第19話 爆誕! メイドニンジャ、ナンデ!?
現われたのは狼――俺の部屋で見た狼達らしい。
やはりこいつらもいたのか。
あの時は暗すぎて気付かなかったが、狼達はそれぞれに毛色が違っていた。
スミグモは薄墨を塗ったように手足や鼻、尾の先が黒い。
コガネは全身が金毛で覆われている。
最後に現れた白い毛並みの狼にハナは呼びかけた。
「マシロ、あなたの弟妹でしょう。ちゃんと教育するのです」
『彼奴等はヌシの従僕であろ。ならば教え導くは主の務めじゃな』
マシロは薄く笑みを浮かべた。
狼なのに品よく笑うとは、器用なものだ。
どのような仕組みなのか、狼達はハナの髪に宿っていたようだ。
いや、待てよ?
つまりハナの頭を撫でていた時、手を狼にばっくりやられていた可能性もあったんじゃ……?
俺がガクブルしているのを余所に、ハナは腕組みをしてマシロをねめつけた。
「屁理屈は結構なのです。それより出番ですよ、マシロ」
『おや、挨拶もなしにかい? 久方ぶりに相対したというに、情のないこと』
「時間がないのです。仕方ないでしょう」
言いながらも、ハナは口調を和らげた。
腰を下ろして膝立ちになると、両手を広げる。
狼達は競うようにハナの首元へ鼻先を突っ込み、頬をなめた。
ハナは連中の頭をかわるがわるに抱え、毛皮を撫でてやった。
『ハナよ、ヌシはさきほどまで我らの存在を失念しておったろ? 大丈夫かえ?』
「ごめんなさい、マシロ。どうも記憶があいまいなのです。思い出せないことが多くて……」
『無理もないさ。さぞ苦しかったであろうな』
「ええ……でも、それはあなた達も同じでしょう?」
交わされる会話の意味は俺にはわからない。
ただ、彼らの間に深い信頼と絆があることだけは、明らかだった。
砲撃音が轟き、俺達からやや離れた場所に着弾した。
まだ牽制のようだが、ほどなく追手のオーガスレイブは俺達の姿を照準に捉えるだろう。
マシロは鼻先をついっと上へ向けた。
『ふん、嫌な匂いだこと。あたしらは顕現したばかりで力が足りぬ。一度放てば、しばらくは出てこれないよ』
「わかりました、マシロ。あとはハナがどうにかします。思いっきり、やっちゃってくださいな」
ハナも立ち上がった。
『前におるガラクタをやればよいのだな』
「ええ、頼みましたよ、コガネ」
『ハナ、あまり吠えすぎるな。ヌシはなにかと無理をする』
「大きなお世話なのです。さっさとしなさい、スミグモ」
コガネとスミグモはマシロに寄り添うと、しゅるんと合体した。
おお、やっぱかっこいいな、魔狼。
サイズはでかくなるが、体毛は白いままだ。
「タケル様、ハナは上から声を使います。洞窟に反響させて増幅しますから、耳を塞いだ方がいいかもですよ」
「あ、ああ。わかった」
よくわからないまま、俺はうなずいた。
なんにせよ、彼らに任せるしかないだろう。
ハナは魔狼にまたがると、ぽんと肩を叩いた。
「上げて、オオシロ」
『承知』
魔狼――オオシロは高く突き出た岩の天辺まで駆け上がり、一気に跳躍した。
勢いが弱まり、落下に転じる寸前、ハナはオオシロの背を蹴ってさらに上昇した。
ぐんっと身体を伸ばすと、ぎりぎりで洞窟の天井に手が届いたようだ。
そのまま指先を岩の端に引っ掛け、強引に身体を引き上げる。
ハナは岩盤に背をつける格好で張りついた。
おおおおっ、すげーっ!!
まるで漫画の忍者みたいだぞ、メイドなのに。
着地したオオシロは四肢を強く踏ん張り、低い声で唸りはじめた。
八つの眼が爛々と名状しがたい光を灯す。
がっしりと喰いしばった牙がギチギチと軋んでいる。
怨み。
憎しみ。
殺意。
腐れ爛れた怨嗟の念。
それは際限もなく増大し、黒い渦となってオオシロを飲み込み、さらに膨れ上がっていく。
――思い知れ。
――思い知れ、思い知れ。
突然、見たこともないモノが見えた。
黴臭く、濡れた地下牢。
むせ返るような血と獣の臭い。
耳障りな音を立てる重たい鎖。
――この怨みを思い知れ。
強烈な飢え。
癒えない渇き。
幾年もかけ、ゆっくりと。
ゆっくりと絞殺される、その苦痛。
――我らが怨み、思い知るがいい――!
ほどけて、いく。
竜巻のごとく吹き荒れる黒い渦。
風に削り取られているのか、オオシロは端から分解されていく。
それに応じて、渦はじっとりと質量を帯びた。
はじまりからほんの十数秒。
もはやオオシロの姿はなく、赤黒くおぞましい泥濘が渦巻くばかりだった。
どぼっ、と粘ついた音を発し、泥濘は宙を飛んだ。
探知されたのか、出口をふさぐオーガスレイブが砲撃する。
だが、ただ泥に穴をうがつばかりだ。
逆に着弾の衝撃で散った泥の飛沫が兵士達に降りかかってしまう。
あちこちで白い煙と悲鳴が上がる。
焼け爛れた肉の臭いがここまで漂ってきた。
泥は――触れたモノを溶かすのか。
ほとんど量を減じることなく、泥濘はオーガスレイブを囲み、渦巻いた。
オーガスレイブはなおも発砲したが、泥が相手では効果は薄い。
よく見ると、泥がまとわりつく度に装甲の表面が明滅している。
遠くてよくわからないが、リーファの術衣に描かれていたような紋様のようだ。
恐らくあれは、オーガスレイブを護る術紋だ。
全身に施された術が見えない防壁となって泥濘を弾き返し、装甲の溶解を防いでいるのだ。
オーガスレイブの方にも泥濘に対して有効な攻撃手段はなさそうだ。
しかし、追っ手の二体がもうそこまで近づいていた。
このまま決め手がないと、ほどなく俺達はまずいことになる。
だが、俺の懸念はあっさりと覆された。
無駄を悟ったのか、泥濘は三つの塊に分かれた。
渦巻く速さが加速度的に上がっていく――と、泥濘は急速に膨張した。
伸びた泥濘は再び合体した。
出来上がったものは、大きな泥の球体だ。
皮膜がかなり薄いようで、向こう側が透けて見えている。
オーガスレイブは球体の内側に囚われてしまった格好だ。
ふわり、と巨体が浮く。
オーガスレイブは戸惑ったように手足を動かすものの、浮かされた状態ではどうにもならない。
ポルターガイスト。
狼達は泥濘で閉鎖空間を作り、ポルターガイストを発生させたのだ。
くるくると回転しながら、オーガスレイブは洞窟の天井に衝突する。
もちろん、それは最初の一撃に過ぎなかった。
次は地面に叩きつけられた。
また天井。
地面、天井、地面……繰り返す度に勢いが増していく。
オーガスレイブの手足はあらぬ方向に折れ曲り、装甲が脱落した。
確実に、操縦者はもう生きてはいないだろう。
最後に残骸と化したオーガスレイブを猛烈な勢いで投射すると、泥の球体はぱちんと弾けてしまった。
消えることはできないはずだから、ハナの髪へ戻ったのだろう。
「って、おわっ!」
残骸は俺の頭上すれすれを通過。
見事に追っ手のオーガスレイブに命中した。
動力炉が破壊されたのか、砲弾代わりにされたオーガスレイブは、味方の機体を巻き込んで大爆発を起こした。
ズズン、と大きな振動が起こり、洞窟の一部が崩落した。
落ちてきた巨大な岩盤は、もう一体のオーガスレイブを押し潰してしまった。
再度の爆発。さらなる衝撃を受け、あちこちで崩落が起こりはじめた。
この状況では、もはや戦争どころではない。
逃げ惑う兵士達を襲ったのは、狂気の咆哮だった。
『ウゥゥゥゥ、オオオオォオォオオオアアーーッ!!』
繰り返し、ハナは吼えた。
洞窟全域を震わせる大音声。
岩壁にこだまして返ってくるそれを、ハナは増幅させて叫び返す。
たちまち禁域内は、異様な不協和音のうねりで満たされた。
頭をかきむしられるような、不快極まる音の洪水。
強烈な音波が身体そのものを振動させ、脳や内臓をシェイクする。
こんなの、耳を塞いでもほとんど意味がない。
伝わってくるのは、ごくシンプルなメッセージ。
――狂え。
――見捨てられた恐怖、生きたまま貪り喰われる激痛、それでも死ねない絶望。
――わたくしも、お前も。誰も彼も。
――誰であっても、これには耐えられない。
――こんなのは、あんまりだ。あんまりにも、ひどすぎる。
――だから、狂え。狂って、しまえ――――っ!!
深層心理下に叩き込まれる、鋭利な恐怖で形作られた
ハナは俺には耐性があると言っていたが、それでもきつい。
咆哮に対して気休め程度の護符しかもたない連邦の兵士達は、破滅的な影響を受けてしまった。
「――、――っ!」
「――!? ――っ!!」
何百という人間が声を限りに叫び、殺し合いをはじめた。
たちまち、ひどいありさまになっていく。
恐らく禁域全体で同じ死の恐慌が起きているはずだ。
胸がむかついたが、ただ目を逸らしているわけにはいかない。
俺は、俺達が助かるためにこれをやらせた。
だから助からなくてはいけない。せめてそれは果たさなくては。
少なくとも神尊達はこの機会を躊躇なく活用していた。
武器を使わず闇雲に襲ってくる人間など、彼らの敵ではない。
ましてや、大半の兵は同士討ちに熱中しているのだ。
たちまち形勢は逆転した。
兵士達は十把ひとからげになぎ払われ、死体がうず高く積み上がっていく。
これならすぐに脱出路が開けるはずだ。
ふいに、うしろでにぶい音がした。
俺が目を向けると、ハナが身を投げ出すようにして、倒れ伏していた。
いや――ちょっと待てよ。
まさかこいつ、天井から落ちたのか……!?
「ハナ! お、おい、大丈夫か!」
大慌てで駆け寄り、助け起こそうとして手が止まる。
頭を打ったのだとしたら、起こしていいのか?
いや、でも幽霊のはずだから――などとパニくっていると、すっと手が伸びてきた。
『あ――あ、あああっ! ああ、あがああっ!!』
異様なうめき声。
落ち窪んだ眼窩、冷たく湿った土気色の肌。
両手が俺の首と肩をがっちりとつかむ。
痙攣する指先が皮膚に強く突き立てられ、血がにじんだ。
『ガアアアアアッ!』
ハナは正気を失い、悪しき霊魂へと堕していた。
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