第33話 できたかな
水をかきわけ、ゆっくりと迫ってくる、その姿。
わかっていたことだが、正面から相対するとスケールの違いにのまれそうになる。
まるで山が丸ごと動いているような量感があった。
あれは一体、どれだけの数の子供達が寄り添っているのか。
数千、数万――いや、もっとだろう。
機内を漂う魂の欠片達もその一部だ。
これは彼らに手伝わせていいことなんだろうか。
『タケル、さっきも言ったけど――』
「……わかってるよ、アカツキ。準備してくれ」
優しい娘だな。
俺なんかよりも、きっとアカツキの方がつらい。
こんなに気を使わせてどうする。
『ちょっとドキドキしますね。アカツキ、わたくしとこの子達が混ざらないように気をつけてくださいよ!』
ハナの声はあっけらかんとしている。
だんだんわかってきたが、恐らく意識的にやっているんだろう。
自分の役割を心得ているのだ、ハナは。
『あんたはもともと混ざっているでしょ。たぬきと犬のハイブリットじゃないの』
『ヒトとオオカミですっ!! まあ、混ざっていますけどっ!』
俺は苦笑してしまった。
二人のやり取りにはおよそ緊迫感というものがない。
おかげで心に滴った葛藤が、少しぬぐわれた気がした。
その間にもヒルコは迫っている。
もう猶予はない。
俺は霊獄機の腰をやや落とし、姿勢を安定させた。
アカツキも機体側の準備を終えたようだ。
『はじめるわ。境界炉、緊急出力へ移行』
背部にある炉の稼働音が高まり、機体が細かく震えだす。
変換器から供給される霊力が飛躍的に増えていく。
『霊体分解、開始。無理に意識を保とうとしないで。しばらく寝てなさい、たぬき』
『あはははは、これが本当のたぬき寝入り……って、誰がたぬ――』
ノリツッコミは半端なところで途切れた。
視界からハナの表示が消える。
機内を漂っていた魂の欠片もすべて姿を消し、休眠状態となった。
機体の腰に下げていた刀と機内にあった霊屑が分割された。
まず霊塊に、さらに霊素の単位にまで細分化されていく。
『
機体の周囲に素材――もとはハナ達の身体だ――となる霊素が排出され、ふわふわと漂った。さらにいくつもの術紋や術方陣が出現。
これがアカツキの工房なのだ。
「
霊素が宙へ吸い上げられていく。
そこへ術方陣から発射された雷光が激突し、まばゆく輝いた。
雷光が移動するにつれて、霊素で形成された構造材が出現していく。
機体の両側で、造形作業が同時進行していた。
『――、――♪ ――、――♪』
おお? アカツキの奴、小声で鼻歌をかましてらっしゃる。
どうやら無意識らしく、俺が聞いていることに気づいていない。
『――、――、――♪ ――、――♪』
歌詞は『できるかどうか』について繰り返し言及した内容のようだ。
めっちゃ聞き覚えあるぞ、それ。
きっと俺の脳内から拾ったんだろうなぁ。
あっと言う間に複雑な機構が組み上がり、外装に覆われていく。
完成したのは、巨大な腕だった。
霊獄機本体よりも大きくごつい擬腕が二本、虚空に浮かんでいるのだ。
『――できたっ!』
「うんうん、楽しそうだったな、アカツキ」
『べ、別に……全工程、完了! 相手は目の前よ。ぐすぐずしないで』
ぶっきらぼうな照れ隠し。
思わず笑ってしまい、アカツキににらまれる。
ヒルコはもう霊獄機にのしかかる寸前であり、確かにぐずぐずはできない。
霊獄機が指を動かすと、擬腕も指を動かした。
操作の連動には問題ないようだ。
『擬腕の稼働限界は五分。それを過ぎると結合が解除されて、霊塊に戻るわ』
「それだけあればどうにかなるさ。追い返すぞ!!」
右の擬腕を大きくテイクバックさせ、思い切り拳を振る。
擬腕は瞬時に音速を突破し、衝撃波を引き連れてヒルコに激突した。
『ギヒイアアアアッ!!』
打撃された箇所を中心に霊屑が
この擬腕は触れただけでヒルコを滅するのだ。
ヒルコ全体は巨大だが、一撃でうがたれた大穴は無視できないサイズがあった。
「早く戻れっ! 帰るんだ、ほらっ!!」
擬腕を大げさに振り回しつつ、霊獄機を前進させる。
できれば戦いたくない。
ヒルコでいる限り救われることはない、とアカツキは言っていた。
だけど、暴力でぶちのめして消滅させていいのか。
彼らを無理やり次に進めていいのか。
そのよし悪しを他者が勝手に判断していいのか。
死生とは、本来極めて個人的な問題のはずだ。
もしハナやアカツキを悪いモノだから、消えた方がいいのだと誰かが――
いや、そんなことは承服できない。
ならば、できるなら彼らにもしたくはないのだ。
願いが通じたのか、ひるんだようにヒルコは後退した。
いいぞ、このまま帰ってくれ!
俺がそう考えた時、ぐにゃりと穴が塞がった。
ヒルコはいったん伸び上がると、頭上から雪崩のように押し寄せてきた。
回避する間もなく、機体はすっぽりとヒルコの中に取り込まれてしまった。
擬腕に触れたところが焼かれ、苦悶の叫びが延々と続く。
だが、ヒルコの総量はあまりに多い。
焼く尽くすよりも先に、稼働時間が過ぎるはずだ。
機体にかかる圧力も恐ろしく強い。
異音を立てて装甲の薄い部分がへこみ、構造の弱い部分にゆがみが生じてきた。
まずい状況だ。
アカツキは淡々とした口調で言った。
『やっぱり迷ったわね、タケル』
「――すまない」
『いいわ。こうなることは折りこみ済みだから』
「折りこみ済み?」
「ええ、あなたはどうせ迷うに決まっているもの。こうなることは、わかっていた。タケルはそういう仕方のない人だもの。だから、これは仕方のないことよ」
アカツキはため息をついた。呆れているような態度だ。
俺は違和感を覚え、彼女を見つめてしまった。
『なに?』
「いや――なんか、嬉しそうに見えてさ」
『そんなわけないでしょう、寝ぼけているの? 苦労する方の身にもなって欲しいわ』
ぴしゃりと言い返される。
おっしゃる通りですね、はい。
『ヒルコの身体を斬りましょう。数秒でふさがるから、すぐに脱出を』
「わ、わかった。すまない、アカツキ」
『もういいわ。でも、同じ失敗を繰り返す余裕は私達にはないのよ。そこははき違えないでね』
まいったな、これじゃどっちが年上かわからんぞ。
見た目はともかく、もともとアカツキの年齢は不詳ではあるが。
アカツキは擬腕を合体させ、一振りの斬馬刀を形成した。
『刀を振る動作をして!』
素手のまま構えると、斬馬刀も対応して動く。
元が擬腕だからか、こいつは遠隔操作できるらしい。
すごいな、掌に柄を握っている感触までするぞ。
圧力のせいでひどく動きにくいが、泣き言は後回しだ。
俺はできるだけ素早く刀を振った。
『キイイイイアアッ!』
刀に触れた部分は絶叫し、消滅する――が、すぐに周りから霊屑が押し寄せてしまう。
これじゃ外に出られないぞ。
『刀身だけなら霊力でもっと伸ばせるわ! 長く、長く、突き抜けるまで!!』
ありったけの霊力を斬馬刀に注ぎ込む。
アカツキの言った通り、刀身がどんどん伸びていく。
ヒルコの身体を蹂躙しつつ刃先は進撃し、ついに外へ突き抜けた。
『振って!!』
上段に構えた刀を、一気に振り下す。
凄まじい大絶叫。
海を切り開いた寓話のように、ヒルコの身体は切り開かれた。
霊獄機は落下し、湖に着水する。
手を伸ばし、斬馬刀をしっかりとつかむ。
『走って! 早く!!』
「わかっている!」
俺はがむしゃらに霊獄機を駆り立てた。
左右には壁のようにそびえるヒルコの身体。
隙間はどんどん狭まってくる。
もう少し。
くっつきかけた裂け目を体当たりで突破し、霊獄機は外へ転がり出た。
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