第8話
「ありゃりゃん? オウチに帰ってきたと思ったらん、なんだか大変なことになってるわねん」
脊髄を撫で上げられるような不快な殺気。
粘りつくような喋り方の女の声。
それに思い当たるところがあった私は、顔を引きつらせながら振り返った。
「あらん? あなた、そう……捕まっちゃったのねん?」
「う、あ」
露出度の異様に高い中華服を着た、ボンキュッボンの女性。
暗殺者ギルドのトップランカー、通称「さそり」だ。
ちょうこわい、見られただけで死にそう。
広げて口元を隠していた扇子を閉じると、さそりは死ぬほど綺麗に微笑んだ。
「こういうときって、みんな殺してよかったのかしらん?」
こてり、と首をかしげるその様が、美しすぎる人形のようにしか見えない。
悲しいけどこれ、殺戮人形なのよね。
とりあえず、ぶんぶん首を振ってみた。殺されたくない。
「殺しちゃダメ? そうなのねん? マスターのところへ連れて行けばいいのかしらん」
あ、ああー! 奇跡的に私の首振りを真に受けてくれたー!
殺気は超一級品だが、知能はそうでもないらしい!
いいや、一応、私も暗殺者ギルドの一員ってことになってるから、仲間だと思われているのかもしれないけれど。
「んー、でもん。これは一匹で、十分よねん」
さそりが扇子を振った。
私に見えたのは、それだけだった。
次の瞬間には、私の顔に、おびただしい血が降りかかっていた。
私の血じゃない。
隣を見た。
さっきまで、私の頭を撫でてくれていた、下っ端の騎士の首から上がない。
「ちょっと可愛い顔してるのねん。うふふん」
騎士の頭は、いつの間にかさそりの手の中にある。
両手で頭を持ち上げ、無邪気に眺めているその様からは、狂気しか感じ取れない。
頭を失って絶命した下っ端騎士の体は、ゆっくりと倒れていった。
そうなんだよ。
ここの暗殺者ってばみんな、世間話と同じテンションで人を殺す。
あ、私は、違うけど。
「逃げろ、お嬢ちゃん!」
もう一人の騎士が、剣を構えてさそりに斬りかかる。
同僚がクビチョンパになったのを見てすぐ、こんなことができるなんて、騎士団すごいなあ。
「どうしましょん、殺しちゃっていいのかしらん?」
逃げろったって、私、ぐるぐるに縄で巻かれてるんだけど。
さそりは迷っている。
だから、すぐに彼を殺しはしないだろう。
「ハァアアッ!」
「唾飛ばすのは、なしよん?」
激しい金属音が鳴り、さそりと下っ端騎士が打ち合う。
私にできることは、非常に限られている。
「ああん、忘れてたあん。一応、名乗らなくっちゃねん」
律儀か。
「わたくし、『さそり』というのん。お洋服は目に毒だし、話し方は毒々しいけどん。攻撃に毒は使わないから、安心してねん」
超絶なネタバレだ。
——覚悟を決めた。
私は転がって体勢を変えると、右……は利き手だから、左だな。
左手を、自分で思いっきり踏み潰した。
すり鉢で何かを潰すような、不快な音が響く。
うお、縛られているせいであまり力が入らない。
靴の裏に張り付いたガムをひっぺがすような、そんな乱雑さで。
私は自分の左手を、ゴリゴリと、骨ごとすりつぶした。
肉がちぎれて血が噴き出す。
死ぬほど痛いけど、こんなん、慣れっこだ。
「とってもコンパクトになった左手」のおかげで、無理難題だと思われた縄抜けもできそうだ。
そう、手錠だってね、手首から先を手首より小さくできれば、簡単に抜け出せるんだよ。
それと同じ原理だ。あとは全身のいろんな関節をちょっとずつはずせば完璧。
3秒で抜けれた。
はい、ダッシュで逃げます。
さそりにも下っ端騎士にも、目をくれなかった。
私がいるべきところはここじゃないし、私のすべきことも、ここにはない。
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