第11話 ハニトラを踏んで行こうぜ男道

 どう考えたって、これはやばい話なのだ。

 説明をちゃんと聞いた上で、俺はそう判断していた。

 うん、絶対ないわ。無理だろ、これ。

 

 紅玉をお届けするだけの簡単なお仕事――の、わけがない。

 

 これは間違いなく、超シリアスな状況なのだ。

 うかつに手をだせば、俺なんかあっさり殺されてしまう。


「話を聞いた感じ、別に俺じゃなくてもいいんだろ。誰か他の奴に頼めよ」

「連邦の侵攻を防ぐため、禁域には我々も結界を張っています。出入りすること自体が、極めて困難なのですよ」


 連邦は神尊達を閉じこめるために、封印をしている。

 神尊達は連邦に侵入されないよう、結界を張っている。


 パダニ窟は、二重に閉ざされているのだ。


 だから、世界の外から人間を引っ張って来たわけか。

 そうでなくてもヤマタイの人々は占領軍に頭を抑えられている。

 神尊達に協力してくれる人間が簡単に見つかるわけもない。


「報酬なら我々にできる限りのことを。金銀財宝、超古代の遺物、稀少鉱物――」

「いや、いらないし。ついでに地位も名誉もノーサンキューだ」


 カガシはあれこれ言ってくるが、俺は応じる気はない。

 恐らくこれは彼らにとっては一縷の望みを託した、最後の賭けだろう。


 なんとか翻意させたいのだろうが、こちらも命あっての物種なのだ。


 さすがに今死んでしまっては未練がありありである。

 童貞のまま死ねるか、なのである。

 

 ヒャクソ婆は値踏みするように俺を見据えた。


「つまり、英雄にはなりたくないわけかね。立身出世も望まぬと?」

「ですね。がらじゃないですから」


 そんなことは望まない。考えたこともない。

 出世なんてのは――社会に居場所のある奴が考えることなのだ。

 もとの世界では、俺にはそんな場所はなかった。

 

 俺が望むのは『誰か』との出会いだ。

 

 むろん、それは可愛い女の子がいい。

 できればおっぱいも大きい方がいい。


 別に同じものが見えなくても構わないのだ。


 俺を理解してくれて。

 俺が理解してあげられる。

 そんな相手であれば、充分だ。

 そうであれば、すばらしいと思う。


 俺はそんな相手といちゃいちゃして暮らしたい。

 そして子供を作るのだ、三人くらい。


 俺の望みはそんなところだ。

 大事なものさえ、しっかりつかめればいいのだ。

 たとえ世界を征服したって、自分の両手が届く範囲は同じなのだから。


 それにしたって、先の話だ。

 まずは出会いがないと、どうにもならないしな。


 ふむ、とヒャクソ婆はうなり、


「では女はどうかね? 人間と寸分たがわぬ姿の――いや、人間の身では到底達することなどできぬ、まさに美貌の極みに至った娘達もおるぞ。気立てもよく、おまけにお前さんが死ぬまで若いまま。妻にしてよし、側仕えにしてよしじゃぞ」


 妻? だから、いきなり妻と言われてもなー。

 さすがに現実感がないが……でも側仕えって、つまりメイドさんだろうか? 


 むこうの現実にはいない感じの。

 ハナとも違う感じの。

 エッチなのはいけないと思う感じの。

 ご奉仕するにゃん的なアレが脳裏をよぎる。

 アレは、いいものだ!


「あの、それって、えっちぃ方面のご奉仕はありですかね? まさかね?」

「ふっ……むろん、ありじゃな!」


 ゴゴゴゴ、と重々しくヒャクソ婆は言い切った。

 ゴゴゴゴ、と重々しく言うような内容ではないだろ、それ。


 だが、俺は心を強く揺さぶられ、うろたえてしまった。

 

 理解し合うのは、時間をかければ解決できるかも知れない。

 しかし、とにもかくにも出会いがないのが現実。

 出会っても、そう簡単には口説けないのも現実。


 そこをまるっと解決できるのであれば……ありかもな?


「まじで? ほ、本当かなー?」

「本当だとも。娘らを日替わりでとっかえひっかえしようが、問題ないぞ。なんなら、帰郷の折に同行させても構わぬ」


 お持ち帰り美女軍団! そういうのもあるのか!

 すばらしい……まるで親父オジン妄想せいしんが形になったようだ!

 ふっ、この婆め、なかなかのやり手だぜ。(そのままの意味で)


「ほ、ほほう。でも、そんな扱いされたら彼女達、怒ったりしませんかね」

「なんのなんの。首尾よくやり遂げたあかつきには、お前さんはまさに我が一族全体の恩人よ。みな喜んで応じようぞ」

「しかしですね。現実にハーレムとか、よっぽどの大金持ちじゃないと……」

「であればこそ、財宝を得る意義も深まろう。どうかな?」


 いや、どうと言われても。

 わ、悪くはないお話ですよね、うん。


 ええと、よく考えてみたら、そんなに危なくないような気もしてきたぞ。


 紅玉をお届けするだけの簡単なお仕事だよな。

 なによりも、カガシ達にはそれなりの成算があるはずだ。


 男一匹度胸を決めて、あえてハニートラップを踏んでみるのもまた一興。


 美女を賭けた危険な挑戦か。人生のスパイスとしては悪くないな。

 せっかく異世界に来たんだし、ここは一つ、がんばってみちゃおうかなーっ?


 などと、まんまと餌につられた俺は、自分をだまそうと懸命に試みていたのだが。


「くんくん。くんか、くんか」


 妙な声に目を向けると、ハナは瞼を閉じ、空中の匂いをかいでいた。

 こっちがまじめに話しているのに、なにやってんだ、こいつ?


「ちょっと失礼しますね。えいっ♪」


 にこっと笑った後、ハナはいきなり俺を突き飛ばした。


「おわっ!?」なすすべなくベンチから転げ落ち、「おい、なにしやが……る?」言いかけて気づく。


 腰を浮かせた俺の目の前で、鋭く尖った金属――やじりが光っている。

 

 ピンと伸ばされたハナの右手が握り締めているのは、一本の矢だった。

 もしあのまま座っていたら、俺は射抜かれていただろう。


遁行術とんこうじゅつ!? ヒャクソ様を!」


 カガシはヒャクソ婆の前に身を投げ出した。

 その姿が発光すると、見る間に巨大な蛇に変化した。

 胴体の長さは七、八メートル。頭は牛ほどもある。

 目の前で見ると遠近感が狂ってしまいそうだ。


 お、確かに背中が黒いな――ってあれ?


 ツノが生えてるぞ、蛇なのに。

 こっちの蛇はそうなんだろうか?

 

 俺が場違いな感想を抱いているうちに、他の連中も慌ててカガシにならう。

 ヒャクソ婆を護る円陣を組み、次々と姿を変化させた。


 でっぷりしたカエルっぽい奴。

 アルマジロ風の動物。

 オコジョのような小型獣。

 

 共通しているのは、みんな人間サイズであり、ツノを生やしていることだった。

 もしや、これは神尊の特徴なんだろうか?


「よかった。おばーちゃん達の仕込みじゃないみたいですね」とハナ。

「え? なにが――」

「頭、下げてくださいねー」


 ハナは軽く手を振っただけだ。

 なのに、背を押された俺は床に叩きつけられた。

 なんつーバカ力だよ、おい。

 地を蹴る音を残し、ハナは空中へ高々と舞い上がった。


「やめろ、的になるぞ!!」


 もう遅いと知りつつ、思わず叫ぶ。

 確かにハナの身体能力はとんでもなく優れているようだ。

 なにしろ、単純なジャンプだけで天井付近まで到達している。

 横方向へは十メートル近く進んでいるのではないだろうか。

 だが、足場のない状態では矢をかわせない。


 はたして、二射目の標的はハナだった。

 

 唐突に矢が空中に出現し、瞬時に彼我の間を駆け抜ける。

 がつっと鈍い命中音。

 射抜かれたハナは地に落ち――いや、違う。


「ひるおひょまれひえふぇふるはら、ひょへひふいふぁな」


 着地したハナは口に矢をくわえていた。

 どうやら歯で受け止めたらしい。

 

 おお、漫画でよく見る奴だが、漫画でしか見ない奴を実践してやがるぞ。


 ばきん、と音がして真っ二つにされた矢が床に転がった。

 噛み折ってしまったようだ。

 歯もすげぇ丈夫なんだな、こいつ。


「こほん。射る音まで消えてるから、避けにくいかな」


 いや、わざわざ言い直さなくていいから、こんな時に。棒読みだし。


 いきなりハナの身体が沈み、低い姿勢のまま右横に向けて飛ぶ。

 ほぼ同時に左の石壁で矢が跳ねた。


「ほりゃ!」


 気の抜けた掛け声だなぁ。

 ハナは一瞬で相手をとらえ、床に押さえこんだらしい。


 いつの間にか射手は右横に回りこんでいたようだ。

 側面から放たれた最後の矢を避け、ハナは射手を捕まえた……

 ということだろうか。

 動きが早過ぎてよくわからなかったが。


「ふふーん。残念ですが、姿が見えなくても、どこにいるかはちゃんとわかります。わたくしの鼻は誤魔化せないのですよ」

「――!? ――!!」相手は暴れているようだが、いまだ声も姿もない。

「あー、この上衣ですかね。破っちゃいましょう。そーれ、よいではないか、よいではないか〜っ♪」


 悪代官っぽい台詞を発しつつ、ハナは手探りで布をびりびりと裂いてしまう。

 ほどなく術が解け、射手の姿はついに暴露された。


 背にはハナが馬乗りになっており、射手の両腕は後ろへ絞り上げられていた。

 

 矢筒からこぼれた矢が散乱し、少し離れた位置に弓も転がっている。

 両腕を伸ばせたとしても、とてもあそこまで手は届くまい。


 俺はハナのところへ駆け寄りながら、射手の姿を確認した。

 上衣は引き裂かれてしまったが、びっしりと紋様が描かれている。

 あれがなんとか術のからくりのようだ。

 

 この世界はこういうのがありなんだよなぁ。


 下からのぞく衣服には複雑な刺繍が施されており、分厚い生地で作られていた。

 つまり、外は寒いのだろうか?

 やばいな、俺Tシャツに短パンなんだが。


 床に押しつけられ、横に向けられた射手の顔はゴーグルのような面で隠されている。おかげで苦しげに歪む口元しか見えない。

 

 見るうちに、俺は違和感を覚えた。

 

 服装もそうだが、こいつは根本的にヒャクソ婆やカガシ達とは印象がまったく違う。身体のバランスもごく普通だし、なによりも身にまとう雰囲気に自分との共通項を感じた。



――こいつは、普通の人間じゃないのか。



 そうだ。まだ若い、人間の女性のように見えるぞ。

 しゅるしゅるとこちらへ這い寄って来たカガシは、人間の姿に戻った。

 射手の姿をはっきり視認したのか、「あっ」と短く声を上げた。


「カガシさん、ここで殺しちゃってもいいですかね?」


 軽い調子で怖いことを言うハナ。


「いや、待ってください」

「じゃあ、建物の外でりましょうか。後始末もハナがしますので、埋める場所を教えてくださいね」


 だから、さらっと怖いこと言うな。


「そうではなく、殺さないでもらえますか。その者は、我らの知古なのです」

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