47-1:真実
この何もない真っ白な空間は、ルシフェルを
俺はここで、神を問い詰めた気がする。
「なぜ、俺たちなのか?」と。
秀でた能力も、最初に創られたことも、俺たちが望んだわけではない。
俺たちが唯一望んだことは、互いを愛し合うこと。これが、この『罪』の報いが、殺し合うことだったのか?
そう
今思えば、神が真実を語ったところで、心の壊れた俺には理解できなかったはずだ。
だから神は、幼子をなだめるように、泣きじゃくる俺の頭を
長い時間を要したが、『あの時』に起こった真実を、今なら冷静に受け止められる。そんな気がした。
* * *
サタンは「さて」と言い、俺の横に立った。
白のローブから突き出した右腕を肩より少し上げ、手のひらを前方へと向ける。
「君に一つ、興味深いものを見せよう」
そう言った途端、俺たちの前に淡黄色のスクリーンが現れた。
単色だったスクリーンはまるで息を吹き返すように、色とりどりのぼやけた形を画面いっぱいに映し出す。次第にそれは、形がはっきりと認識できる像へと変化していった。
見覚えのある風景に、俺は目を細める。
どうやらそこは、
白い書斎机の背後には、巨大な三枚のガラス窓がある。その向こうには、大きな噴水のある中庭が見えた。
映像は執務室を斜め後ろから映しているらしく、室内がよく見通せる。
書斎机に両肘をつくメタトロンは、口元の辺りで両手を固く結んでいた。表情は白い陶器の仮面に隠れているが、険しい雰囲気が
その彼の前に、俺がよく知っている顔が立っていた。
透き通る白い肌と筋の通った鼻、深紅の唇。淡い青みを帯びた白のローブに身を包むルシフェルだった。
メタトロンがルシフェルに向かって言う。
「神が、ヒトいう新たな種族を創るとお決めになられた。容姿はわれらと似ているが、翼はなく、非力な生き物だ。まずは一対を創り、ある程度の知恵と力を
ルシフェルは無表情のまま、彼女の横にある薄布で覆われた場所に向かい、腰を折り曲げた。
「かしこまりました。皆に申し伝えます」
薄布の奥には、大きな影がぼんやりと見える。そこに神が鎮座しているのだ。
俺たちが成熟するに連れ、神はなぜか天使と距離を置くようになった。直接顔を合わせることが極端に少なくなり、神の意向はメタトロンを介して伝えられることが多くなった。
そのころから俺は、神の……父上の考えが少しずつ理解できなくなっていたのかもしれない。
神に一礼するルシフェルを見つめていたメタトロンが、肩で大きく深呼吸をした。そして、絞り出すような低い声でさらに言う。
「そしてルシフェル……。そなたには、
ルシフェルの体がピクリと反応する。中途半端な態勢で顔を上げ、目の前にある薄布をじっと見た。
「……申し訳ございません。ご指示の意味を……理解しかねます。父上は私に、『堕天しろ』とおっしゃっているの?」
不審な表情を
厳しい視線を向けられたメタトロンは、音も立てずに椅子から立ち上がる。そして、顔の半分を覆っていた白の仮面に手をやると、ゆっくりとそれを外した。
背後にある三枚の巨大なガラス窓から差し込む逆光が、メタトロンの表情を隠す。
画面の中のルシフェルと、画面の外の俺は、目を細めて彼を凝視した。だが、それもつかの間で、俺たちは同時に息をのむ。
「ミカエル……」
目を大きく見開いたルシフェルは、ポツリとつぶやいた。
背中の辺りまで長く伸びた金髪のメタトロンは、鏡で見慣れた俺の顔立ちとそっくりだった。
いや、よく見るとそうとも言い切れない。
俺からすると、メタトロンは、俺とルシフェルの双方が持っている特徴を掛け合わせた顔立ちのように見えた。
鮮やかな青色の瞳をしたメタトロンは、書斎机に両手を付くと
「ルゥ……すまない。すべては私のせいなのだ……」
サタンが映し出した映像は、
「これは一体……」
俺は空中に浮かび上がるスクリーンから、サタンへと視線を移した。
サタンは静止画を見上げたまま、わずかに顔を曇らせる。
「ここであの子は、メタトロンの秘密を知る。それと同時に、あの子が
「理由……」
俺の鼓動が耳障りなほどにバクバクと鳴っていた。なんとか冷静を保ちたいと思うのだが、どうしても気持ちが逸ってしまう。
『ルシフェルはなぜ、
長年探し求めていた答えが、今、目の前で提示されようとしている。
それにもかかわらず、俺はこの先が知りたいと思ってしまう。
もし、サタンが見せた過去が事実ならば、ルシフェルは神の命により、謀反を起こしたことになる。そして『あの時』に犠牲となった
なぜだ? なぜ、そんな大きな犠牲を払ってまで、ルシフェルを
メタトロンの言動も気になる。あれは何に対しての謝罪なのだろうか?
口元を手で覆い、思考の海に沈んでいた俺に、サタンが何かを言った。
「……える?」
「え?」
俺は、夢から醒めたように顔を上げる。
サタンはかすかに
「もし君が、
「断る」
俺にとって、考える必要のないほど当然の答えだった。
サタンは口元に笑みを残したまま、渋い表情で
「そうだね。君は必ずそう答える。そして、その答えが変わることはない。だからだよ。だから、君は選ばれなかった」
「……」
俺は思わず不快な表情になる。サタンの口振りが、ルシフェルが
それを見透かすように、サタンはゆっくりと頭を左右に振る。
「違うよ。あの子も拒絶したんだ。でも最終的に、首を縦に振った。そうするしか選択肢がないと悟ったから」
「なぜそうなる? さっきから話の筋がまったく見えない。もっと分かるように話せ」
サタンはなぜか気まずそうに、俺から視線を外す。
「かわいそうだったけど……仕方がなかったんだ。誰かを……降ろす必要があったから……」
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