第17話 現金払いでお願いします
「突けぇーっ!!」
号令一下、兵士達は同時に大きく踏み込み、銃剣を突き出した。
時間経過が妙に遅い。
それでも鋭利な切っ先は、もうすぐに俺の胸や腹を刺し貫くだろう。
だが、俺は知っていた。
彼女が来る――いや、
空間に墨汁をたらしたように、視界が闇に覆われる。
ざしゅっ、と音がして血飛沫と臓物が派手にまき散らされた。
おもちゃ箱をひっくり返したように、バラバラと肉塊が落下する。
四名の兵士達は、みんな仲良く細切れにされた。
もう誰が誰やら見分けがつかない。
さようなら、ナット。ホルテン君も。あと、他の誰かも。
「な、なんだっ!? お前、どこから」
唐突に出現したメイド服姿の少女――ハナを指差し、うろたえる兵士達。
比べて、
避けようがなかったのか、あえて俺の盾になったのか。
いずれにしても至近距離からの銃撃は、ハナの胸に大穴をうがった。
同時にまばゆい放電が全身をつつみ、髪と服を焦がす。
びくんっ、と
「ハ――ハハハハハッ! どうだ、デイモンがっ!! この法術弾はお前らの霊核石に干渉し、麻痺させちまうのさ。苦しいか、クソ魔女めっ! 身動きできんだろうが、ええ?」
軍曹は腰から吊っていた銃剣を抜き、ハナに近寄る。
「やってくれたな、クソが。ちきしょう、みんな殺しちまいやがって! お前もそうしてやるっ!!」
止める間もなく、軍曹は銃剣をハナの胸に深々とつきたてた。
哄笑しながら、ぐいぐいと刃を走らせる。
「どうだ! 霊核石をくり抜いて、ぶち殺してやるぞっ、悪魔め!!」
俺はその凄惨な光景を、ただ見守っていた。
ほどなく、軍曹の顔に戸惑いが生じる。
「な――ない……? 霊核石が、どこにも……馬鹿なっ!?」
馬鹿はあんただよ、軍曹。
幽霊にそんなもの、あるはずがないだろう。
ハナが右手を一閃させると、下あごだけを残して軍曹の頭が消し飛んだ。
糸を切られた操り人形のように、彼の身体は崩れ落ちた。
胸の穴から潰れた弾丸がひとりでに排出され、ハナの足元に転がった。
残りの兵士達は完全にパニック状態に陥ったようだ。
数名がこちらに銃を向けてくる。
深く息を吸い込むと、ハナは大音声を放った。
『ウアオォォォォーーーーッ!!』
凄まじい圧をともない、奇妙にひずみ轟く不快な咆哮。
まるで絶命の際に絞り出された悲鳴のようだ。
ばしっ、ばしんっ、となにかの破裂音が混じり出す。
兵士達が腰から下げていた護符が焼け焦げ、破れ散っていた。
恐ろしい声だ。
ただ聞いているだけなのに、息がつまり、呼吸が苦しい。
俺だけじゃない。
銃を取り落とし、連邦の兵士はみんな耳や喉元を押さえてのたうちまわっている。
リーファも苦悶の表情を浮かべ、顔色が赤紫に染まり始めていた。
このまま続くと、こちらまでやばい。
ハナを止めたくても声が出ない。身体も上手く動かせない。
俺は力を振り絞ってどうにか手を伸ばす。
ハナの肩をつかもうとして――急に声がやんだ。
身体を縛っていた音圧が唐突になくなった。
俺はそのままハナの腰へ抱きつくようにぶつかった。
「ひゃうっ! な、なんですかぁっ!」
振り向いた顔は、俺が知っているハナのものだった。
安堵もあって、俺はへたりこんでしまう。
「もう、タケル様ってば本当にえっちぃですね。発情待ったなしの男子高校生ですから今回は許しますけど、年頃の女子にうかつに手を出しちゃ、めっ! ですよ、めっ!」
子供か、俺は。
「こんなスプラッタな状況で誰がラキスケ狙うんだよ。お前の仕業なんだろ、これ」
俺は兵士達の方に手を振った。
連中は凄まじい恐怖を顔面に張り付かせ、絶叫しながら互いに殺しあっていた。
誰も武器など使っていない。
獸のようにつかみかかって首を締めたり、齧りついたりしているだけだ。
恐らく道具を使えるほど、まともな精神ではないのだろう。
どいつもこいつも、完全に常軌を逸している。
ハナはにっこりした。
「ですねー。けっこう疲れましたぁ」
めっちゃ軽いな、おい。
「あれですよ。こう、昔あった嫌なこととか、きゅうううっと思い出すと、ちくしょー、はらさでおくべきか、きいいいいっ、メラメラメラーッ! ってなるじゃないですか。それをドーン! とやる感じですかね」
うらみ念法かよ。しかも八つ当たりじゃねぇか。
俺のドン引きを察知したのか、ハナは言い訳をはじめた。
ぴんと立てた人差し指を振り回し、大したことないんですよ、と強調する。
「いえ! あの、でもですね、大丈夫ですよ、たぶん。護符で
四半刻? ええと、確か約三十分だっけか。
どう見ても十分しないうちに連中は全滅しそうだ。
大したことだよ、充分。
「止めましょうか? 気絶させれば――」
「いや、いいよ。あいつらが攻撃して、お前が反撃した。だから、これでいい」
「……ですよね。ハナも、そう思います。ざまあみろ、ですよね!」
無邪気な笑顔を返すハナ。こっちは胃の辺りがずっしり重いのに。
だけど、指示を撤回する気はない。
これでいい。俺はそう思ったのだ。
勘定書きは高くついたぜ、軍曹。
焦げついた支払いはお仲間に頼んだから、心配するなよ。
「そういえば、カガシはどうしたんだ?」
「ああ、ぶん投げておきましたよ!」
「――は?」
今、なんて?
「ええとですね、あのガラクタに追い回されてたんですけど、ハナはタケル様に
どうやら、ハナはハンマー投げの要領でカガシを投擲したらしい。
こいつのバカ力で投げられたら、どれだけ飛んだものか。
「……お前、なにしてくれてんの?」
カガシの奴、無事だろうか。
まあ、オーガスレイブの目前に一人取り残されるよりはマシだったろうが。
「ちょっと乱暴でしたけど、あれで遠くに逃げられたと思いますよ!」
ハナはえへへへと照れ笑いをする。
いや、ほめてないし。
リーファがふらついた足取りで寄ってきた。
しばらく咳き込んでいたのだが、やっと少し落ちついたらしい。
「あ――あなた達は、一体」
「いやーん、話しかけないでもらえます? プチ殺したくなりますから♪」
口調は柔らかいものの、ぴしゃりと鼻先で扉を閉めるような返事だ。
「おい、ハナ」
「第一ですね、そんな場合でもないのですよ。ほら、アレ」
ハナの視線を追うと、数体のオーガスレイブらしきものが見えた。
どうやら、こちらを目指しているらしい。
「派手にやりすぎましたかね?」
「いや、あの装置だろ。よくわからんけど、めっちゃ反応してるっぽいぞ、お前に」
兵士達が殺しあっているあたりの地面に、俺が向けられていた奇妙な計測装置が転がっていた。なにやらよくわからない表示と激しく点滅するランプが見える。
操作していた兵士の姿は確認できない。
彼も正気を失い、装置を投げ捨ててしまったのだろう。
ハナの言う通り、いくらも余裕はなさそうだ。
リーファとここで別れたら、もう次に会う機会はないかも知れない。
なのに彼女の顔を間近で見ると、変に意識して緊張してしまう。
「あの、君……リ、リーファ!」
「はい?」
「どうしても聞きたいことがあるんだ。俺の、いや、君の」
言いかけた俺を、ハナはひょいと担ぎ上げた。
これは、まさかのお米様抱っこ!?
「では参りましょうか、タケル様」
「ちょっと、ま――」
ぐんっ、と急加速がかかり、俺は舌をかみそうになった。
一気に景色が流れる。
ほんの一息の間にリーファは声が届かない距離にまで離れていた。
風のような速さでハナは疾走している。
「ハナ、待てよ! もし、あの兵隊達がリーファを襲ったら、どう」
「どうもこうも、わたくしの知ったことではないのですよ。タケル様はお護りしますが、二人も面倒見切れません」
なんだろう、ハナとリーファって相性が悪いんだろうか?
確かに色々あったが、どうもそれだけではない気がするぞ。
「それにたぶん大丈夫ですよ、残念ながら。残念っ!! ながらっ!」
本当に残念そうなのな、お前。
「なんで、そう思うんだ?」
「狂いませんでした、あの人。タケル様は耐性があるからともかく、わたくしの咆え声は、なまなかな護法程度では防げないはずなのに」
一歩一歩、飛ぶように駆けながら、ハナの息は乱れない。
軽く汗がにじむ横顔。
額に、ほつれた髪がいくつか張り付いている。
場違いにも、綺麗だなと思ってしまう。
ハナが身体を駆動する様には、見とれてしまうような躍動美があった。
ひたむきに走る獣のような純粋な美しさだ。やっぱり、色気はないのだが。
「組み合った感じ、体術も相当こなしますね。相手がわたくしでなければ、めったに遅れは取らないでしょう。恐怖に狂った兵士から自分の身を守る程度は、できると思います」
「そうか。ハナがそう言うなら、信用するよ」
つい笑ってしまったのを不審に思ったのか、ハナは妙な顔をした。
「もう、タケル様ってば。手当たり次第にフラグを立ててると、メモリアルが爆弾だらけに――」
唐突にハナは急転回した。加速方向が変わり、首がねじれてしまう。
ほぼ同時に右前方で爆煙がふき上がった。
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