第34話 ロックオン大相撲

 霊獄機を起き上がらせ、振り向く。

 予想した通り、何本もの触手がすぐそこまで迫っていた。

 斬馬刀を横殴りに振る。



 再び、凄まじい絶叫。

 

 

 機体の中にいても、脳髄をかき回されるような苦痛が生じる。

 いくらか減ったようにも見えるが、まだまだヒルコは膨大だった。

 一体、あとどれだけ減らせばいいのか。

 

 早く終わって欲しい。

 早く、早く、もう帰ってくれ。

 これ以上、苦しみたくない。

 これ以上、苦しめたくない。


 どうしても帰らないなら――そうだ、押し帰せばいい!!


『えっ!?』


 アカツキの驚く声。

 斬馬刀は再び二つに分かれ、再構成された。

 だが、それはアカツキが行った操作ではない。


『タケルのイメージに対応している……?』

「みたいだ。便利だな、これ」

『造形の管制は渡してないはずなのに……呆れた。たぬきはともかく、ずいぶん上手に口説いたのね、あの子達』


 俺が強くイメージしたもの。

 それは大きく指を開いた掌だ。

 先程までの擬腕と異なり、手首までしかない。

 厚みも薄く、扇子に近い。

 霊力で支えないと自重で崩壊しかねないほどだ。

 その分、広げた掌の縦横サイズは巨大だった。


「さっさと……帰れぇぇぇぇっ!!」


 叫びながら、ヒルコに連打を浴びせる。

 相撲でいう突っ張りだ。

 打撃の反動がフィードバックされ、自分の掌までじんと痺れた。


 一撃する事にヒルコの身体が波打ち、ほんの少しだけ後退する。


 掌との接触によるヒルコの消滅は起こっている。

 だが拳で抉ったり、刀で斬り裂いた時ほどではない。


 よし、いいぞ!


 俺は勢いづき、連打のペースを上げた。

 ヒルコは押しまくられ、よろめきながら後退していく。


 このまま洞窟の端まで押し込み、ここから追い払う。

 霊獄機が転がり出てきた穴もふくめ、大小様々な洞窟が口を開けている。

 ヒルコも逃げ道には困らないはずだ。


『擬腕がそろそろ稼動限界よ。ここで決めて!』

「おお、まかせろ!」


 ところが、突然視野一杯に大蛇のあぎとが映った。


「おわっ!? って、カガシじゃないか!」

『タケル、待ってください! もう限界なのです!』


 なんの話だ? そろそろ限界なのは俺達なんだが。


 カガシの声は聞こえるが、こちらの声は届かないらしい。

 かと言って、すぐそこにヒルコがいる状態で、霊獄機の内側はさらせなかった。

 機体から伝わる感触からすると、カガシは霊獄機に巻きついているようだ。

 アカツキは首を振った。


『手は止めないで! 仕切り直す時間はないの!』

「――わかった! カガシと話せるか?」


 俺はにぶっていた連打の回転をもとに戻した。


『ちょっと待って。外部にタケルの声が出るようにするから……いいわ。普通に話せば、聞こえるはずよ』

 

 間断なく連打しながら普通に話すのは難しい。

 しゃべりだしたが、言葉は切れ切れになってしまう。


『カ、ガシ! 一体、どう、した!?』


 うお、拡声器ごしの割れた音みたくなってるな。

 カガシの声の方が聞きやすい位だ。

  

『ヒャクソ様が限界なのです! これ以上、滅哮めつこうを受けるわけには――』

『ダメよ、タケル! 稼動限界がくれば、しばらく擬腕も刀も使えなくなる。打つ手がなくなってしまうわ!』


 おいおい、どっちも限界かよ。

 くそっ、どうすればいい!?

 葛藤が動きを鈍らせたのか、踏み込みが遅れた。

 掌が空を切る。


 霊獄機はバランスを崩し、転倒してしまった。


 そうか、命中した時は反動のフィードバックがあった。

 だからバランスが取れて、転ばずに済んだのだ……などと考えている場合ではない。


 これはまずい!

 俺は慌てて機体を起き上がらせた。


『あ、あれ?』


 驚いたことに、ヒルコは後退していた。

 ズズズッ、と地響きを立てながら洞窟の端まで下がった。


 身体がいくつにも分かれ、壁に開いた沢山の洞窟へ吸い込まれていく。

 まるで動画の逆回しを見ているようだ。


 山のようにそびえていたヒルコは、ほどなくすっかり消えてしまった。


 俺はゆっくり周囲を見回した。

 ヒルコの気配はもうまったく感じられない。


 がらんとした空洞には、流れ落ちる滝とわずかな波の音がするだけだった。


『帰って、くれた? これでどうにか……なったのかな』


 半信半疑で俺はつぶやいた。


『そうね――お疲れ様。タケルの粘り勝ちよ』


 さすがのアカツキも気が抜けた顔をしている。

 擬腕が崩壊し、薄く光る小さな塊に分かれた。


『結合が外れて、霊塊になった。ぎりぎりだったわね。あとはもとの霊体に再構成するだけよ』


 霊塊がさらに霊素となって機体に吸い込まれると、ハナの顔が視界に表示された。

 だが、魂の欠片達は戻っていない。


「あれ? ハナ、あの子達は?」

『……わかりません。けど、霊獄機ここに戻るつもりはないみたいです』


 見れば、霊素の半分くらいは機体の外に滞留している。

 霊素は薄れて消えていき、ほんの小さな光点だけが残った。


 光点はふわりと洞窟の天井近くまで舞い上がり、ぱっと弾けて――霧散した。


「ヒルコのところへ戻った――わけじゃないよな?」

『……違うわ。もう、あの子達はいない。完全に消滅しているわ』


 アカツキはあの子達と通じるものがあった。

 その判断は恐らく正しいのだろう。


 俺は呆然としてしまった。

 まるでだまされたような気さえした。


 戦いが終われば、あの子達はここへ戻ってくると思いこんでいたのだ。

 ここへ。俺のところへ。

 ところが、あっさりと消えてしまった。

 

 なぜだ?


 決して果たせぬ想いがあったはずだ。

 だからこそ、死して残ってしまったはずなのに。


『たぶんですけど、すっきりしたんじゃないですか』


 ハナはひどく複雑な顔をしている。

 泣いたものか、喜んだものか、困っているような表情だ。


「すっきりって……どうしてだよ?」


 俺の疑問にアカツキが応じた。


『タケルが手を差し伸べてくれた。タケルにお返しができた。だからじゃない?』

「そんな……たった、それだけで?」

『それで充分だったのよ、あの子達には』


 アカツキの見解が腑に落ちたのか、ハナも軽くうなずく。


『誰かに救われて、誰かを助けた。それは本来、死んでしまえば決して得られない、死ぬ前にあの子達が欲しかった、他者との親密な関わりです。きっとそれで充分だったんですね』


 そんな――ものだろうか。

 たったそれだけで本当によかったのだろうか。


 俺はほとんどなにもしていない。


 いや、違うな。もっとひどい。

 単に自分の道具として、あの子達を利用しただけなのに。


『タケル。できれば、よろこんであげて』


 虚を突かれ、俺はアカツキの顔を見返した。


「よろこぶ? どうしてだよ? なにもよくないじゃないか!」


 思わず言い返してしまう。

 きっと、アカツキの言うことは正しい。

 そうとわかっていながら、俺は割り切れなかったのだ。


「少しはしてやれることもあったはずだろ! もっと傍にいてくれれば……」

『それはあなたが決めることじゃないわ。あなたは出来る限りのことをした。そして、あの子達は納得したのよ』

「だから……よろこべって?」

『ええ、そうよ。よろこんであげて欲しいわ。あの子達が、逝くと決めたことを』

 

 やめてくれ。

 死者を見送るのはいつだって早すぎる。

 よろこぶなんて無理だ。

 まして、彼らはまだ子供だった。

 子供だったのに。


 だが、これ以上は本当にただの愚痴になってしまうのか。

 

「――よかったのか、これで」

『ええ、よかったのよ。あなたじゃない。あの子達にとっては』


 そこまで言われては、納得するしかなかった。

 俺は霊とのつき合いは長いけど、まだ死んだことはない。

 アカツキやハナの方が、彼らの気持ちに寄り添えるのだろう。


 そうだ――俺は置いて行かれて、たださびしいだけなのかも知れない。


 ただ、あの子達と直接触れ合って、初めてわかったことが一つある。

 あの子達を強く支配していた、凍えるような感情。


 恐怖。


 過去、殺された時の恐怖ではない。

 この先、もっともっと仲間ヒルコが増える。

 否応なく増えてしまうだろう、というぬぐいがたい予感。


 まだ死ぬ。

 まだまだ死ぬ。

 まだまだ、たくさん、たくさん死ぬのだと。


 その予感が彼らを魂の奥底から、恐怖させていた。


 一体、なにが起こるというのだろうか。

 死してなお、おびえるほどのなにが。


「――タケル? タケル、聞こえていますか?」


 外からカガシが呼びかけてきた。

 人の姿になっており、霊極機の前に立っている。


『あ、ああ。どうした、カガシ?』


 俺が返事をすると、カガシは深々と頭を下げた。


「ありがとう、タケル。お陰で助かりました。この恩義、我々は決して忘れません」


 カガシの様子を見てアカツキが言った。


『とても感謝しているみたいね。あの人がカガシね?』

「ああ、そうだよ。結果的に目論見は上手くいったみたいだな!」


 気分を切り替えたい思いもあって、俺はわざと浮かれ気味に答えた。

 しかしアカツキのテンションは妙に低かった。


『ええ、そうね。それはよかったわ』


 もともとこの娘は冷静な感じではあるが、それにしても低い気がする。

 ハナも不思議そうにアカツキの様子をうかがっているようだ。


『――ねえ、タケル。私、思ったんだけど』

「ん?」

『そもそも、私達がヒルコを刺激しなければ、こうはならなかったんじゃない?』


 ええ? 君ぃ、なにを言うのかね。

 それは……そんなことは……………………そうかもな?

 でも、違うかもよー?


『おおっ!』ぽんと手を打つハナ。


 お前、そんなに納得するなよ。

 お陰で自己欺瞞できなくなったじゃないか。


 確かに最初、ヒルコは大人しく谷間にたまっていただけだ。


 だが、あれやこれやで俺達が刺激し、ぶちのめし、消滅させた。

 最終的にはヒルコ総出で押し寄せて来るようなことになってしまった。


 であれば、俺がやっていることは、見事なマッチポンプということに……。

 

 もちろん、意図した流れではない。

 しかし神尊達が危うい目に遭った原因が、俺達の行動だった可能性は高い。

 まいったな。気づきたくなかったぜ。


「――アカツキ。カガシと顔を合わせて話したい。降ろしてもらえるか?」

『黙って恩を売ればいいのに。正直なのね』

『ふふーん、違いますね、アカツキ。タケル様は気が小さいのです。そこまで図太く生きられないんですよ、小心者だから。ハナはタケル様には詳しいのですよ!!』


 うるせーな、このたぬき。

 まあ、その通りなんだが。


『どちらにしても、タケルはそろそろ降りた方がいいわね。除装シーケンス、開始。経路閉鎖、霊力変換停止――』


 アカツキは境界炉を停止させた。

 霊獄機の胸部装甲がずれ、操縦席――と言うか、操縦穴だ――から、俺は外へ這い出た。

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