第18話 いき遅れたっていいじゃない メイドだもの
爆発で砕かれ、散弾のようにまき散らされた岩塊が迫ってくる。
それは一つ一つが破滅的な威力を持っていた。
大きく跳躍して、ハナはすべての破片を避けきった。
「狙われています! ちょっと、がちゃがちゃ動きますよーっ!!」
十数秒の間に何度も爆発が起きた。
これは砲撃、しかも複数の砲によるつるべ撃ちだ。
恐らくはオーガスレイブによるものだろう……と、考えるのが精一杯だった。
ハナはジグザグ移動を繰り返した。
遮蔽物から遮蔽物へと隠れながら進んでいるようだ。
着弾地点はあまり近くはないが、こちらは生身なのだ。
直撃しなくても、至近弾を喰らえば致命傷を受けてしまう。
可能な限り進路を変更し、狙いを逸らすべき――それは確かにその通りなのだが。
結果、俺は猛烈な勢いで前後左右に振り回される羽目になった。
周囲を見るような余裕はまったくない。
彼女の邪魔をしないようにしがみつくのが、精一杯だ。
文句を言う筋合いではないが、ちょっとじゃないだろ、これ。
やがて砲撃は止んだ。
なんとかオーガスレイブを引き離したらしい。
「大砲はさすがにまずいですねー。ハナはあんまり頑丈ではないのですよ」
「でも、いざとなったら消えられるんじゃないのか? お前は――」
幽霊だろ、という言葉を俺は飲み込んだ。
どうしてか、彼女にその事実を突きつけたくなかったのだ。
「それが、ダメみたいです。実はまだわたくしにも、現時点でなにをどの程度できるのか、はっきりしないところがあって」
苦笑しながら、ハナは続けた。
「タケル様のいる場所に『跳ぶ』ことはできるんですが、消えるのは無理っぽいですね。砲弾を受けてしまったら、身体がばらばらになると思います。そのあとどうなるかまでは、わかりませんけど」
言われて、召喚された時のことを思い出した。
確かにあの時、俺と一緒にハナ達も落ちていた。
消えられるなら、あんなことにはならなかっただろう。
もしかすると実体化してしまったせいで、いわゆる幽霊っぽい行動に制約が出ているのかも知れない。
「とにかく脱出しましょう。そのあとは、おばーちゃん達と合流でいいですか?」
「あ、ああ。そっか、ハナも
緊急時、禁域から脱出し、落ち合う場所。
それはカガシの術によって俺の頭の中に刻まれていた。
どうやらハナも同じらしい。
「はい。あの先に抜け穴が――」
丘を一気に駆け上がろうとして、ハナは足を止めた。
地面から突き出るように大小の岩が並び、間を縫うように小道が続いている。
その先で洞窟は徐々に狭まり、禁域外の洞窟へ続く穴が開いてるのだが――
「むむむ、ガラクタがふさいじゃってますね……」
岩陰から様子をうかがっているハナ。
やっと地面に降り立った俺も、彼女の横からそっと顔を出す。
確かにオーガスレイブが一体、出口になる穴の前に立ちはだかっている。
しかし、それよりも問題はもう少し手前の状況だ。
丘を下った先の平原で、二十体あまりの神尊達が連邦軍に包囲されていた。
脱出しようとしてここまでたど着いたものの、オーガスレイブに行く手を阻まれ、兵士達に追いつかれてしまった。
恐らくはそんな経緯があったのだろう。
混戦のため、出口を抑えているオーガスレイブは援護できないようだ。
それでも神尊達の敗色は濃かった。
分断され、孤軍奮闘するのが精一杯のように見える。
個々の能力は低くても兵士達は圧倒的に数が多かった。
全員が銃器で武装しており、連携して攻撃している。
一方の神尊達は誰も武器を持っていないようだ。
「はー。色々な方がいますねぇ。虎とか、鳥とか、蟲とか、魚っぽい方まで! すごいですね」
ハナの言う通り、神尊は巨大な怪物そのものの姿をさらしていた。
確かにその爪や牙は強力だろう。
しかし、銃撃に阻まれて兵士達に接近できていない。
業を煮やした神尊の一人が雷撃を放った。霊術という奴だろうか。
だが、兵士達が押し立てている盾がその大半を弾く。
やはり、この調子では神尊達の敗北は必至だ。
すでに倒れ伏して動かない神尊があちこちに点在している。
「のん気なこと言っている場合かよ! このままだと、あいつら全滅しちまうぞ!」
ハナはきょとんとした。
「ええ? だから、なんです?」
「いや、だから――」
「だからって、ハナには関係ないのです。タケル様にはもっと関係ありません。あれは、人じゃないですよ?」
言われて気づく。ハナの指摘は正しい。
人間達は集団で
図式としてはまさにそうだった。
神尊を助けるということは、あの兵士達――人間達を殺すということだ。
こちらに危害を加えるなら話は別だが、少なくとも今、兵士達の矛先は神尊へ向けられている。介入すれば、問答無用で俺達も攻撃対象になるだろう。
「それとも、兵隊さん達に肩入れします? まさかですよね」
早い話、無関係な連中の殺し合いなのである。
だから関わる必要はない。これ以上、巻きこまれてはいけない。
当然の判断をハナはしているのだ。
「――ハナ。さっきの声、もう一回できないか?」
「あれは日に何度もやれるものじゃないですが……あと一回なら、たぶん、なんとか。タケル様の御所望とあれば、がんばっちゃってもいいですよ」
にっこりしてみせるが、目が笑ってない。
「ですが、どうしてでしょうか? 関係ないですよね?」
安っぽい同情心で危険を冒すのは許容できない。
ハナはそう言いたいのだろう。
「俺達が脱出して、うまく逃げるためだよ。あのオーガスレイブをすり抜けるには、兵隊達をパニック状態にさせて、混乱した隙をつくしかない。それに俺達だけだと追っ手は狙いを絞れるけど、他にたくさん逃げていたらそうもいかないだろ。目くらましに使うんだよ」
むーっ、とにらまれる。
理屈としてはそこそこ正しいはずだ。
でもハナはこと話が戦いがらみになると妙に勘がいい。
おまけに判断がシビアなんだよな。
「……あのガラクタは、脱出しようとする者があれば躊躇しないと思います。兵隊さん達を巻き込んでしまうとしても」
確かにそうだ。
連邦はなによりも神尊を倒すことを優先するだろう。
そういう命令を受けているはずだ。
脱出のためには、あのオーガスレイブを俺達でどうにかしなくてはいけない。
後方から地響きが聞こえた。
俺達を撃っていたオーガスレイブが接近しているのだ。
ここに連中が加わったら、もうどうにもならない。
「二体、追ってきてますね。うーん、なにか手は……」
ハナは岩に背を預け、瞼を閉じる。
「――ん? おおぅっ! ハナとしたことが、大事なことを忘れてましたぁっ!!」
ぽんと手を打つハナ。
と、いきなり頭を振って後頭部を思い切り岩肌に打ちつけた。
ごつんっ、とものすごい音がする。
「バカ! お前、なにやって――」
「マシロ! コガネ! スミグモ! 起きているんでしょう、気配がしますよ! いつまでシカトぶっこいてんですか!!」
ハナは肩をいからせ、大声で怒鳴った。
余勢で髪が揺れるほどの勢いだ。
いや、そうじゃない。
彼女の髪自体が動いているのだ。
まるで別の生き物であるかのように。
ずるり、と髪は地に届くまで伸びた。
唐突な変化に目を見張る間にも、髪は束になって蠢き出す。
その間からピンポン玉のようなものがいくつも浮かび上がってくる。
黄色く濁ったソレは、眼球だった。
髪がまとまり、細長いあぎとが出現する。
だらりと垂れ下がった、涎まみれの長い舌。
ハッハッハッ、と聞き覚えのある荒い呼吸まではじまった。
『やれ、かしましきことだ。オレ達は今さっき、目覚めたばかりなのだがな』
くぐもった声であぎとがしゃべる。
もう一束、髪が持ち上がり、新たなあぎとが生えた。
『いつものことよ。我らが主にはつつしみがなくていかん。であろうが、クロクモよ』
『まさにな、コガネよ。これではいき遅れるも道理』
くっくっくっ、と二つのあぎとは粘つくような笑いを上げた。
「むかっ! ハナはいき遅れじゃありません! ぐだぐだ話してないで、さっさと出るのです!!」
ぷっつりとハナの髪が肩口で切断された。
するすると滑り落ちた髪束は途中で縄のようにまとまり、三頭の獣に変化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます