尊だから正しいのか。生きていて当然なのか。
ヒルコだから悪いのか。存在してもいけないのか。
それじゃ、多数派が少数派を偏見で弾圧しているだけだ。
連邦の奴らとなにも変わらないじゃないか。
アカツキがどんな娘で、これからどうなるのか。
他人とどう関わり、どう行動するのか。
全部、これからのはずだろ !
そう怒鳴りたくなるのをこらえる。
俺達に必要なのは味方だ。
敵対するのはいつでもできる。
なんでも一歩ずつだ。
少しずつ話して、少しずつ理解を求めればいい。
それが正しい。
「模倣品だとしても、これは本来あり得ないはずです。怨霊であるヒルコに、霊的進化は望めない」
あり得ないもなにも、ここにいるじゃないか。
アカツキはちゃんとここにいる。
ちゃんと目を開けて見てくれよ、カガシ。
「なにより、死から命が――高次生命体の依り代たる霊核石が生じるはずがない!」
アカツキはただ静かだった。
まるで凪のような静寂さで、すべてを受け止め、こう言っていた。
やっぱりね、と。
胸が苦しかった。
アカツキの心が諦観に沈んでいくのを見ていられなかった。
「カガシ、もういいよ。悪いけど、別の話があるんだ」
「いえ、聞いてください! その子は異常で、危険なのですよ! タケル、今からでも――」
カガシは俺を案じている。
案じているから、こういう言い方になるのだろう。
だから――いや、ダメだ。ダメだ。ダメだ。
だけど、俺は知っているのだ。
知っている以上、許容できない。とても無理だ。
冗談ではなかった。
「今からでも……? 今からでも、なんだよ、カガシ」
「返すべきです、もといた場所に」
俺は愕然とした。
あの真っ暗な裂け目に戻せって言うのか。
あそこはもう崩れてしまった。
いや、そういう問題ではない。
また一人きりになれって?
誰からも呼ばれず、誰のことも呼ばない。
永遠の暗闇の中へ戻れだと?
じゃあ、俺はなんのために名前をつけたんだ――!?
「滅せよ、とまでは言いません。正直、現界に留まる分だけ、苦しむことになるのではと思いますが……」
アカツキを見る目。
拒絶と憐れみが入り混じった視線。
お前は違う。
別モノだ。
お前のことは理解しない。
お前は仲間じゃないと、カガシの眼差しははっきり告げていた。
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