47-2:真実
俺は、サタンに見せられた映像を思い返す。
メタトロンの執務室で、神がヒトを創ると告げられても、ヒトを守護することが天使の第一任務になると言い渡されても、ルシフェルは素直に従っているように見えた。
だが、人間界の赤い屋根の家でルシフェルと話したときは、ヒトそのものに嫌悪し、神は天使を裏切ったと激高していた。
あの言動は、
しかしサタンの映像では、メタトロンを介して、神がルシフェルに
つまり、『あの時』の謀反はルシフェルの意思ではなく、神の計画に従った――ということになる。
サタンは「悪魔は、相手が欲する言葉を与える」と、俺に忠告した。
それでもあの映像は、俺が知っているルシフェル本来の姿に見え、サタンが作り出した偽りとは思えなかった。
では、人間界でのルシフェルの激高は何なんだ? 少なくとも俺には、あいつが演技をしていたようには見えなかった。
最も敬愛していた神に裏切られた憤りが、神の創り出したヒトにまでおよんだ……ということか?
それならば、なぜ、
サタンの「そうするしか選択肢はない」「誰かを降ろす必要があった」というあの言葉。ルシフェルの怒りと不可解な言動に、どんなかかわりがあるのだろうか?
サタンの映像と俺の記憶を照らし合わせれば合わせるほど、次々と疑問が湧き出てくる。
俺は自分を抱えるように左腕を体に回し、右手で口を覆った。
「神はなぜ、ルシフェルに
そう、一番の引っ掛かりはそこだ。
「少し長くなるけど……、聞いてもらえる……かな?」
珍しく前置きしたサタンに違和感を抱きながらも、俺は口元から手を離してコクリと
「事の始まりは……サンダルフォンだった……」
サンダルフォンはこの世界で初めて創られた天使であり、初めて滅び、復活を果たした天使だ。そして今は、メタトロンと名乗っている。
サタンが見せた映像の最後で、メタトロンはルシフェルに謝罪していた。「すべては私のせいなのだ」と。
何かを思い出すように、サタンは白の空間を見つめる。
「あの子はね、彼と自分しかいない世界で、どうしてここに存在しているのか、その意義を見だせなかったんだよ」
「意義……」
「そう……。この世界にいる者はすべて、何らかの意義を持って誕生する。もちろん、サンダルフォンにもね。でも……あの子は気づけなかった。それが、自分の存在意義だということに」
「どんな……」
俺の問いを遮るように、サタンが続ける。
「サンダルフォンは、彼にとって必要な存在だったんだ。彼は、あの子さえいればそれでよかった。それ以上の望みなんて、持っていなかったんだよ」
そう言ったサタンは下を向くと、少し黙り込んでから頭を左右に振った。
「いや……違うな。そうじゃない……。怖かったんだ……。世界を広げることが、怖かった。『前任者』と同じ道を
「……」
サタンの言葉で、俺は、
神が最も恐れているのは、手に負えないほど世界の均衡が崩れることだ、と彼は話していた。そして、こうも言った。
「あそこまで己を犠牲にして守る世界って、一体何なのだろう」と。
俺は、神は世界のあらゆる出来事を享受する存在である、と思っていた。
だが本当は、自らが介入したせいで、世界を滅ぼすことになりはしないかと恐れていたのだ。だから神は、世界に触れられなかった……のだろう。
愛する者をこの手で滅ぼすことの恐ろしさ。そして、心が壊れるほどに打ちのめされる絶望感。それは、俺も身をもって経験した。
だからこそ分かる、神の
神は……父上は、永遠に消えることのない恐怖に耐えながら、
だが、それに気づいた途端、そもそもの疑問が生まれた。
「世界を滅ぼすことを恐れていたのなら、父上はなぜ、こんなにも不安定な世界に創り変えた?」
神が生まれる前に存在したという別の世界。
その創造主である『前任者』は、世界に介入し過ぎたために、自らの手で世界を消滅させたらしい。
現世界も、規模が拡大すればするほど、世界の均衡は崩れやすくなる。
均衡が崩れれば、前任者と同じように、神は世界に介入せざるを得なくなるはずだ。
それを分かっていながら、天使と相反する悪魔を創り、心も体も
サタンは、なぜかぎこちなく笑って俺を見る。
「君も知っての通り、僕たちには『死』というものがない。事実、サンダルフォンが滅びを選んでも、あの子は新たな肉体を得て、彼のもとへ戻ってきた。彼が創った世界は、そういう仕組みだから」
「……」
俺の脳裏に、灰と化したサキュバスの姿が思い出され、胸の奥がズキリと痛んだ。
おまえのことは、あとでたくさん思うから……。
記憶の中のサキュバスに向かって釈明し、俺は自分の気持ちを切り替える。
サタンは、一段と険しい表情で俺を見ていた。
この白の世界に来てから一度も見たことのない顔つきに、俺は
ややしばらく見つめ合っていると、サタンは力を抜くようにゆっくりと息を吐いた。
「サンダルフォンを失った彼は、こう考えた。今の世界のままでは、あの子が新たな肉体を得て戻ってきたとしても、再び滅びを選ぶだろう。仮に、ほかの天使を創っても、サンダルフォンと同じ選択をするかもしれない。そこで彼は、世界を三つに分けることにした。同じ過ちを、二度と繰り返さないために」
「過ち……」
サタンは一呼吸置くと、固い表情から一変して優しい笑みを浮かべた。
「ここはね、この世界はね、君たち天使を守るためだけに創られたんだ。言うなれば、君たちのために存在している世界、なんだよ」
「……
にわかには信じられない内容に、俺の思考が追い付かない。
そんな俺の前に立つ、背丈ほどある飛膜の翼を持った悪魔は、ただ
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