19-4:接見
ガブリエルは、かつて熾天使だったルファが
ハルはガブリエルに反論しようと口を開きかけた。だがそれを遮るように、隣に座っていたサキュバスが立ち上がる。
「黙って聞いていれば、ハルちゃんが被害者だって? ルファのことも好放題言ってくれちゃって……。ルファは、ハルちゃんが赤ん坊のころからずっと見守ってきたんだ! 今回だって、望んでハルちゃんを手放したわけじゃない!!」
怒りに震えるサキュバスは、妖艶な女から筋肉質な男へと、徐々にその姿を変えていった。背中から飛膜の翼が現れる。そして、サキュバスの額の両側には、今まで目にすることのなかった黒く捻じ曲がった角が生えていた。
今にもガブリエルに飛び掛かりそうなピリピリとした気配が、サキュバスからにじみ出る。
いけないっ!!
ハルは
「ダメよ! サキュバスさん!!」
「でもっ!!」
サキュバスの色白な顔には幾筋もの青白い血管が浮き出ていた。開いた口からは、二本の鋭い犬歯がチラリと見える。
これが……悪魔のサキュバスさんの本当の姿……。
ハルは初めてサキュバスを怖いと感じた。体がわずかに震える。だが、逃げるわけにはいかなかった。ここで自分が引いてしまえば、サキュバスは天界に
ハルはその瞬間を逃さず、くるりと体を反転させてガブリエルを見る。
ソファーに座るガブリエルは、顔色ひとつ変えずにサキュバスを見上げていた。
ハルは、彼に向かって勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!!」
「はっハルちゃん!?」
背後でサキュバスの戸惑った声が聞こえた。だがハルは、頭を下げたまま話を続ける。
「サキュバスさんは、ルファのこととなると周りが見えなくなってしまうんです。だから……ごめんなさい! 許してくださいっ」
「ハル……ちゃん……」
サキュバスのくぐもった声が聞こえる。きっと泣きそうな顔をしているのだろう。
しかし、ガブリエルからの反応は何もなかった。ハルは恐々と顔を上げる。
そこには、この先何が起こるのか見定めるようなガブリエルの顔があった。
ちゃんと……伝えなきゃ。
ハルはガブリエルを射抜くように見返す。
「私は、自分を被害者だとは思っていません。ルファがいなければ、私はきっと生きられなかったから。先ほども言ったように、私はルファとルシフェルが同じだとは思えません。でも、私はルファの……ルシフェルの過去を受け入れなければならない。それは分かりました。だって、過去にルファがしたことで、今もたくさんの天使さんが深く傷ついている。それを無視はできません。だから……私は……私は、ルファが犯した罪を少しでも償えたら……と思っています。私じゃダメかもしれないけれど……」
ハルの言葉にガブリエルが眉をひそめた。
「償う? あなたがですか?」
ハルは胸元のロケットペンダントを握りしめ、コクリと
「どうすればいいのか、まだ分からないけれど……。でも、傷ついている天使さんのそばに寄り添って、少しでもその傷を癒やしてあげたい。私にできることは、それしかないから……」
「あなたの罪ではないのに?」
ガブリエルが訝しげなまなざしでハルを見る。
ルファの罪を自分が償う――これはこの場で思いついたことだった。
ハルはここに至っても、ルファの過去に実感が持てない。しかし、それが事実であるなら、ルファのために自分が
「自分勝手なのはよく分かっています。でも、私はルファのよいところしか知りません。ルファの過去を聞いた今でも、やっぱり彼女のことが大切だし大好きなんです。ルファのことを許して欲しいとは言えません。だけど、ルファに対する憎しみが少しでも和らぐのなら、私ができることを何でもしたいんです」
これがハルの素直な気持ちだった。
ルファのことを誰かに悪く言われたくはなかった。しかし、彼女の行為で傷ついた天使がいる。それならば、ルファに育てられた自分が
ガブリエルは大きく息を吐くと同時に、頭を軽く左右に振った。
「あなたの気持ちは分かりました。ですが、それは無理な話ですね」
「どうしてですか?」
食い下がるハルに向かって、ガブリエルは困った顔をしたまま口元だけ
「何度も申し上げているとおり、われわれはあなたを責めるつもりはありません。あなたが誰に……例え、
そう言うと、ガブリエルは立ったままのハルに手を差し出し、ソファーへ座るようにと促した。
ハルは肩を落としてソファーに腰を下ろす。サキュバスも男の姿のまま、黙って隣に座った。
二人が席に着くと、ガブリエルは「ですが」と続ける。
「包み隠さず、ご自分の気持ちを話してくださったことに深く感謝いたします。そして、あなたに……いえ、あなた
ハルの中でガブリエルに対する嫌悪が、戸惑いとともに急速にしぼんでいく。
「あの……私こそ失礼しました。私、何も知らなくて……。ガブリエルさんは、天使さんたちが言いづらいことを話してくださったんですよね。教えてくださり、ありがとうございました」
ハルはそう言うと、座ったままぺこりと頭を下げる。
ガブリエルから反応がないので顔を上げると、彼は驚いた表情でハルを見ていた。しかし、ハルと目が合うとすぐさま顔をほころばせる。
ハルには、この笑顔が社交辞令ではない彼本来のものような気がした。
「あなたは年齢に見合わず随分と賢いお方だ。……そうだ。私から少しお願いがあります。よろしいでしょうか?」
「お願い……ですか?」
何を言われるのだろうと、ハルが警戒気味に聞き返す。ガブリエルはコクリと頷いた。
「えぇ。今回のことで、私をいくら嫌っていただいても構いません」
「そんな……」
ハルはガブリエルの言葉を否定しようとした。それを制するように、彼は左の手を上げてニコリと微笑んだ。
「私を嫌っても構いません……が、どうか、
それはどういう意味? なぜ、私が
ハルはガブリエルを真っすぐ見つめ、力強く言う。
「しません。そんなこと……絶対にっ」
そのときだった。部屋の外が妙に騒がしくなる。
能天使が何かを叫んでいるようだった。それに反応するように誰かの声が聞こえてくる。
あれ? この声って……。
サキュバスが中腰になって扉を見た。
「なん……だろう?」
「なかなかよいタイミングだな」
「え?」
ポツリと言うガブリエルを、ハルは驚いて見る。視線が合った彼は、いたずらっぽく笑った。
「今日のところはこの辺で。今後については、明日あらためて話し合いましょう」
そう言うとガブリエルは席を立ち、扉へと近づく。扉の外では、久しぶりに聞く声が護衛の能天使と
「構わん、開けろ」
ガブリエルが外に向かって声をかける。それを合図に、部屋の扉が思いきり開け放たれた。
「ハル!!」
そこに飛び込んできたのは、平静を失った銀色の髪と切れ長の赤眼をしている熾天使ミカエルだった。
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