第12話 これ見て、わんわん!

 しぶしぶながら、ハナは射手をカガシ達に引き渡した。

 手錠をかけるような形でカガシ達は射手を縄で拘束した。


 覚悟を決めたのか、射手はもう抵抗していない。

 カガシを含め、お付達もみんな人間の姿に戻っていた。


 悪霊には慣れているが、物理的に殺されかけたのは初めてだ。

 もう終わったのだと頭で理解していても、心は落ち着かない。


 気を紛らわせるため、俺はツノのことをカガシにたずねてみた。


 カガシはわざわざ蛇に変化して、説明をはじめた。

 やっぱり親切だな、こいつ。


『これは霊尖角れいせんかくと言って、霊的進化を遂げて、神尊に成る際に生えてきます。以降、およそ十年ほどで一節、増えていくのですよ』


 霊尖角を軽く振るカガシ。


 なるほどな。

 カガシの霊尖角は八つの節がある。

 神尊に成ってから、七、八十年というわけだ。

 うむ、意外とじじいだな。


 カガシは人の姿に戻った。

 髪に隠れて今まで気づかなかったが、額に小さな盛り上がり――霊尖角の痕跡があった。


「ちょっとだけ残るんだな、それ」

「ええ。ただ、この状態では多少の術は使えますが、神尊としての固有能力はほとんど使えません」

「へえ?」

「霊尖角には霊力を放出し、様々な霊術を行使する機能があるのです。神尊を神尊たらしめているのは、この器官なのですよ」


 人の姿になることは、霊尖角を封じることでもあるのか。

 つまりそれは、武器をおさめているということだ。

 本性をあらわにしないというのは、敵意がないことをも示しているのだろう。


「といっても、私はもともと戦いは苦手なのです。使える霊術は身体を診たり、治療したりの医療系ですね」

「ああ、俺の頭に情報入れた術もそっち系なのか」


「はい。ただ、あの術による知識の焼きつけは人間にしか使えません。神尊には霊核石がありますから」


 霊核石って、神尊の体内物質だっけ。

 パダニ窟を覆う封印に反応しちゃうって奴だよな。


「我々の魂は霊核石に宿るのです。この石は身体をほぼ完璧に管理しています。お陰で外からの働きかけとなる医療やラーニング系の術は無効化されるのです」


 カガシはやや残念そうに言った。

 神尊は霊核石のお陰で寿命は長く、病気にはならず、怪我をしてもすぐに治る。

 反面、脳に知識を焼きつけても瞬時に修復――つまり、忘れてしまうそうだ。


「そっか……じゃあ、カガシはほとんど霊術の使い道がないわけだ」

「そうでもありませんよ。以前は付近の街から重傷や重病の人間を治して欲しいと、よく依頼を受けていましたから。連邦が来て、禁止されてしまいましたが……」


 頼りになる街のお医者さんポジションだな。

 こいつの無表情なのに相手から信頼される雰囲気は、そうした経験から得られたものなのだろう。


 霊尖角で霊術を行使し、霊核石が身体を絶好調に保つ。

 確かに神尊は他よりも一歩抜きん出た生物と言える。


 カガシの冷静な口調にも、我が身をそこへ至らせた誇りと矜持がにじんでいた。


「――カガシ!」

「はい、ヒャクソ様。タケル、私はこれで」


 一礼するとカガシはヒャクソ婆のところへおもむいた。


 そう言えばさっき、ヒャクソ婆だけが変化しなかったな。びびって化け損ねたってことはないだろうし、大物の余裕だったのだろうか。

 

「もー! おばーちゃんもカガシさんも甘いです。殺れる時に殺らないと、あとあとやっかいなのに。ポコポコ増えたらどうするんですか!」


 ハナはまだ不満そうだ。


「人間がそんな簡単に増えるかよ、ネズミじゃないんだから」

「ネズミ……?」


 はっとした表情でぽんと手を打つハナ。

 うわ、こいつまたなんか妙なことを思いつきやがったぞ。


「タケル様、ハナはがんばりましたよ?」

「――え? あ、ああ。そうだな」

「悪い奴をやっつけました。ほら、あれ! あの人ですよ! あの人が悪い奴で、ハナがやっつけて、タケル様をお助けしたのですよ!」

 

 ハナは縛られ、引き立てられていく射手を指さす。

 それはいいけど、俺のTシャツの袖をあんまり引っ張るなよ。

 目の前で起きたんだから、見せつけようとする必要はないのに。


「どうですか? どうだったでしょうか!」


 めっちゃ、ぐいぐいくるな。

 どうと言われても……。


 もしかして、ほめて欲しいのだろうか?


「まあ……がんばったよな、うん」

「そう! ですよねっ!?」それだっ! とばかりに勢いづくハナ。

「うん、助かったよ。ハナのおかげだな、ありがとう」

「いやー、そんなぁ。それほどでも……ありますけどね!」


 むふーっ、と頬をゆるめた後、ハナはすっと頭を下げた。

 上目使いにじっと俺の顔を注視する。

 

 じいいいいいっと強度の高い視線を送り続ける。


 え? な、なんでしょうか、その期待に満ちあふれ、キラキラした眼差しは。

 まさかこの俺にプレッシャーをかけるとは……! 一体、なんだっ!?



 ピキーンと直感が走った。



 む、もしや?

 しかし、さっき会ったばかりの女子に――それをやるのか?

 俺は自分の右掌を見た。

 

 とたん、ハナの『それですオーラ』がハイパー化した!(ような気がした)


 くっ……やるしか、ないのか!


 と、言うほどでもないな。

 人前だからちょっと気恥ずかしいが、こいつとは幼稚園児くらいの感覚でつき合うのがよいのだろう。


「ハナはがんばったなー。えらいぞ、よしよし」

「あっ、わっ、えへっ。えへへへへっ♪」


 ぐりぐりと頭をなでてやる。

 最初は遠慮がちにやっていたのだが、微妙に物足りなさそうな顔をするので、最終的には両手を駆使してわしゃわしゃとやる羽目になった。

 

 うーむ、なでるつーか、洗髪しているみたいだよなー。


 満喫した!

 という顔になったハナは、思い切り乱れた髪のまま、小走りにヒャクソ婆のところへ向かった。


「おばーちゃん! ハナ、ほめられました!」

「よかったねぇ。わっしもお前さんには助けられたよ。えらいねぇ、ハナは」

「えへへ。えへへへへっ」


 また頭をなでられ、すっかりご満悦の様子。

 完全に甘やかされている孫娘の図だ。

 お前、もう髪の毛が鳥の巣みたいになってんぞ。

 

 続けて、今度は隣にいたカガシにも声をかける。


「カガシさん! おばーちゃんもハナをほめてくれましたよ!」

「はい、私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」


 表情はほとんど動かないものの、カガシもハナのなでろコールに応じてくれた。

 意外とつき合いいいな、君。


 まあ、確かにハナは大活躍だった。

 まして、俺は命を救われている。


 出会ってからのあれこれがあまりにアレだったので、つい軽く扱ってしまったが、やはりハナは大した奴なのだろう。少なくとも、俺なんかよりははるかに強い。


 てててて、と軽快な歩調でハナは俺のところへ舞い戻ると、にんまり笑って言った。


「タケル様、ハナはがんばりましたよ!」


 まさかの二巡目。

 俺はなにかを失敗したような気がした。天国の時は遠そうだ。



   □



 カガシが言うには「神尊は食事の必要がない」そうだ。

 なんでも霊尖角経由で周囲の霊気マナを吸うだけで、生命活動を維持できるらしい。


 こっちはそんな風にはいかないから、俺達は軽い食事を出してもらった。

 ハナの方は何度もお代わりを要求したので、あまり『軽く』はなかったが。


 その後、射手の尋問が行われることになった。

 当然ながら、俺とハナも参加する。

 なにせ、殺されかけたのは俺なのだ。


 カガシ達に続いて部屋に入ると、射手は床に座らされていた。


 ゴーグルは外されている。やはり若い女性だ。

 顔を伏せ、身動ぎ一つしない。

 

 彼女の前にはハナが引き裂いた上衣や弓、矢筒が積み上げられている。

 証拠品みたいな感じだろうか。


 いかつい顔つきの警備人が射手を拘束する縄の端を握っている。

 用心の為だろう、さらにもう二名の警備人が左右の肩を押さえていた。


 この連中もやっぱり人間じゃないんだよな。

 小柄な射手との体格差がすごいことになっている。

 

 ヒャクソ婆は腰を下した後、しばし黙り込んでしまった。

 ややあってから、重たげに口を開いた。


「カガシ。この術衣は連邦のものなんだね?」

「はい。術を起動しさえすれば、誰でも高度な遁行術が使えるようです。彼女は血約によって我らの結界への進入は許されていますから……」


 相変わらずカガシは感情をまじえず、淡々と説明している。


「あとは見張りの目さえ誤魔化せればいい、か。わっしが気づかなかったくらいだからね。こんなものを使ってまで……」ヒャクソ婆は眉間に深く皺を寄せた。


「何故あんな真似をしたんだね、リーファ。とうとう心まで異国人に売り払ったのかね?」


 言葉からは、ありありと失望感がうかがえた。

 射手の名はリーファか。

 カガシは知古と言っていたが、どうやらヒャクソ婆とはかなり親しいつき合いだったみたいだな。


「――恐れながら、ヒャクソ様。わたし達は負けたのです。まずそれを認めなければ、一歩も先に進めません」

 

 応じて、リーファが顔を上げる。

 恐ろしく整ったその顔立ちを認識した瞬間、俺は本日最大の衝撃を受けた。


 俺が赤ん坊の頃、死に別れた母。


 リーファの顔はその母――久万内くまうち陽依ひよりと生き写しだった。

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