【小話】第1話


「なあ、くじらちゃん」

「ん?」


屯所で文書整理を手伝っていると、ジャンに声をかけられた。


なんかもうめんどくさいし、くじらでいいわ。

と言ったら、なんだかんだ、みんなそう呼ぶようになった。


私の背中にくじら座があるのは事実だしな。

私からは見えないけど。本当にくじら座なんだろうか。

てかくじら座って実在してんのか?


なぜ私が未だに屯所にいるかというと、「暗殺者ギルドに関する重要参考人」という形で身柄を拘束されているからだ。

拘束、というのは言葉だけで、縛られもせずなんか普通に……普通に過ごしている。

騎士団の人たちの考えることはよくわからない。


ジャンが口を開く。


「どうやって縄抜けしたのか、教えて欲しいんだけど」


おお、飽くなき探究心か。

縄で縛ることには自信があったと言っていたし、なんかのプライドがあるんだろうな。


いいだろう。

しかし、その対価として、縄縛りの技術、私にも教えてもらうぜ!


筆談でそう書いたら、ジャンは鼻をかいた。


「俺は一応騎士だからさ、捕縛術として縄縛り勉強するのはわかるじゃん?」


じゃん? じゃねえよ、ジャンだけにか?

そのセンス、ギルドマスターみたいで不愉快なんだけど。


「でも、くじらちゃんはもう暗殺者じゃないのに、なんで縄縛りなんて覚えたいの?」


え、そりゃ、純粋な興味?

あわよくば暗殺者ギルドマスターに出会った時、縛ってやろうとか、思ってないよ?

え、うん、全然?


「なーんか、不純な目的を感じるんだよなぁ」

「う……」


ジャンはちょっと考えたようだけど、自分の縄縛り技術の向上のために、私の邪な考えは見逃すことにしたようだ。

非常にいい心がけだ。


んじゃあ、縛ってくれ。


「うん」


ぐるぐると手際よく、ジャンは縛っていく。

たまに、ここはこう、と解説をしてくれる。へえ、なるほどなるほど、ここがこうなってるから、抜けられないんだな。


「んで、どうやって抜けんの?」

「う!」


まかせとけ!

と私は関節を外して抜けようとした……のだが。


うまくいかない。


……あれ?

ちょっとまって、この縄縛り、私が暗殺者ギルドに連行された時のやつじゃない?

あんとき、私、外せる関節全部外しても抜け出せなかったんだよね。


んで、どうしたかって。

左手踏み潰して、無きものにしたんだよ。


……それやれってか?


クッ……しかし、安請け合いしてしまったのは私だ。


私は体を転がして、左手を踏みつけようと持ち上げた足を——


「ちょちょちょっと待って!?」


ジャンに止められた。


「う?」

「う、じゃねーよ! 今何しようとした!?」


何って、左手を粉砕しようとしただけだが。


「なんっで簡単に自傷しようとするかなあ!? やり方教えてくれるだけでいいんだってば!」


え、ええ? でも左手の一本や二本、なくても案外生活できたし……。


「まだ左手治りかけでしょーが!」


額を叩かれた。

ええー!? やれって言ったの、そっちじゃねーか!


「……左手潰さない代わりに縄緩めるから、擬似的にやってみて」

「あー」


最初っからそれでよかったやんけ!

思いつかなかった私も私か!


「ちょっと待って。ってことは、左手潰してもここをこう結んだら抜け出せないんじゃない?」

「うおー!」


ジャン、ぱねー! その発想はなかった!

でもでも、ここの関節をこう外せば、その結び目は緩められちゃうんだなぁ!


「そうきたかー!」


……やばい。楽しい。

一緒にパズルゲームをやってる気分。私の体がパズルみたいになっているんだがな。


屯所でジャンと縄で縛ったり縛られたりしていたら、バガンが帰ってきた。


即座にジャンの首を狙って剣をスイングしていたが、ジャンは見事なバク転で避けてた。


縛られてなかったら拍手してたのに。


「……そういう……趣味とはな……!」

「違う違う違う」


これは私とジャンが、同じ縄縛りの技術を高めるために切磋琢磨していただけだぜ!

っと、縛られてるから筆談もできないんだった。


「うあっ」


慌てて抜け出そうとして、ちょっと失敗した。

べろん、と服がめくれ上がって、腹……はらどころじゃないな、胸くらいは見えてるわ、これ。


ってっへへー! 一応16歳くらいになるってのに、うら若き乙女が男にあられもないとこ見せちったー!


あられもないことになってるのは、関節だけどなー!

ちょっとさすがに元に戻すか。


「くじちゃんに……近づくん……じゃねえ……!」

「いやいやいや、バガン、とにかくくじらちゃんの服直してもらっていっスか。この状況をさらにキャッツにでも見られたら面倒に……」

「たっだいまァ!」


タイミング神か?


意気揚々と屯所に帰ってきたキャッツが目にしたのは、剣を向け合うジャンとバガン、そして半裸で縛られてる私だ。


「その縄、ジャンのだな」


待って、キャッツさん、いつもの間延びした口調どこいったの。


「命はないと思えよ」


袖からなに取り出して、え? ナイフ?

投げナイフ、待って、その刃変に光ってるけどまさか毒塗ってあるんじゃ、キャッ、キャッツさーん!?


キャッツさんとバガンさんがジャンを殺す前に、私は自分の左腕をバキバキに折って縄から脱出して庇った。



左手、全快まで3日だったのに、3週間に伸びた……。



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異世界に来たら縮んでたし、暗殺者になってた 九条空 @kuzyoukuu

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