第36話 特効アイテム 藤太の弓
「俺達はアカツキに助けられた。危ないところを救われたんだ、俺もハナも」
「名を与えたことで、君はもう充分その子に報いたのです。返すのです、あるべき場所へ」
俺から見たら、カガシもアカツキも同じような存在としか思えない。
膨大な時の中で魂を研鑽し、ついに至高の域に達した偉大な生命体。
どっちもそうだ。同じじゃないか、そこは。
なのに、カガシは違いにしか目を向けていない。
死から生じたとか、霊尖角がないとか――悪霊が見えるとか。
どうでもいいじゃないか。
そんなどうでもいいことで、理解すら拒否するのか。
今さらながらに俺は気づいた。
ばらばらのあの子達が名乗るはずがない。
ヒルコという蔑称をつけたのは神尊達なのだ。
蔑み、区別し、遠ざけるための総称だけをつけた。
個を認識し、受け入れるための名前はつけなかった。
そして言うのだ。
忌むべきものはあるべき場所へ返れと。
「――アカツキはずっと地の底にいたんだ、一人きりで。神尊になるくらい、長く。神尊になってからも、長く。ずっと、ずっと一人で……」
「わかってください、タケル! その子は神尊ではない! 近くに置いてはいけないのです!」
「だからっ! そんなことはどうでもいいんだよっ!!」
あ、いかん。
声が震えている。感情がコントロールできてないぞ、俺。
いや、だからなんだ。
この際、構うものか!
「アカツキがお前達のところへ行かなかったのは何故か、わかるか? お前こそ、わかっているのか!?」
「タケル、落ち着いて。味方が必要だって、あなたは」
驚いた顔でアカツキが俺を制止した。
だが、俺は止まれなかった。
「受け入れてもらえないと、諦めていたからだ! 誰にも理解されないと知っていた。名前すらもらえないと知っていた。この子は、最初から絶望していたんだ! それはアカツキのせいじゃない。お前らがそうしたんだぞ! わかっているのか、カガシ!!」
「タケル――どうか冷静になって判断してください。その子は危険だ。君にとって、本当に危険なんですよ!」
カガシも感情をあらわにしている。
俺を心配しているからだ。こいつはいい奴なのだ。
だからこそ、俺も譲れない。
「最初から決めつけるなっ!! 誰だって――」
言っている最中に、俺はめまいに襲われてしまった。
倒れかかる身体を胸で受け止めてくれたのは、ハナだった。
「タケル様、興奮しすぎですよー。落ち着いてください、どうどう」
俺は馬か。
ハナはカガシに背を向け、何故か俺とアカツキをまとめて抱きかかえていた。
「……なによ、馬鹿たぬき? 私は別になんともないわ」
「まあまあ、いいじゃないですか。ついでですよ、ついで」
お気楽な調子でアカツキをあしらう。
振り向きもせず、ハナはカガシに呼びかけた。
「ねぇ、カガシさん。ハナはいいんですか? カガシさんのお話だと、ハナもここに居てはいけない気がしますけど」
「君はタケルの
「へー、そうなんですか?」
「普通ならタケルが召喚された時、君は向こうに置き去りになったはずです。最初は先祖や近親者を守護霊にしているのかと思った位ですから。そこに干渉するつもりはありません」
「なるほどぉ。ハナはタケル様の付属品って認識なんですね。そーですね、他人の持ち物にケチをつけちゃ、失礼ですもんね」
薄く笑って、ハナは言葉を続けた。
「タケル様はハナの主で、アカツキはその娘。本当に、くっっっそ生意気ですが、この子こそ、タケル様のお身内なのです。侮辱はしないで欲しいのです」
くそとか言うな。
せっかくのいい台詞が台無しだぞ。
「侮辱ではありません。ただ、タケルのためには――」
「タケル様とアカツキのために、です。考慮からアカツキを外さないでください。それが侮辱なのですよ」
カガシは困惑しているようだ。
俺とハナがアカツキに毒されている――そんな風に見えているのかも知れない。
ある意味、そうだろう。
アカツキと出会ってから、わずかな時間しかたっていない。
ハナにしても、俺がはっきりと存在を認識したのはその少し前に過ぎない。
でも、時間なんか関係ない。
俺達は霊獄機を通して、魂のレベルで触れ合っている。
なにより共に死線を潜り抜けた彼女達は、もう俺の家族も同然だった。
「どうでしょうか、カガシさん? わかって頂けました?」
返事をうながすように、ハナはカガシの方へ振り向いた。
「しかし、ハナ。そ――」
カガシの言葉は途切れた。
ハナの表情になにを見たのか、硬直している。
「まだわかって頂けていないなら、わたくしにも考えがありますよ」
平静で柔らかな口調だが、俺はぴんときた。
いや、誰にでもわかるだろう。
これは狼が獲物に飛びかかる寸前の唸り声。
いわば最後通告なのだ。
やばい。
ハナの奴、本気でブチ切れている。
禁域で兵士達と相対した時よりも、はるかに激怒している。
カガシは完全に飲まれているじゃないか。
俺の怒りはすっと醒めた。
まずいぞ。
すっかり主旨が頭から飛んでいた。
「ば、馬鹿たぬき! いいから、私は戻っても……」
アカツキがなだめようとする。
しかし、ハナの耳にはまるで届いていないようだ。
「おばーちゃん以外なら、ハナは片手でひねり殺せます。よく考えて、今すぐお返事ください、カガシさん」
なんだそりゃ、無茶振りもいいところだ。
あと一言二言で、ハナはカガシを手酷くぶちのめすだろう。
そしてパダニ族全員を同じ目に合わせるまで止まらない。
なにかにつけ、うちのたぬき娘は攻撃一辺倒なのだ。
このままではせっかく味方にできそうな勢力を叩き潰してしまう。
そうなったら、最終的には共倒れになるしかない。
第一、合流場所にヒルコを連れてきて、迷惑をかけたのは俺達のはずだ。
カガシの発言は確かに許せないが、全面衝突は避けるべきだった。
その時、神尊の1人がただならぬ様子で駆けてきた。
「カガシ様ーっ!! カガシ様、大変です!! ヒャクソ様が……っ!」
とたんにカガシの顔色が変わった。
ヒャクソ婆になにかあったのか――と思った瞬間。
「うわっ!?」
地面が大きく揺れた。
繰り返し揺さぶられ、俺もアカツキもなかば転倒しかけた。
慌てて俺達はハナにしがみつく。
「おお、揺れてますねぇ。ここだと、天井落ちるとやばいですね」
言って、ハナは両脇に俺とハナを抱えた。
うむ、この後の流れは学習済みだ。
俺は口をつぐんだが、アカツキは文句を言おうとした。
「ちょ、ちょっと! たぬ……っ!」
強烈な加速感。
アカツキの奴、舌をかまなければいいが。
二人を抱えたまま、ハナは揺れる地面の上を疾駆した。
あっという間に神尊達の間を駆け抜け、通路を目指す。
カガシは後方に置いてけぼりだ。
焦った表情でアカツキが叫ぶ。こんな顔は初めてだ。
「待って、霊獄機!
「道具の回収は後にするのです、アカツキ」
「冗談じゃないわ、あれは私の故郷なのよ!!」
「命あっての物種なのですよー、まあハナは死んでますけど」
激昂するアカツキへ気楽な調子で返すハナ。
不幸中の幸いと言うべきか、危機に瀕してハナの気分は切り替わったらしい。
ところが、通路に飛び込む寸前でハナは急停止した。
急激な減速に見舞われ、俺とアカツキは息を詰まらせた。
アカツキはまだしも、人の身には厳しい。
「ハナ、おま――」
とがめる言葉は最後まで続くことはなかった。
いきなりハナは大きくバックジャンプした。
次の瞬間、地面が割れた。
猛烈な土煙が次々と
煙を割って、黒光りする物体がそそり立つ。
視界の大半を埋めるほど巨大ななにか。
まるでベルトコンベアのように連なった節が順序よく移動し、滑るように――
これは、禁域の出口で見た桁外れにでかい生物だ!
どうしてこんなところに?
思考を巡らす時間は与えられなかった。
『ギィシャアアアアアッ!!』
俺達の前に現れたのはムカデ――ねじくれた霊尖角をいくつも生やした、巨大なムカデの神尊だった。
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