第5話
「ただいまっス。頼もしい証言者を連れてきたっスよー」
「ジャン……それと、メロか。いいタイミングだな」
「はーい、団長ー。お久しぶりー」
副団長のジャンが連れてきたのは、いつぞやの本屋の店主、メロだった。
今日は髪をくくっていないようで、おろしている。
その髪は腰まであって、艶やかだ。
店に行った時にしていたエプロンもしていない。オフなのかな。
この前は本に夢中で顔をまともに見ていなかったんだが、美人だな。
うん、でも魔眼持ちなんだよね。それも心を読む系の。
逃げなきゃ。
私は何時ぞやのように、全力で駆け出した。
入り口は一つしかない。
すなわち、ジャンとメロが入ってきたところだ。
ジャンには近づかないほうがいいだろう、凄腕の騎士だ。
素人らしいメロの隣を走り抜ける!
しかしジャンの超反応。
瞬時にメロの前に飛び出して、私の足を引っ掛けようとした。
私はそれをかわすためにジャンプした。
前方に向かって、転がるように。いわゆる飛び前転。
ジャンの長い足を飛び越えて、メロの脇を抜けて、ぐるんと転がる。屯所の外に出た。
そのまま体勢を立て直して走り抜ける……まえに、ジャンに上に乗られた。
「ぐうっ」
まって、対応早すぎ。
普通の子供だと思ってたやつがいきなり目にも留まらぬ早さで走り出したら、普通それだけでびっくりして動けないでしょ。
なんっだこいつら。
……そういや騎士か。それも凄腕の。
駆け出し暗殺者にしてみりゃ、たまったもんじゃないよぉ。
「うっひゃー! どっちも早業ー!」
場違いな声はメロだ。
くっそー、私が唯一自信のある逃げ足を封じられるとは、さすが一騎当千のジャン!
一瞬で組み伏せられた。
抜け出そうと関節を外そうとしてみたら、察知したのかすぐに腕を封じられた。
まじか、手馴れてる。
「この動き、なんスか、これ? ちょっと、俺、ただの迷子の親探しだと思ってたのに、どうなってんスか?」
「やせ細った女児にしては俊敏すぎるな」
「いや、それだけじゃないでしょ……」
関節外そうとした私に言ってる、それ。
ジャンが半ば呆れた目で見下ろしてくるが、私はぷいっと目を逸らした。
騎士団長が考え込むように顎に指を添える。
今度こそ暗殺者ってばれたかな。このまま殺されるか? それが本望だけど。
「魔術か? 身体強化? バガン、どう思う」
「……そうだな。俺と同じ……タイプだと思う」
「はっはァ、なるほど。だから、こんなガリガリでも生きてこれたのかァ」
私を組み伏せているジャンがなにやら納得したようであるが、私にはなんの話だかよくわからん。
「バガンと同じって、無意識のうちに魔力で身体強化しちゃってるってことっスか?」
「俺ほど……怪力ってわけじゃ、なさそうだがな……」
「バガン並みの怪力だったら、俺すでに四肢ちぎれ飛んでるっス」
魔力で身体強化、っていうのはあってるんだよな。
普通、それ一目でわかるもんなの? まじかー、わかっちゃうのかー。
私はバガンさん見ても、魔力で身体強化してるなんてわかんなかったんだけどな。
たしかに身体強化は半ば無意識でやっているが、完全に無意識というわけではない。
ある程度のコントロールはできる。
右手だけに力を入れるために、そこだけに魔力を集中させるとか。
私が常に魔力を注いでいるのは、主に臓器だ。
特に、心臓と消化器官。
ここがもう弱っちゃって弱っちゃって。だって食事あんまりもらえないし。
食物から得られるエネルギーじゃ、体を動かすのにどう考えても足りないんだよね。
だからこんなガリガリでも生きてるのか、っていうキャッツさんの言葉はそのへんに由来してそうだな。
にしたって、一目で見破られるとは思わなかったけど。
「とりあえずー、中にはいったほうがいいんじゃないー? 騎士が女の子組み伏せてるのー、みんなから丸見えー」
メロの間延びした声によって、私はジャンに屯所の中に運び込まれた。
ついでに、脅しもかけられる。
「逃げようとしたら、もっかい同じことになると思ってね」
「……う」
私は所在無く、座らせられたソファの上で体育座りをした。
うー、もういいですよーっだ。
拷問受けてもなんでもいいから、この場で殺されてやる。
「んで、どういう状況っスか、これ? なんでこの子は全力で逃げようと?」
「さあ、知らん。今まではおとなしくしていたが、お前らが来たら突然だ」
「あひゃー、ワタシ、すごい嫌われてるー」
「メロのせいなのォ? 知り合いィ?」
メロは、私が立ち読みしていたところに話しかけた時の話をした。
覚えられてたか。
まあ、だからここに連れてこられたんだよな、きっと。
メロを連れてきたジャンは「証言者」と言っていたし、私を知っていたからメロは連れてこられた。
うー。魔眼、嫌いなんだよな。
「なんかねー、魔眼は嫌いみたいよー」
ほら、やっぱり心読んでるじゃん。最悪だよ……なにもかもがバレるわ。
ポジティブに考えよう。
全部が筒抜けなおかげで、私から情報を聞きだすために拷問をする必要は彼らにはない。
殺されるにしてもあっさりやってくれるにちがいない。
女児を痛ぶる趣味はないだろう。
……少なくとも子煩悩なキャッツさんとバガンさんには。
「この子、魔眼のこと知ってるんだァ。まあとにかくゥ、メロの眼で彼女がなにを言いたいのか教えてもらうのがァ、手っ取り早いねェ」
「だんちょーとジャン君に拷問されないか心配みたいねー」
「なんで!?」
ジャンは驚きの声をあげ、騎士団長はため息をついた。
「メロの魔眼は思っていることをぼんやりと読み取ることしかできないからな。質問で誘導するしかない」
なるほど、思っていることが一語一句読み取られるわけじゃないんだな。
じゃあメロってメロンみたいでおいしそうな名前だよねー、とか思ってても、完全に伝わるわけではないのか。
「ワタシのこと、おいしそうだってー」
「どういう……思考回路だ……」
おい、伝言ゲームに失敗しすぎだぞ。
私がカニバリズムの趣味持ってるみたいにいうのやめてくれよ。
「この子の名前は? わかるか?」
騎士団長がマトモな路線に戻そうとしてくれた。助かる。
「んーっとねー……」
メロが虹色に輝く虹彩を向けてくる。嫌なんだよなぁ、これ、本当に。
ギルドにいた透視の魔眼をもってる男が、いつも私を舐め回すように見てはにやにやしてたんだもん。魔眼なんて嫌いだ。
「……お名前、わかるー?」
うおー、名前のこと考えないようにしてたのに、しつこく誘導してくるな。
考えないようにしても、どうしても考えさせられる。
ギルド内での私の呼び名は、192号。
まあ、刑務所ばりに、番号なんだよね。覚えにくいし呼びにくいよなぁ。
私は暗殺者ギルドがかっこいいコードネーム制にすることを推奨してる。
誰にも言ったことないけど。
まあ、まずもって舌がありませんからねー! 言えないよねー! てっへへー!
メロは、魔眼で読み取った内容を、騎士達に伝えた。
「名前、192だってさー」
「番号か」
「奴隷かなにかっスかね」
「……奴隷……だと……」
「うぅうゥ! なんてかわいそうなァ!」
バガンさんは怒りに震え、キャッツさんはまた泣き始めた。
一応、この国では奴隷は禁止されている。
奴隷制度が廃止されたのは10年かそこらの浅い歴史らしくて、それに違反してる犯罪者は山ほどいるみたいだけど。
まあ奴隷といえば奴隷だけど、違うよね。従業員だもん。
「奴隷じゃないみたいー」
「保護者はいたか?」
保護者……保護者ねえ。
一応、暗殺者ギルドのギルドマスターになるのかな。
あんなクソ野郎絶対保護者なんて認めないけどな。
あいつ子供に焼ごて当てるのが趣味なんだもん。
あいつに付けられた火傷跡、10はくだらないね。
っていうか、背中に火傷跡で変な模様描かれたことあったな? あれだけで10いくよ。
「焼ごて当てるのが、趣味だったらしいよー」
「……殺す……!」
「あー、バガン、せめて最後まで聞くっス」
呆れたようにバガンをいなすジャン。
どっちが年上だかわからんな。
口調は一番下っ端っぽいが、ジャンはこの中で実力は騎士団長の次だ。
地位的にも多分そうだと思う。
年齢はこの中で私の次に若いようなので、口調が丁寧なのかもしれない。
いや、私だって前世合わせたら、ジャンより年上かも。
私にもちゃんと「ス」をつけて話せ、「ス」を。
「この街に来た目的はなんだ?」
ついに、その質問が来た。
私は覚悟を決める。どうせバレるんだ。一思いにいったほうがいい。
……そりゃ。目的は一つだよ。
目の前のあなたを暗殺しに来ました。
はーあ、なんて嫌な仕事。
でも、この街、楽しかったなあ。
本屋はあるし、店主は魔眼持ちだけど立ち読み自由だし。
やきそばはおいしいし。ジュースもおいしいし。
広場にある噴水は綺麗だし、冬とか乾燥しなくてよさそうだよねー。
騎士団はいて治安は保たれてるし。最高かよー。
もうここに住みたいよー。ひと殺したくないよー。
私が斬首のときを持っていると、ようやくメロが口を開いた。
「目的は、観光だってー」
メロの言葉に、全員がずっこけた。私も含めて。
「メロ、それ、まじィ?」
「明らかに違うぞって顔をしているっスね、この子」
「あれー?」
「うー!」
私もおもわずうめき声で文句垂れるぞ。
おいー!? なんでそこ読み取るの!?
本屋とかやきそばとか考えたから!?
違うって、バカ! 暗殺だよ暗殺! 騎士団長の! あ、ん、さ、つ!
「あんこ?」
オーイ! この世界にあんこがあるかー!
知らんけど! あるかどうか知らんけど! 暗殺じゃボケェ!
この、騎士団長を!
ソル・マクガフィンを、殺しに来たんです!
「ああ、なるほどー」
メロはようやく理解したようだった。
クソ……私は一言も喋ってないのに、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだ……。
体育座りをしていたので、膝に顔を埋める。
もーやだ。魔眼嫌い。
「団長を殺しに来たんだってさー」
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