第6話


殺しにきた、という単語を聞いて身構えたのは、ジャンだけだった。


私が逃げ出した時に反応したのも彼だし、ジャンは有能だなあ。


騎士団長は、やけに呑気に構えている。

私がちょろっとだけ殺気を向けた時は超反応したのに。

今は私が殺気を引っ込めてるからかな。


「……俺を殺しに来たにしては、ずいぶんやる気がないみたいだが」


ヤる気のことですか。つまり殺気。


「うー」


そりゃ殺気なんてないわ。だって殺せないもん。


「どう頑張ってもー、殺せないだろうからってー」

「だんちょー殺せるのなんてェ、ドラゴンとかだよねェ」

「……それも……群れじゃないとな……」

「そんで、俺たちが全員いないときじゃないとっスね」


無理だよ、無理。ふざけんな。

ドラゴンの群れくらい強かったら、暗殺者ギルドの方を全員殺してるわ。


「俺を殺す、というのは君の意思ではないんだな。誰の指示だ」


暗殺者ギルド、だよ。

これはちゃんと読み取ってくれよ、メロ。


「え? あんころもちギルド?」

「うぅー!」


クソがー! クソッ……クソがー!

もういい、私が直接話したる! 紙とペン持ってこいやー!


「紙とペンが欲しいんだってー。あとなんか怒ってるー」

「怒ってるのは、魔眼なくてもわかるっスよ」


なんで最初から筆談を思いつかなかったんだ。

まあ、騎士達は私が文字の読み書きをできることは知らないし、それができなくてもメロがいりゃ話はできると思ったんだろうけど。


めんどくさすぎる。

メロの魔眼はいい加減だ! 私の腹時計の方が正確だぞ!


「ワタシも腹時計は正確だよー?」


お前の腹具合は知らねえよ!


「あのね、固有名詞を視るの、難しいのー。ごめんねー?」


だからってあんころもちはないだろ!


ジャンから紙とペンを渡された私は、これまでの経歴をざっくり書いた。

天涯孤独で、暗殺者ギルドに拾われて、生きるために従ってきたということ。

下っ端なので無理難題を押し付けられて、どうしようか困っていたこと。


メロの魔眼で、それらが嘘じゃないことが証明される。

……証明されたのか? 私はどんどんメロを信用できなくなってきているんだが。


「……なるほどな。まったく、そうか。ここ最近の視線は君か……」


やっぱり気づいてたよねぇ。

私が騎士団長を観察してるとき、随分と警戒した様子だったもん。


「こんなちいちゃい子が暗殺者だなんてェ。世も末だよォ」

「……そいつら……殺そう……」

「あー、バガン? いい加減バーサーカーみたいになるのはやめてほしいっス」


んーっと、どうするべきかな。

このまま騎士たちを暗殺者ギルド本部にけしかけるべきか?


そうすれば、私は騎士団長を殺さなくて済むし、彼らも私を殺さなくて済むし、暗殺者ギルドは無くなるんで、私は金輪際人を殺さなくて済む。

最高かよ。


でもそうすると、人死にがでそう。

暗殺者ギルドは強者揃いだし。

騎士団長や一騎当千のジャンは相当強いけど、他の騎士団員はもっと劣るだろう。


暗殺者ギルドのメンバーは麻薬でトチ狂ってるのも多いし、自分の命と引き換えに相手を殺すくらい簡単にやるんだ。

それこそ自爆とか。かっこいいと思ってるやつ、結構いるんだよね、爆死。

アホだよな。


まあ私も嫌いじゃないけど。

一思いに死ねるから。


暗殺者ギルドと戦闘になったら、確実に騎士団に犠牲が出る。

うーん……なんだかんだ親しみを覚えちゃったし、彼らに死なれるのは嫌だなあ。


私一人の命で解決するなら、それでいいと思うんだよね。


彼らに暗殺の計画がバレた段階で、任務は失敗ということになっただろう。


うし、私はどうにか頑張って彼らから抜け出して、ネール高原に帰るか。

そんで、誰かに私を殺してもらおう。それは簡単だ。


任務失敗、と報告すればいい。

そうすれば、大して有望株じゃない私は、簡単に処理される。


あるいは、そのへんを歩いてる適当な暗殺者を挑発すればいい。

絶対殺してもらえる。

どんな悲惨な死に方をするかはわからないけど。


「あー。暗殺者ギルドって、ネール高原にあるんだー?」


オイィイイイイイメロォオオオオオオオオ! ヤメロォオオオオオ!!

なんでそのポンコツ魔眼で一番ばれたくないところだけピンポントで抜き出すのー!? 

どうなってんだお前ー! どうなってんだおめー!


「……ネール……高原?」

「はいはい、明日行く予定の。遺跡のあるとこっスよね?」

「あー! だからさっき、咳き込んだんだァ!?」


もうどうにでもなぁれ……。


私はもうお手上げだというように、顔を両手で覆った。


すると、両耳が小さな笑い声を拾った。この声は……騎士団長だ。

じわじわと、部屋に殺気が満ちていく。


それは暗殺者であり、殺気など四六時中浴びている私の背筋を凍らせるに、十分なものだった。


「久しぶりに、思う存分暴れられそうだな」


指と指の隙間から覗き見た騎士団長の顔は、ひどく獰猛だ。


あーあ。やっぱりこの騎士団、全員どっかおかしいんだ。


「はいはーい、ワタシ、もう帰ってもいいー?」


騎士団じゃなくてもおかしいのもいるけど。

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